福原ソープランド 神戸で人気の風俗店【クラブロイヤル】
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れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門Kwaidan(怪談)様
ご利用日時:2023年9月3日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。もちろん証拠はない。
いつも通り、日曜日の朝。
目覚ましが鳴るのを待たずして、スカッと目が覚めた。清々しい朝、素晴らしいれもんちゃん日和だ。
シン太郎左衛門も、すっかりはしゃいでいる。「今日はまた何時にも増して、れもんちゃん日和でござるな」
「煌めくばかりに美しい朝だ」と応じた後、よい朝すぎて、布団の上でインディアン・ダンスでも踊ってやろうかと思っていると、シン太郎左衛門が、突然「あれは、クロウ左衛門でござった」と言い出した。
「なんの話?」
「あの日、拙者が歌っている間、楽器を演奏していた者の話でござる」
ああ、そうだ。すっかり忘れていた。今回は前回からの続きだったのだ。
「クロウ左衛門か・・・」
「いかにも」
「そうか、あれはやっぱりクロウ左衛門だったのか・・・」
「クロウ左衛門をご存知でござるか」
「いや、知らん。全く知らん。有り体に言えば知りたくもない。だって、そいつ、名前からして武士だろ?」
「クロウ左衛門、確かに武士でござる」
「やっぱりそうだ。また武士だ。俺、武士が本当に苦手なんだよなぁ。ましてや九郎左衛門なんて言われると、武士がズラッと9人並んだ様が目に浮かんでゲンナリする」
「何を言っておられるか判りかねまする」
「九郎左衛門なら太郎から八郎まで兄さんがいるんだろ?」
「は?いや、クロウ違いでござる。大変な苦労人ゆえに、苦労左衛門でござる」
「あ、そっち。なんだ、渾名か」
「渾名ではござらぬ」
「それが本名なの?」
「いかにも」
「お前、原因と結果を取り違えてるな。そいつの苦労の原因は、その名前だ」
「なるほど・・・そんなことがあるやも知れませぬ」
「いや、間違いなく、そうだ。それで、その苦労左衛門は何者なの?」
「苦労人でござる」
「それは、さっき聞いた。俺が訊いてるのは・・・そいつも、つまり、誰かの、おチン・・・か?」
「聞き取りませなんだ」
「同種のネタ、前に使ってる。聞き取れなくても分かってるんだから、答えろ」
「苦労左衛門は、おチンでござる。いや正しくは、おチンでござった」
「ござった・・・今は違うのか?」
「若干違う」
「『若干違う』・・・嫌な言い方だな。えっ、もしかして、苦労左衛門って、これか?」
私は「小さく前へ倣え」の格好から甲を表に両手をプランと垂らしてみせた。
「それでござる」
「幽ちゃんだ」
「幽ちゃんでござる」
「武士の幽霊かぁ。苦労左衛門、やりたい放題だな。この話、止めない?」
「いやいや、苦労左衛門ぐらい出来た人物もござらぬ。それはそれはモノの道理を弁えた立派なご仁でござった」
「分かった。いや、何にも分からん。結局、その苦労左衛門って何者?」
シン太郎左衛門は、それから、苦労左衛門なる者との出会いに始まり、いかに親交を深め、この世での別れの後に再会を果たすとことなったかを語って聞かせた。とてもとても長い話で、間にコーヒーを3杯お代わりした。
「・・・以上でござる」
シン太郎左衛門が語り終えると、私は、しばしボンヤリしてしまった。
「とんでもなく長い話だった・・・でも、なんかいい話だった。れもんちゃんに対するお前の想いに動かされて、苦労左衛門が冥界の掟を破るシーンとか、よくある展開だと感じつつも、感動してしまった」
「真実でござる」
「分かってる」
「クチコミにぴったりでござる」
「その点については同意しかねる。かなり大幅にカットせねばならん」
「長すぎまするか」
「れもんちゃんと直接関係ない話が延々と続くのは、『シン太郎左衛門シリーズ』ではよくあることだが、それにしても、これは常軌を逸している。これまでの『シン太郎左衛門シリーズ』全作を足し合わせたよりも、まだ長い。その上、他にも大きな問題がある」
「一体どこが不都合でござるか」
「一々指摘して回るのが嫌になるぐらい問題だらけだ。たとえば、二人が初めて出会った場所からしてマズイ」
「それは、また何故でござるか。拙者には、何の障りもなく思えまする」
「少し考えてみろ」
シン太郎左衛門、首を傾け思案顔を浮かべていたが、特に思い当たるものはなく、「う~ん」と唸りながら居眠りを始めた。
「起きろ!」
シン太郎左衛門は目を擦りながら、「拙者には分からん。その場所で出会ったと書けなければ、コンビニのレジに並んでいるときに出会ったとでもしてくだされ」
「そんなことをしたら、後で辻褄が合わなくなるだろ。それに作り話はダメだ。『シン太郎左衛門シリーズ』はドキュメンタリーだから、たった一つの嘘も含まれてはいけない。都合が悪い部分は、書かずに済ますしかない」
「どこを削りまするか」
「残念ながら、大半を削る」
「では、どこを残されまするか」
「たとえば、あの場面がいい。3度目に会ったとき、苦労左衛門が『今宵を以って今生の別れ』と告げ、自らは日もなく儚き一生を終えるが、シン太郎左衛門は1年内に絶世の美女との出逢いがあるだろうと予言するシーン。あのシーンは使おう」
「父上、なかなかお目が高い。では、その段に限り、今一度語りましょう」
「別に二度も語ってもらわんでいい」
「いやいや、大半を消されるとあらば、残されるところは大事に扱ってくだされ。拙者の語るとおりにお書き願いたい」
そう言うと、シン太郎左衛門は、講談師か落語家のように一人二役で語り出した。
「シン太郎左衛門殿、今宵を限りに、生きて再びお会いすることはございますまい」
「それは何ゆえ」
「理由はお訊きくださいますな。拙者、我が身と周囲に起こることを予知する力を有してござる。拙者、遠からず、この世を去りまする故、今宵が今生の別れにござる」
「苦労左衛門殿のお言葉でござれば、偽りはござりますまい。お互い武士でござるによって、名残惜しいとは申しませぬ。短い間ではござったが、ご交誼に感謝申し上げまする」
「拙者も御礼申し上げまする。ところで、拙者からの置き土産、受け取ってくださりませぬか」
「置き土産とな。いかなるものでござるか」
「拙者には、シン太郎左衛門殿に遠からずよいご縁があることも見えてござる」
「よい縁とな」
「いかにも。シン太郎左衛門殿は、向後一年内に素晴らしい姫君と出逢われまする」
「それは誠でござるか」
「うむ。間違いござらぬ。宇宙で一番のよい娘でござる。果物に因んだ名を持ちまするぞ」
「果物に因む名でござるか・・・梨ちゃんでござるか」
「あまり語呂が良くないようでござる」
「では二十世紀ちゃん」
「違いまする」
「長十郎ちゃん」
「シン太郎左衛門殿、一旦梨から離れてくだされ」
「メロンちゃん」
「おお、一気に近付いた気が致しまするぞ」
「ドラゴンフルーツちゃん」
「あ、また離れた。そんな名前の姫はござらぬ。シン太郎左衛門殿、名前で遊んではなりませぬぞ」
「うむ。失礼つかまつった。では、シャインマスカットちゃん」
「おいおい。何だ、これ?」私は思わずシン太郎左衛門の話を中断した。
「さっき聞いた話と全然違うぞ。さっきはあんなに感動的だったのに、今度は下らない事ばかり言ってて、全く話が進まない。この話のどこで感動できるか言ってみろ」
「さっきと同じ話でございまする。父上の耳が肥えたのでござる」
「そんなこと、あるか!シン太郎左衛門、お前、その場の思い付きで話をしてるな」
「とんだ言い掛かり。『シン太郎左衛門シリーズ』は全て真実。嘘はないのでござる。まあ、今しばしお聞きあれ」と、宥められ、再びシン太郎左衛門の演芸大会に付き合わされた。
「その姫の名は置いておきましょう。肝心なのは、その後でござる。絶世の美女との出会いでシン太郎左衛門殿は人柄も温厚になり、やがて、その麗しい姫に捧げる音曲を作ろうと一念発起されまする。これは決まったことでござる。そして、その音曲の演奏にあたって、お囃子の一つもないことに物足りなさを覚えられまする。これもまた避けられないことでござる。このように感じられたときは、必ず拙者をお呼びくだされ。拙者、骨肉は滅んでも、魂魄にてシン太郎左衛門殿をお助け致す。これが拙者の置き土産でござる」
「忝なく頂戴つかまつる。苦労左衛門殿は、音曲に通じておられまするか」
「うむ、諸芸一般身に付け、音曲は様々な楽器の音を声色にて奏で分けまする。清朝の初めに書かれた『聊斎志異』にも書かれている『口技』と申すもの。拙者、二十ほどの楽器であれば、容易く同時に操りまする。先日、日本公演を予定していた海外のオーケストラが、台風で来日が遅れたため、初日は拙者が代役として公演を成功させました。ベートーヴェンの交響曲を一人でこなすのは、さすがに大変でござった」
「それはご苦労でござった。ところで、『口技』と言われましたな。『口技』はれもんちゃんも得意とするところでござる」
「うむ。シン太郎左衛門の言われる口技は、恐らく別のものでござろう」
「確かに。拙者は断然れもんちゃん派でござる」
「なんだ、これ?ひどいなぁ。全く別の話になってる。さっきの話には、そこはかとなく哀愁が漂っていて、それでいて妖気に溢れていた。今聞いたのは違う。ただ単に『シン太郎左衛門』だ」
「先刻、父上は飲み食いしながら、勝手な想像で頭を一杯にしてござったのであろう。全く同じ話でござる」
「まあいい。こんなことで言い争いも無益だ。お前の言うとおり、同じ話だったにせよ、2度目にはまるで違う話に聞こえて、ガッカリした。これは間違いない事実だ。ところが、れもんちゃんとは、何十回も会っているが、期待をがっつり超えられてビックリすることはあっても、ガッカリしたなんて一度もない。えらい違いだ」
「うむ。れもんちゃんと比べられても困る。勝てるわけがござらぬ」
「まあいい。とにかく、話を纏めてしまおう。お前は苦労左衛門から楽器演奏について困ったことがあれば、助けを求めよと言われたわけだ」
「いかにも。『南無八幡大菩薩、我に力を与えたまえ』と強く念じれば、馳せ参じると」
「それって、似顔絵・・・いやいや、そんなこと、どうでもいい。とにかく、お前は、その後、苦労左衛門の予言どおり『れもんちゃん音頭』を作り始め、『ここはリンキンパークっぽくしたいな』と感じたとき、苦労左衛門の置き土産のことを思い出したと」
「そうでござる」
「それで、楽器演奏を学ぼうと、言われたとおりに『南無八幡大菩薩』云々と唱えたら、苦労左衛門の霊が現れて稽古をつけてくれるようになったわけだ」
「相違ござらぬ。毎日早朝、それは厳しい稽古でごさった」
「俺のお気に入りのブランケットの中で朝練をしてた訳だ。でも、モノになったのはドラムにボーカルを被せるところまでだったんだな」
「うむ。あの日、他の楽器は苦労左衛門を呼び立てて、演奏してもらったのでござる」
「大体、こういう話だ」
「かなり乱暴に縮めてありまするが、粗筋はこんなものでござる」
「そうか・・・やっぱり、こうなった・・・全く怖くない。怪談って予告しておいて、このザマだ」
「さすがに削り過ぎましたな」
「削ったのが悪い訳ではない。元から怖くないのだ」
気まずい空気が漂い始めたのを誤魔化すように、「ところで、苦労左衛門の幽霊って、どんな風に見えるの?」
「定かには見えませぬ。湯気のようなものでござる」
「ふ~ん、湯気か・・・そこだけ景色が微かに歪むって感じ?」
「うむ。苦労左衛門については、そんな感じでござる」
「『苦労左衛門については』って、他の幽霊がいるみたいな言い方だな」と笑ったとき、シン太郎左衛門の表情が急に険しくなった。
私は何かを・・・そうだ。私は悟った。私は、苦労左衛門の父親の存在を完全に見落としていたのだ。湯気のようだという苦労左衛門はただモザイクがかかっているばかりであるに違いない。
私と目を合わせていたのも束の間、シン太郎左衛門の視線は、私の肩越しに、ダイニングの壁から天井へとジリジリと移動していった。のどかなはずの朝の風景が一気に塗り替えられてしまった。
私は天井を見上げる気にはならなかった。どんな最期を遂げたか分からぬ中年男性が、股間ばかりモザイクがかかった全裸で、部屋の壁から天井へと這い回る姿など見たくもない。まして、そんなヤツが知らぬ間に私のブランケットの中に入り込んでいたかと思うと背筋が凍りついた。
と、シン太郎左衛門は突然莞爾として、「久しぶりに見た。立派なカブトムシ」
その言葉の意味は俄には理解できなかったが、やがて全身の脱力感とともに腑に落ちた。
そいつは、開け放った窓から出ていった。
「お前の望むとおり、逃がしてやったぞ」
シン太郎左衛門は「達者で暮らせよ」と手を振っていたが、私にはもうどこに行ったやら分からなかった。
シン太郎左衛門が「行ってしまった」と言うので、窓を閉めた。そろそろ出掛ける準備をする時間だ。
「立派なカブトムシでござったな」と、シン太郎左衛門は言うが、私にカブトムシの目利きは出来なかった。
「ちなみに、苦労左衛門の幽霊は、理由は知らぬが単体でござる。親父殿は同伴せぬので見たことがござらぬ」
「そうか。少しホッとしたよ。でも、そんなことはもうどうでもいい。怪談もカブトムシも済んだ話だ。さあ、そろそろ出掛けるぞ」
「れもんちゃんに向けて出陣でござるな」
「いざ出陣じゃ。いつもの新快速に鞍を載せておけ。一鞭で神戸に到着してくれようぞ」
「れもんちゃんの笑顔が目に浮かびまするな」
「レッツゴー・れもんちゃん!!」
「レッツゴー・れもんちゃん!!」
我々はもう走り出していた。
シン太郎左衛門Kwaidan(怪談)様ありがとうございました。
あすな【VIP】(25)
投稿者:コウヘイ様
ご利用日時:2023年9月6日
ソープランドも行為も初めてでしたが、快くこちらの話を聞いてくださり、同じように向こうからも会話を広げて貰い、素敵な雰囲気のまま沢山甘えさせてもらえました。
とても幸せになれました。ありがとうございました。
コウヘイ様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門と夏の忘れ物様
ご利用日時:2023年8月27日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。ただ、武士らしい姿を見た記憶は余りない。
今日も、れもんちゃんに会ってきた。最近、れもんちゃんのパワーアップが加速してきていて、親子揃ってキリキリ舞いさせられた。
神戸からの帰りの電車でも、れもんちゃんの余韻が強烈すぎて、二人とも言葉が中々出てこない。
「凄すぎでござった・・・」
「今日のれもんちゃん?それとも、この前の井上尚弥?」
「どっちも・・・」
「だな・・・どっちも途轍もないパワーの持ち主だし、どっちも飛んでもなく進化している」
「れもんちゃんの進化は驚異的でござる」
1時間以上、電車に乗っていたが、思い起こしても、車中の会話はたったこれだけだった。
れもんちゃんの余韻に圧倒されまくり、危うく自宅の最寄り駅を乗り過ごしそうになった。慌てて電車から飛び降りると、ホームのベンチに腰を下ろした。
「いやぁ、危なかった。それにしても、凄かったなぁ、れもんちゃん」
「れもんちゃんの妖しい美しさは恐い程でござった」
「そうなんだ。恐い程・・・」
「ハチャメチャな可愛さも恐い程でござった」
「恐い・・・?この言葉、妙に引っ掛かる・・・」
「恐い・・・あっ、恐いと言えば」
「しまった・・・忘れてた」
「父上、今回は『シン太郎左衛門の怪談』と仰せでござった」
「やってしまった・・・前回のクチコミの最後に次回予告をして、翌日には書き上げて、あとは投稿するだけにしてあったのに、今日れもんちゃんが凄すぎて、『怪談』が記憶から吹き飛ばされてしまっていた」
「と言っても、予告した以上、『忘れてました』では済まされますまい。今からやりましょう」
「無理、無理。ここまで、『れもんちゃんの恐るべき進化をしみじみと寿ぐ回』として話を進めたのに、今更やり直しは利かん。俺は徹底的に気分屋さんで、気持ちの切り替えがメチャ下手クソなのだ」
「還暦男の言うこととも思えん。一度約束した以上、武士に二言はないのでござる。始めまするぞ」
「俺は早く夕飯が食べたい。駅のベンチで怪談話を聞く気分じゃない。おまけにメチャ長い話だし」
「問答無用」と言って、軽く咳払いすると、シン太郎左衛門、「ところで、父上、あれはクロウ左衛門でござった」と、『怪談』の口火を切った。
こうなれば付き合うしかない。嫌々ながら「クロウ左衛門?それ、何の話?」と応じた。
「あの日、拙者が歌っている間、楽器演奏をしていた者の話でござる」
二人ともセリフがひどい棒読みだった。
「・・・やっぱり無理だ。お前も全然気持ちが乗ってないじゃないか」
「れもんちゃんの残像が目の前にチラついて、『怪談』どころではござらぬ」
「れもんちゃんに会った直後に、ストーリー性のある話の出来る訳がない。『怪談』は来週日曜の朝にしよう」
「うむ。致し方ありますまい。来週、何もなかったように、しれっと投稿致しましょうぞ」
「それで行けるかな?」
「うむ。下手に悪びれた様子を見せず、何食わぬ顔でしれっとやれば誰も気が付きますまい」
ベンチから立ち上がると、
「よし、そうしよう。悪いのは、凄すぎるれもんちゃんだしな」
「そうでござる」
改札を抜けて、のんびり夜道を歩きながら、空気に微かな秋の気配を感じ取った。
「なんやかんや、いい夏だったなぁ」
「れもんちゃんのお蔭でござる。れもんちゃんがいなければ・・・」
「ただ暑いだけの夏だった」
その言葉を最後に、二人はそれぞれこの夏のれもんちゃんの思い出に浸り切ってしまい、翌朝に至るまでの時間をどう過ごしたか全く記憶がないのであった。
シン太郎左衛門と夏の忘れ物様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門のお絵描き(あるいは『シン太郎左衛門Kwaidan(怪談)』の序)様
ご利用日時:2023年8月20日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士だ。私が武士ではないのに、なぜ息子が武士なのかは分からない。
日曜日の朝、れもんちゃんに会う日の朝は心が躍る。いつものようにシャワーの後のアイスコーヒーを飲みながら、のんびりしていると、シン太郎左衛門も楽しそうだ。歌い出すに違いないと思っていたら、やはり歌い出した。
笹の葉一枚ありました
アサリが二匹にらめっこ
実験用の試験管
最近暑さが少しマシ
でも今日は突然ムチャ暑い
あ~っと言う間に可愛いれもんちゃん
『れもんちゃん絵描き歌』だが、前回とは歌詞が変わっている。
シン太郎左衛門は「う~む。似ていない」と呻いたが、笹の葉を口に、アサリを目に、試験管を鼻に見立てて、れもんちゃんの可愛い顔が出来る訳もなく、結局、そこまでに出来た変な顔を無視して、「あ~」っと言いながら、れもんちゃんの似顔絵をゼロから描くらしい。
シン太郎左衛門は、さらに歌詞を柿の葉・蛤・ビーカーに替えて再挑戦したが、やはり納得の行く出来には至らないようで、「ますます可笑しなモノが出来た。難しいものじゃ」と天を仰いだ。
「シン太郎左衛門、先週のお前の説明を聞く限り、葉っぱと貝と実験器具に特段意味はないよな。余計なモノを描かず、最初から、れもんちゃんを描いたらよくないか?」
「おお、それは妙案。どうしても、この可笑しな顔に引き摺られて、れもんちゃんの可愛い顔が捉えにくくなってござった」とシン太郎左衛門に描いた絵を見せられて、思わずコーヒーを吹いてしまった。
「では心機一転」と、シン太郎左衛門は、ダイニングテーブルの上に撒き散らされた何百という新品のボールペンを見比べている。
「どれも100均だから、大差ないよ」と言ってやったが聞いてない。「うむ、これがよいようじゃ」とキャップを外し、大きく息を吐いた後、
『南無八幡大菩薩、
我に力を与えたまえ。
とりゃ~!』
と言う間に、可愛いれもんちゃん
と歌いながら、目にも留まらぬ筆捌きで、れもんちゃんの似顔絵を仕上げた。
「おお~、これは上出来。我ながら惚れ惚れする出来栄えじゃ」
「ホントだ。すげえ」
シン太郎左衛門には然したる絵心もないのだが、寝ても覚めても、れもんちゃんの事を考えているので、その似顔絵には鬼気迫る力が籠っていて、かなり本物に肉薄していた。
「う~ん。生き写しとまでは言わないが、妖しい光で見る者の心を蕩けさせてしまう『れもんちゃんの瞳』がよく描けてるな。一瞬ヨダレが出てしまった」
「父上、このあばら家を改築致しましょう」
「なぜだ?やっとローンを払い終わったばかりだぞ。そんな予定も、余力もない」
「この似顔絵は、軸装し、床の間に飾るべきもの。されど、この茅屋には床の間がない」
シン太郎左衛門、予想を遥かに超えた似顔絵の出来に舞い上がってしまい、放っておいたら勝手にリフォームの契約をしそうな勢いだった。
とりあえず話をすり替えようと思い、
「お前は中々芸達者だな。絵描けるし、歌も上手いし、楽器も巧みだ。特に、この前の、あの『れもんちゃん音頭』の楽器演奏には心底驚いた。いつ、どうやって稽古をしたんだ?」
この問いに、シン太郎左衛門は不意を突かれたように、「あっ、あれは・・・」と口籠った。想定外の反応の裏に、何かあるのは間違いなかった。ここで、もう一押しすれば、リフォームの件は完全に封殺できそうだったが、これから、れもんちゃんに会うというタイミングで、シン太郎左衛門のヤル気を殺ぐようなことは避けたかった。
別の話題を探している僅かな沈黙のうちに、シン太郎左衛門が、「実は、あの楽器演奏は、専ら拙者ではござらぬ」と苦笑いを浮かべた。
「えっ?そうなの」
先々週の日曜日の朝の、あの『れもんちゃん盆踊り』の、あの『れもんちゃん音頭』にはバックバンドがいたのか・・・でも、そんなこと、ありえるか?あのとき、部屋には、私とシン太郎左衛門しかいなかったはずだ。
私の頭は大混乱を起こしていた。しかし、
「まあ、いいや。この話の続きは後日にしよう。これから、俺たちは、れもんちゃんに会うんだ」
「そうでござる、れもんちゃんでござる」
「レッツゴー、れもんちゃん!!」
「レッツゴー、れもんちゃん!!」
「レッツゴー、れもんちゃん!!」
「レッツゴー、れもんちゃん!!」
一度れもんちゃんモードに切り替わった我々はもう誰にも止められない。我々は素早く準備を済ますと、そのまま何百回も上記の雄叫びを交互に繰り返しながら駅まで爆走し、いつも通り無駄に早い時間の新快速に乗るのであった。
(次回は、『シン太郎左衛門と音楽』の後日談、『シン太郎左衛門Kwaidan(怪談)』をお届けする予定である。夏と言えば怪談でござる)
シン太郎左衛門のお絵描き(あるいは『シン太郎左衛門Kwaidan(怪談)』の序)様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門捕物帖(あるいは父親のバーンアウト)様
ご利用日時:2023年8月13日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士であり、その父親である私は脱力感に襲われている。
もちろん、れもんちゃんに関する脱力感ではあり得ない。今日も、れもんちゃんに会って、はっきり分かったが、れもんちゃん、会う度に素晴らしさを倍増させている。凄い娘だ。
つまり、れもんちゃんとは無関係に、私はゲンナリしている。先週日曜日の回で、6月11日から書き続けた「シン太郎左衛門と音楽」の連載を終えて以降、クチコミ、いや「シン太郎左衛門シリーズ」を書くことに食傷気味なのだ。
れもんちゃんの素晴らしさを讃える気持ちは全身に満ち溢れているのに、「シン太郎左衛門シリーズ」となると、気持ちが向かわない。
神戸から帰りの電車の中、「今日は、クチコミを書くの止めておこうかな」と呟くと、シン太郎左衛門、「まあ、誰が読んでる訳でなし、止めても障りはありますまい。元々、父上のボケ防止でやっていること。長いだけで益体もない話ばかり、れもんちゃんも内心苦々しく感じておられましょう」
「ひどいことを言うなぁ。だが、ボケ防止だというのは事実無根だが、他の諸点は当たってるだろう」
「うむ。それに、そろそろネタも枯れたに違いない」
「そうではない。俺のボケ防止は、れもんちゃんに会うことだ。れもんちゃんに会うと、脳が尋常でなく昂るから、シン太郎左衛門シリーズのネタの二つや三つはすぐ出来る。『シン太郎左衛門と音楽』だって、投稿を見送ったのが6回分ある。それを投稿してたら盆踊りの季節を逸してしまうから、ボツにしたんだ。そんなことをしたせいで、シン太郎左衛門が松江のホテルで音楽に目覚めるシーンや盆踊りに向けて楽器演奏の特訓をする下りがスッポリ抜け落ちて、説得力に欠けることになった。ネタに困ったことなんて一度もない。れもんちゃんを甘く見るな。れもんちゃんはネタの宝庫だ」
「では、あれこれ言わず、これまで通り続けたら宜しかろう」
「それが嫌になってきた。シン太郎左衛門シリーズは、明らかに俺の趣味ではない。俺はもっとカッコいい文章が書きたい」
「書けば宜しかろう」
「ところがお前の話だと、カッコいいヤツなんて思い付かない」
「拙者が名探偵として難事件を解決するというのでは如何でござるか」
「お前が探偵?ダメだ。台所でサンマが1尾行方不明になった、犯人は誰だ、目の前に生のサンマを咥えた猫がいるのに、シン太郎左衛門の的外れな推理によって俺に嫌疑がかかる、という話ぐらいしか思いつかん」
「いやいや、拙者のその推理、的外れではござらぬ。実は、猫は父上に脅されて盗みを働いたまでで、黒幕は父上でござる。それが証拠に最近の猫はキャット・フードに慣れております故、生の魚など好まぬ。あれこれ問い詰めているうちに、いよいよ生臭さに耐えられなくなった猫がサンマを口から落としてしまする。それを見た父上が、猫が落としたサンマを咥えて逃げ出すのを、拙者が懐から取り出した漬物石を投げ付けて、ぶっ倒す。銭形平次と言えば寛永通宝、シン太郎左衛門と言えば漬物石でござる」
「名探偵とか言って、結局、時代劇なのね。サンマ1匹のために、漬物石を投げ付けられては割に合わんな。打ち所が悪けりゃ、お白砂のシーンで俺の代わりに位牌が置かれることになる」
「それもまた一興。とにかく父上はお縄となり、拙者は命を救われたサンマからたんまりお礼をせしめ、れもんちゃんに会いに行く。出掛ける前にサンマの塩焼きで腹拵えを致す」
「ひどい話だな。一番の悪党はお前だし、一番の被害者はサンマだ・・・こんな話、面白いか?」
シン太郎左衛門は、こんなやり取りにすっかり飽きたようで、
「それにしても、れもんちゃんはとんでもなくステキでござるなぁ」と突拍子もなく大きな声を出した。
「いきなり、それ?それって、どうなの?最後にそのセリフを言ったら、れもんちゃんのクチコミとして成立すると考えてないか?安直すぎるよ」
シン太郎左衛門は、もう私の話を聞いていなかった。れもんちゃんの甘美な思い出に耽って、ニタニタしている。私の苦悩など所詮他人事なのだ。
そして、何の前触れもなく歌い出した。
ハニーコーンが一本ありました
シジミが二匹追っかけっこ
実験用のフラスコに
8月6日は大嵐
雲間が晴れて日が射して
レモンが一個生りました
あ~っ言う間に、可愛いれもんちゃん
「『れもんちゃん絵描き歌』か?」
「知ってごさるか。今作ったばかりなのに」
「『可愛いコックさん』の絵描き歌に似ているからな。でも、ハニーコーンは口か?」
「いかにも」
「シジミは目だな」
「確かに」
「フラスコは鼻だ」
「相違ござらぬ」
「どう考えても、そんなもので、れもんちゃんの可愛い顔になるはずがない」
「いかにも。全く似ても似つかぬモノが出来上がりまする。故に、それは脇に置いて、『あ~っ』と言う間に素早く、可愛いれもんちゃんの似顔絵を描く」
ひどいもんだ。
でも、出来はともかく、今週は書かないと決めていたのに、れもんちゃんに会うと、やっぱり「クチコミ」が勝手に出来てしまっていた。
れもんちゃんは、ホントに凄いのである。
シン太郎左衛門捕物帖(あるいは父親のバーンアウト)様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門と『れもんちゃん盆踊り』後編様
ご利用日時:2023年8月6日
一週間前、つまり先週の日曜日も、れもんちゃんに会った。その帰りの電車の中で、シン太郎左衛門はいつにも増して興奮していた。
「今日のれもんちゃんの、あの自由奔放すぎる可愛さ、あれは尋常ではなかった。父上、あれは許せませぬな」
「そうだな」
「それに、今日のれもんちゃんの、上目遣いのニヤッという妖しい笑顔からのアレもいかん。父上、あれも許せませぬな」
「うん」
「ただ、最も許せぬのは、今日のれもんちゃんのアレでござる。あれは到底許しがたい。父上、あれが一番許せませぬな」
「何を言ってるか分からんのに同意を求められても困るが、多分答えはイエスだ」
「そうでござろう。れもんちゃんは、とんでもなく素敵すぎるのでござる。そして、そんな高みにありながら、何の前触れもなしに、その高みを乗り越えて平気な顔をしておる。許せん」
「ホントにそうだ。最近、れもんちゃんは益々パワーアップしている気がする」
シン太郎左衛門は、大きく頷いた。そして、急に真顔になり、
「父上」
「なんだ?」
「町内の盆踊りの件・・・」
「うん」
「どうでもよくなった」
「そうか・・・実は俺もだ。先週、あれだけ長々とクチコミを書いたが、実はあれを書いている時点、つまりこのクチコミの時間で言えば、ちょうど今頃だな、書かれている俺でなく、書いている俺はゲリラ盆踊りに全く興味を失ってしまってたんだ」
「そういう言い方をすると、時系列が入り組んで、無駄にややこしくなりまする」
「面白いだろ?」
「ちっとも面白くない」
「そうか。お前とは話が合わん」
「それは、そうと。止めましょう」
「ゲリラ盆踊りか?」
「うむ」
「そうだな・・・止めよう」
と、先週あれだけ頑張って打ち込んだ、長い長いクチコミがあっさり反古になってしまった。ひどい話ではあるが、日々パワーアップするれもんちゃんを前にすると、我々のやっていることが余りにも卑小に思えるのが原因だから、責任は、れもんちゃんにある。
そして、今日、またしても日曜日の朝。
れもんちゃんに会う日の朝は、暑くても清々しい目覚めで、さっさとシャワーを浴びて、アイスコーヒー片手にダイニングの椅子に腰を下ろした。
「シン太郎左衛門、目玉焼き、食べる?」
「拙者は食べませぬ」
「じゃ食べなくてもいいから、作って」
「何をたわけたことを」
これから数時間後には、れもんちゃんに会えるのだ。シン太郎左衛門が鼻歌を口ずさむのも当然だ。
「ほ~いのほい、ほ~いのほい・・・」の歌い出し、偽オヤジは聞いたことがあるものの、私には知らない歌だった。
「その歌、なに?」
「『れもんちゃん音頭』の二番にござる」
「へぇ~、そうなんだ。ちなみに『れもんちゃん音頭』って出来上がったの?」
「仕上がりましてござる。10番に纏めました」
「そうか」
「聞かれますか」
「そうだな。聞いてみるか。ただ、俺は忙しい」と、椅子から立ち上がって、「俺はこれから卵とトマトとパンとを相手に命懸けの闘いを繰り広げる。勝ち残った者が破れた者を食べるのが野生の掟だ。俺が負けて、卵やトマトの朝御飯にされないよう、『れもんちゃん音頭』で応援してくれ」
シン太郎左衛門の『れもんちゃん音頭』を通しで聴くのは、これが最初で最後になるかもしれないとは思いつつ、冷蔵庫から食材を取り出していると、
はぁ~、広い世界にただ一輪
可憐に咲いたレモン花
・・・
毎度お馴染みの『れもんちゃん音頭』の一番が始まった。シン太郎左衛門の歌唱力が増したのか妙に心に染みてくる。
一番が終わって二番はメロディが違っていた。
ほ~いのほい、ほ~いのほい
『れもんちゃん音頭』の2番にござ~る
類い稀なる器量よし
立てば芍薬、座れば牡丹
浴衣姿の艶やかさ
あ~あ、月も恥じ入る、日も沈む・・・
これが二番だった。
民謡の類いに全く関心はないし、良し悪しの判断もつかないが、シン太郎左衛門にしては上出来に思えた。シン太郎左衛門はかなりの尻フェチだし、普段はとてもクチコミに書けない露骨な表現で、れもんちゃんのボディパーツを褒めちぎっているから、曲が進むに連れて、「エロ美人」その他の言葉が飛び出すことも予想されたが、この二番にはしっかり抑制が利いていた。れもんちゃんの浴衣姿の余りの眩さに、太陽は逃げるように沈み、代わって昇った月も、れもんちゃんの麗しさの前に恥じ入って雲間に身を隠す。この下りを聴きながら、不覚にもシン太郎左衛門の歌声に誘われて、私の妄想癖が発動してしまった。
私の脳内、地上が宵闇に包まれようとした刹那、広場には提灯の灯りが点され、『れもんちゃん盆踊り』の幕が開いた。
町内の人々が集まってきて、私の空想の中で和やかに踊っている。見知った顔ばかりだ。
はあ~、浴衣姿のレモンの君の
踊る姿に憧れて
今宵白馬で一千里
・・・
と、『れもんちゃん音頭』は三番でまたメロディを変えた。
「えぇ?一千里って、大阪ー東京4往復だぞ。どんだけ道に迷っとんねん。馬が可哀想だ」と感じたとき、盆踊り会場に、いつもの短パンとヨレヨレTシャツの金ちゃんの姿を見つけたので、「よぉ、金ちゃん。今日は、また随分めかし込んでるなぁ。盆踊りでナンパか?」と話しかけると、「冗談止めてくださいよ。両親が親戚の家に行ってて、ラッピーの散歩を任されただけですよ」と苦笑い。「ラッピーに引っ張られて、ここまで来たってわけか?」と問うと、金ちゃんは頷いた。
「それでラッピーは?」
「行方不明です」
「ラッピーは俺たちの数千倍は賢いから、心配は要らない」
「ですよね」と、言った直後、金ちゃん、眉をひそめて「今の歌詞、聞きました?」
「聴いてなかった。どうかした?」
「いや、僕の勘違いでしょう。まさか盆踊りで『後ろ姿の悩ましさ。真ん丸お尻がエロすぎる』なんて歌わないですよね」
「普通はもう少し言葉を選ぶな」
シン太郎左衛門、頑張って抑制を利かせてはいるが、一瞬感情が噴き溢れてしまったようだ。
「久しぶりの盆踊りですね。でも、いつもと何か違います。和やかなのに、息が苦しくなるような緊張感だ」
「分かるか?これは普通の盆踊りなんかじゃない。『れもんちゃん盆踊り』だ」
「『れもんちゃん盆踊り』って何ですか?」
「説明できない。今に分かる」
シン太郎左衛門の歌は続いていた。歌詞を一々聴く必要はなかった。それは、会場の空気を支配していた。嵐の前の静けさというヤツだ。
「ところで、あの人たち、凄くないですか?」と金ちゃんが指差す先に、薄桃色の揃いの浴衣を着た二人の若い女性が軽く流す程度に踊っていたが、明らかに別次元の動きだった。「私たち、マジ踊れます」オーラは、薄い浴衣では覆い切れなかった。「この町の人間ではないな」と私が言った後を追うように「あれはプロですな」と一言発したのは町内会長のYさんだった。いつの間にか、私と肩を並べていたのだ。
「ですよね。カッコいいなぁ。美人だし」と金ちゃんが言えば、「躍動する若い娘の肢体は実に見応えがある」とYさんが続き、舐めるような視線を送っていた。
「でも、おかしいとは思わないか?地元の人間でもないのに、なんでこんな田舎の盆踊りにプロのダンサーが来るんだ」と言ってやったが、聞いてない。私を除け者にして、二人で盛り上がってる。
そのとき、私は異変に気付いた。
三番から五番は同じメロディだったが、曲が五番の半ばに差し掛かったとき、それまでのアカペラに楽器の演奏が加わったのだ。
「ドラムだ。ドラムが鳴ってる」
「ホントだ、ドラムだ」と金ちゃんの口振りは呑気なものだった。
「そうだ。シン太郎左衛門の言っていた『演奏』とはこれだったんだ。あいつは、口でドラムを鳴らしてる」
「あっ、今一瞬ギターとベースも聞こえた。これ、生演奏ですよね。でも、どこで演奏してるんだろ?誰が歌ってるんだろ?」という、あくまで呑気な金ちゃんの問いに、危うく自分の股間を指差しかけて、「それは問題じゃない。れもんちゃんに対するシン太郎左衛門の想いは尋常じゃない。前から人を驚かすことを仕出かし兼ねないと思っていたんだ。いよいよ始まるぞ。『れもんちゃん盆踊り』が、その全貌を現すぞ」
口で複数の楽器の音を同時に奏で、そこに歌まで被せても、破綻を見せないとは。世の中には驚くような能力を持った人間がいるから、これを不可能事と呼ぶ気はなかったが、少なくとも自分に出来ることとは思えなかった。
ドラムの伴奏で『れもんちゃん音頭』は疾走感を手に入れた。会場の熱気が一気に高まると、二人のダンサーは「そろそろやりますか」という感じで目線を交わして、頷き合った。
五番が終わっても、ドラムはビートを刻み続け、徐々にテンポを上げていく。このまま6番に突入だ、と感じた瞬間、ベースそしてギターが加わり、見違えるような重厚なサウンドに発展した。
「何だ、これ?リンキンじゃないか!リンキン・パークの『フェイント』のイントロにそっくりだ!!」
不覚にも、カッコいいと思ってしまっていた。
二人のダンサーは、いきなりキレキレのダンス、盆踊りとは凡そかけ離れた、エッジの利いたダンス・パフォーマンスをおっぱじめた。周り全員が歓声を上げて、呼応して手を振り上げて、跳び跳ね出した。
私は群衆に向かって叫んでいた。「無理して踊ろうとしないでください。これは、普通の盆踊りじゃない!気をつけて!マイク・シノダの、いや、シン太郎左衛門のラップが来ます。頭を低くして、衝撃に備えてください」
しかし、誰も聞いていない。Yさんも金ちゃんも「スゲー」とか言いながら、小走りでダンサーたちの方に向かっていった。
よっ、今日もレモンの花が咲く
朝も早よから飯を炊く
手に塩をして握り飯
こいつがオイラの勝負飯
はっ、飯が済んだらJR
新快速に乗るのでアール
神戸駅には早めの到着
ここから始まる大冒険
・・・
これは、なんだ?日曜日、れもんちゃんに会う日の俺の様子を歌っているんだ。なんて無駄なことを。誰がこんなもん喜ぶんだ!しかし、「フェイント」を模しているなら、そろそろマイク・シノダのラップのパートは終わる。頼む、俺のことは放っておいて、チェスターばりの、狂おしいばかりに激しくも哀切なシャウトで、れもんちゃんを歌ってくれ。さあ、来い。
と祈ったが、祈りは虚しく、引き続きラップ、家でじっとしてられなくて、れもんちゃんとの予約時間のかなり前に神戸駅に到着して、所在なく過ごす私の姿を分刻みで描写するという、この世に存在する理由が一つもないラップが続いた。俺が、公衆トイレで用を足したり、100均でボールペンを買ったり、喫茶店に入ってトイレで歯磨きしたり、涙が出る程どうでもいい歌詞だった。
用もないのに100均寄って
ボールペンを纏め買い
毎週やってる不思議な行動
カバンの中はペンだらけ
・・・
どうでもいい!喫茶店のトイレの鏡を見詰めながら、伸びた鼻毛を満身の力を込めて引っこ抜くとか、「もう、止めてくれ!」と叫びそうになった。
こんなどうでもいい歌詞なのに、さすがにプロだ、ダンサーたちは驚異のシンクロ率99.9パーセントでシン太郎左衛門の歌に合わせ、「こんなの無料で見させてもらってもいいんですか?」というレベルの踊りを披露していた。激しい動きに汗が飛び散り、薄桃色の浴衣ははだけ出した。れもんちゃん以外の女性に興奮してはいけないと思いつつも、やっぱりその胸元を盗み見た瞬間、私は雷に撃たれたような衝撃とともに悟った。
「これは、伝説のダンスユニット、『れもんダンサーズ』だ」
帯が解けてダンサーたちの身体から浴衣が滑り落ち、セクシーな黒のコスチュームを纏った鍛え上げられた肉体が顕わになったとき、彼女たちはどこに忍ばせていたのか素早く黒いキャップを頭に載せた。その額には『チームれもん』の縫い取りが輝いていた。もちろん、胸元では銀の髑髏がヘニャっと笑っていた。
人垣に阻まれながらダンサーたちに近づこうと足掻いているYさんと金ちゃんに駆け寄ると、私は二人の首根っこを掴んで、猛烈に抵抗するのをモノともせず、母猫が子猫を運ぶように、櫓の近くに引きずって行った。
二人は怒り狂い、「放せ~」と怒鳴りまくっていた。
「バカ野郎!あれは、伝説のダンス・ユニット『れもんダンサーズ』だ。それが何を意味するか分からんか?」
金ちゃんは、その意味を悟ったのか、はっと目を見開いた。しかし、Yさんは、「もっと、『れもんダンサーズ』が見てたい。抱き付きたい」と駄々を捏ねた。
「目を覚ませ!」
私はYさんの横面を張り飛ばした。ついでに金ちゃんにも同様の一撃を加えた。
「『れもんダンサーズ』がいるということは、近くに、れもんちゃんがいるということだ。れもんちゃんが平地に立ち現れるなんて考えられるか?今、櫓の謎が解けた。腐った太鼓の意味も氷解した。三十年以上も前、つまり、れもんちゃんの生まれる前から、この櫓はこの瞬間を待っていたんだ。そして、腐った太鼓は相応しからぬ人物がこの櫓の上を占めるのを防ぎ続けてきたんだ」
「俺、分かってたのに、シバかれた」と、金ちゃんはブー垂れた。
まだ釈然としていないYさんだったが、櫓が突然ガタッと音を立てて大きく揺れたとき、その表情に緊張が走った。櫓は、その後も機械音とともに小刻みに揺れ続けている。紅白の幕が巻き付けられているために、その内側で起こっていることを目にすることは出来なかったが、3人は「迫り上がりだ!」「昇降機だ!」「小型エレベーターだ!」と結局は同じことを同時に叫んだ。
櫓の上で、太鼓を載せた台が傾きだした。やがて台は横倒しになり、太鼓はその台と共に櫓の背面、茂りに茂った夏草の上に大した音も立てずに落下した。
自販機見つけて缶コーヒー
コイツが今日の8本目
これだけ飲んでりゃトイレも近いぜ
便所に行くのは6回目
・・・
花屋の前を通りすぎる
レモンの花はない様子
でも、俺の瞼の奥にはいつも
れもんの花が咲いている
ゆえに、薔薇を咥えてフラメンコ
靴音響かせタップダンス
全く身に覚えのない最後の二行はさておいて、歌詞だけ切り取れば、全くどうでもいい行動の描写に終始しているが、狂おしいばかりの緊張感を孕んだシン太郎左衛門の声と怒涛のようなサウンドは、直接は描かれていないれもんちゃんを真っ直ぐ希求する魂の咆哮だった。れもんちゃんとの邂逅に向けて高まっていく期待、還暦男の感情のドラマを通して、れもんちゃんの存在感が巨大化していく。『れもんちゃん音頭』は、膨大な言葉と熱量を使って、たった一つのことしか言っていない。「早くれもんちゃんに会いたいな」、ただそれだけのことだった。
そして、いよいよ、全身全霊を投じて待ち望まれた、れもんちゃんの登場のときだった。
櫓の上に黒い影。れもんちゃんの登場を掛け声をもって迎えるつもりが、その前に「あっ、ラッピー!」と金ちゃんが叫んだ。姿を見せたのは、ラッピーだった。だが、それで「はぁ?」と拍子抜けしてはいけない。
私は、ラッピーの元に駆け寄ろうとする金ちゃんを制した。「今、ラッピーは、お前の飼い犬ラッピーではない。よく見ろ。ラッピーが首輪の代わりに着けているものを」
「あっ!ヘニャっと笑う髑髏のネックレス!」
「金ちゃん、これがラッピーの真の姿、れもんちゃんのボディーガードだ。『チームれもん』随一のヤバいヤツ。れもんちゃんに失礼な振る舞いをした者がいれば、即座に喉笛を噛み切られる。巷では『ザ・モンスター』と呼ばれている」
「嘘だ!」
「ああ、嘘だよ」
そのとき、とても優しく穏やかな表情を浮かべたラッピーの頭に、背後から『チームれもん』のキャップを被せた白い手があった。
ついに、れもんちゃんが降臨した・・・
・・・音楽は終わっていた。
『れもんちゃん音頭』のラストは、ラップではなく、歓喜と興奮の極致に至った静かな語りだった。
「クラブロイヤルにたどり着き、入り口でスタッフさんと挨拶を交わす。そして、靴からスリッパに履き替えながら、いつものように蹴躓いて、『おっとっと』と得意の六方を踏むのであった」で終わった。
我々は、しばし言葉を失っていた。
「今のは・・・夢でござるか」
「いいや、れもんちゃんでござる」
「斯様な美なものを初めて見申した」
3人ともシン太郎左衛門が憑依したかのような口調であった。
「しゃなり、しゃなりと、それは雅な踊りでござった」
「れもんちゃんと音楽とのシンクロ率は奇跡の0パーセント、しかし拙者の想いには100パーセントシンクロしてござった」
「ピンと伸びた指先が、スッと微かに反ったとき、総毛立ちましてござる」
「あれは誠に美でござった」
会場は提灯も消え、暗がりの中、時代劇に出てきそうな三人の武士を残して猫の子一匹いなかった。ぼんやりと月明かりが彼らを照らしていた
「水色の浴衣は、よう似合ってごさった。赤い金魚がスイスイ泳ぎ、それはそれは可愛かった」
「れもんちゃんは宇宙で一番でござる」
「長年夢見た通りの盆踊りでござった。宇宙一のれもんちゃんを迎え、盆踊りの復活が叶った上は、拙者、最早思い残すことはござらぬ」
「死なれまするか。さようなら」
「まだ死ぬ気はござらぬ。れもんちゃんがこの世にいる限り、我々『シン太郎左衛門ズ』は不滅でござる」
三人の顔には、目から頬にかけて感涙が滂沱として流れた跡が、月の光にくっきりと照らされていた。
「父上、そろそろ出発の時間でござる」というシン太郎左衛門の声に、はっと我に帰って、腕時計を見ようとしたら、嵌めていなかった。全裸のまま、右手に生卵、左手にスライスチーズを持って、冷蔵庫の前に立ち尽くしていたのだ。
「いかん、ぼ~っとしていた。少し待て。30秒で服を着る」と言って、二階の自室まで駈け上がると、シン太郎左衛門も付いて来ていた。
「お前は下で待ってればいいのに」
「そうはできない訳がある」
「まあいい。細かいことは気にするな。新快速に乗るのだ。駅まで走るぞ」
シン太郎左衛門と『れもんちゃん盆踊り』後編様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門と『れもんちゃん盆踊り』前編(あるいはニートの金ちゃん)様
ご利用日時:2023年7月30日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。本当だと当人は言っている。
一昨日の7時頃、仕事からの帰り、町内会長のYさんの家の前を通りかかると、Yさんは庭木に水をやっていた。何故か妙にシャンとした格好で、ネクタイまで締めていた。「お帰りなさい」と挨拶されたので、挨拶を返して、ついでに盆踊り復活の見通しについて訊いてみた。Yさんは口の前に指を立てて、辺りの様子を確認すると、ホースの水を止めた。
Yさんは「実は、その件で動きがある」と囁くような小声で言った。ズボンの中でシン太郎左衛門が聞き耳を立てているのが分かっていたので、ヒソヒソ話は私にとっても好都合だった。
Yさんが言うには、町内会の集まりで夏祭りの復活が否決されたのは町内会報で周知のとおり(私が回覧板を見ずに回していることが、町内会長にバレてしまった)。しかし、それでは収まらないYさんは同志を糾合し、金のかかる籤引き大会やヨーヨー釣りはカットし、盆踊りだけを決行する計画らしい。極秘と言いながら、Yさんがヒソヒソ声だったのは最初だけで、すぐに大声を張り上げていたから、一部始終を聞いたシン太郎左衛門は満足げに頷いていた。
「なるほど、こじんまりとした盆踊りなら、広場にラジカセを持っていけばいいだけですもんね」と言ったら、Yさんは呆れ顔で、「それはいかんでしょ。櫓がなければね。太鼓がなければね。提灯を吊らなければね」
呆れているのは、こちらも同様で「櫓や太鼓なんて要ります?」と言い返したかった。でも止めた。実は、Yさんの櫓や太鼓への強い拘りが夏祭り復活の最大の障壁なのだ。盆踊りはやってもいいが、櫓や太鼓は確実に不要というのが、町内の大方の意見だった。この町内でも高齢化は進行していて、鉄骨で櫓を組み、その上に太鼓を持ち上げる作業は、コロナ前でも多大な負担だった。その上、これらは全くの飾りでしかなかった。というのは、私が引っ越してきた30年前の時点で、この町には既に太鼓の叩き手はいなかった。太鼓の手入れもされておらず、以前、私が試しに叩いてみたときには、グチャっという嫌な音がして、とても祭りの当日に鳴らせる状態ではなかった。そんなことで、コロナで一度中断してしまうと、従前通りでの復活を断固拒否する声が噴出した。
「今10人ほどが賛同してくれているから、後数名加わってくれると大助かりです」と私を誘ってきた。
「ちなみに、その10人って誰ですか?」と尋ねると、Yさんはあっさり教えてくれて、「我々は、この計画を『ゲリラ盆踊り作戦』と呼んでいます。ぜひ、あなたにも加わっていただきたい」
真っ平御免だ、と言下に断りたかったが、ズボンの中でシン太郎左衛門がせっついてくるので、彼の意を汲んで、
「数日考えされてください。それともう一つ教えてください。ゲリラ盆踊りのとき、私の希望する曲を流してもらえますか?」
「CDを持ってきてもらえれば、かけますよ。ただ、盆踊りに相応しいものでしょうな?」
「はい、もちろんです。『れもんちゃん音頭』です」
「えっ、知らないなぁ。『アンパンマン音頭』なら子供たちに人気ですけど」
「れもんちゃんは、『アンパンマン』の登場人物ではありません。れもんちゃんは、子供ではなく大人に大人気です。必殺技は『アンパンチ』ではなく、『レモンスカッシュ』です・・・まあ、いいや。さようなら」
Y邸の角を曲がると、家までは直線200メートルを残すばかりだ。
「シン太郎左衛門、聞いたか?『ゲリラ盆踊り作戦』だってさ。極秘作戦なのに、名前がそのままズバリだ。シン太郎左衛門シリーズの登場人物だけあって、言うことがてんで成ってないよな」
「それで父上は・・・」
「あいつのゲリラ盆踊りに協力するかって?多分しないな。さっき名前が上がってた10人だけど、全員80歳を軽く越えてる。Yさんを筆頭にみんな元気は元気だが、この猛暑だぞ。1時間も外に立たせておいたら、全員ブッ倒れる。熱中症でな。ましてや、町内会の倉庫に眠ってる鉄骨を広場に運んで櫓を組んで、その上に太鼓を据えて、紅白の幕を櫓に巻き付けて、櫓から四方に紐を張って提灯を吊るしてって、彼ら自身はお手伝いをするだけだ。『あと数名加わってもらうと助かる』とか言ってたが、その数名が実働部隊だ。俺が一人加わっても、何も起こらない。俺も立派に爺さんだから、連中にコキ使われたら、ぶち切れる」
「残念でござる」
「まあ完全に望みが絶たれた訳じゃない。来週のどこかで、櫓と太鼓抜きなら協力すると、Yさんに話す」
「Y殿は聞き入れましょうか」
「さっきの口振りでは、受け入れまい。そのときは、そのときだ」
通りすぎる家々から、それぞれの夕食の匂いが漂っていた。
「父上、ニートの金ちゃんに頼んではいかがでござろうか」
「金ちゃんか・・・」
シン太郎左衛門が言う「ニートの金ちゃん」は、隣家の長男である。彼を「金ちゃん」と呼んでいるのは、私とシン太郎左衛門だけで、彼の名前とは全く無縁に、ただ彼が童顔で丸々とした体型、金太郎を思わす風貌をしているために、そう呼んでいるだけのことだ。
また金ちゃんは本当はニートではない。今30歳、ほとんど家から出ないから、近所で誤解を受けているが、フリーランスのプログラマーで生活には困っていないのだ。人付き合いを極端に避けるが、何故か子供の頃から私には懐いてきた。
「何故、金ちゃんは、父上のような変人に気を許したのでござろうか」
「それは言えない。お前が、れもんちゃんのときだけ別人になる理由が簡単には説明できないのと同じだし、下手をすると俺の裏の顔に触れることになる」
「父上には裏の顔がありまするか」
「そんなものはない。説明にトコトン窮すると、実際にはないものをでっち上げることになりかねないという意味の比喩だ。まあいい。何にせよ、金ちゃんに力仕事は無理だ。不摂生を極めた生活をしているから、割り箸やプラスチックのスプーンより重いものは持てない。塗りの箸ではカップ麺も食えず、金属製のスプーンではプリンも掬えないのだ」
「それは困りましたな」
「いや・・・いいことを言ってくれた。一つ妙案が浮かんだ」
「妙案とな」
「うん。金ちゃんは年に一、二度ガッツリと部屋に引き籠ることがある。『面会謝絶』とドアに張り紙をして、一週間でも自室から出てこない。そういうとき引っ張り出してやるのが、俺の役目だ。『よお、元気か?』とアイツの部屋のドアを蹴破って、『飯食ってるか?これでも食え』とアイツが嫌いなトマトやナスやピーマンを部屋中にバラ撒いてやる。すると、金ちゃんは『冗談、止めてくださいよ』と部屋から出ていくのだ。他の人間がやっても、こうはならない。俺だけに出来る技だ。こういうことがあって、彼の両親は俺に感謝していて、真面目に頼めば盆踊りの実施に協力してくれるだろう」
「Y殿の計画にご両親を加担させるのですな」
「Yさんの計画に実現性は乏しい。多分破綻する。そうなったときに、ラッピーを含めた金ちゃんの家族と俺たちだけで盆踊り大会を決行する」
「拙者、ラッピーは苦手じゃ。よく吠えられる」
ラッピーは、金ちゃん一家が飼っている雌のラブラドール・レトリバーだった。
「ラッピーは実に賢い。この町内で俺が一目置くのはラッピーだけだ。人間は全員ダメだ。ラッピーの慧眼には畏れ入る。この町で、お前の存在を察知したのは彼女だけだ。だから吠えるんだ。敵意からではない。友達になりたいのだ」
「それは誠でござるか」
「ラッピーの目を見てみろ。あの優しく澄みきった美しい目を。れもんちゃんの目に似ている。俺が犬だったら、ラッピーに恋していた。偶々人間だったから、れもんちゃんが大好きになったのだ・・・まあいい。町内会長がやれなければ、俺たちと金ちゃんファミリーでゲリラ盆踊りを敢行する。それだけのことだ。名付けてプロジェクトK」
「プロジェクトKとな。Kは『金ちゃん』の略でござるな」
「違う。『プロジェクト金ちゃん』ではどう考えても格好悪い。Kは梶井のKだ・・・これも別に格好よくはないが、梶井は『檸檬』の作者で、『檸檬』は京都の丸善というデカい本屋の美術書コーナーで画集を積み上げて、その上にレモン爆弾を仕掛けて立ち去る男の話だ。高校の教科書に載っていた。俺たちは、広場に『れもんちゃん音頭』という爆弾を設置し、この腐った町を爆破するんだ」
シン太郎左衛門は神妙な顔で「なるほど」と頷いた。最近、よく分からないことを「なるほど」の一言で誤魔化す術を学んだようだ。
「シン太郎左衛門、お前の任務はとにかく『れもんちゃん音頭』を完成することだ。町内会長の盆踊りだろうが俺たちの盆踊りだろうが、『れもんちゃん音頭』を流すのは一回限りだ。しくじることは許されない。『れもんちゃん音頭』が不発だったら、俺たちは無駄死にだぞ」
最後の方のセリフは出鱈目だったが、私には若干妄想癖があり、こういうヒロイックな展開をかなり楽しんでいた。
「10日くだされ。立派に作ってみせまする。そして歌と演奏の技を研き、10日後には必ず『れもんちゃん音頭』、披露致しまする」
こんな真剣な顔をしたシン太郎左衛門は初めて見た。
ちょうど家の前に着いた。
「任せたぞ、シン太郎左衛門。『れもんちゃん音頭』、早く聴きたいものだ」と言いながら、私は(「歌と演奏の技を研く」って、どういう意味だろう。『れもんちゃん音頭』はアカペラなのに)と訝しさを感じていた。そして、ぼんやりとした不安感すら覚えながら、玄関の鍵を開けた瞬間、ラッピーが数回吠えた。その声が何故だか警戒を促しているようで、ぼんやりとした不安の塊は一回り大きさを増したのであった。
さて、6月11日の松江出張の篇に始まった、音楽時代劇の大作『シン太郎左衛門と音楽』は、いよいよ次回『れもんちゃん盆踊り(後編)』で、そのクライマックスを迎える。
絶世の美女、れもん姫の運命や如何に!!
(続く)
シン太郎左衛門と『れもんちゃん盆踊り』前編(あるいはニートの金ちゃん)様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門と『れもんちゃん音頭』(あるいは町内会長のYさん)様
ご利用日時:2023年7月23日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。本当は違うかもしれない。
日曜日の朝。暑いし湿度も高いから、起きると、まずシャワーを浴びた。グラスに注いだアイスコーヒーをテーブルに置くと、全裸のまま新聞を開いた。
「父上、何を泣いておられる」
「泣いてはいない。涙が出ただけだ」
「まさか、シン太郎左衛門シリーズの最終回でござるか」
「違う。そんなことで涙は出ない。上の文章、前回の出だしと全く同じだろ。まさかとは思ったが、また夢オチかもしれないと、頬をつねってみたが、痛いというほどでもない。『またもや、してやられたか』と、最終確認の積もりで鼻の上を拳で叩いてみたら、まともに痛くて涙が出てきた。もう少し手加減すればよかった」
「父上は、近頃珍しい古典的な馬鹿でござるな」
「何とでも言え。れもんちゃんに会う日、俺の心はとっても広い。馬鹿と呼ばれようが、鼻が痛かろうが、全く問題にならん。車に跳ねられて肋骨の2、3本折れても、『全然大丈夫』と言ってしまいそうだ」
「それは尤も。れもんちゃんの力は恐ろしいほどでござる。ちなみに、拙者の場合、れもんちゃんに会う日の朝は、無性に歌いたくなりまする」と、私の同意を求めることもなく、全777番あるとも言われる曲を歌い始めた。
はぁ~、広い世界にただ一輪
可憐に咲いたレモン花
甘い香りに誘われて・・・
シン太郎左衛門は否定するが、この1番を聴く限り、『れもんちゃん音頭』以外の曲名は考えられなかった。
・・・
優しい、可愛い、美しい
宇宙で一番れもんちゃん
と、1番が終わり、1番以外で唯一聴いたことのある27番は二度と聞きたくなかったし、とにかく何番だろうが、変なのが来たら、すぐに止めようと身構えていると、「は~いのはい・・・」と民謡調で来たので、ひとまず胸を撫で下ろした。
は~いのはい、は~いのはい
『れもんちゃん音頭』の2番にござ~る
類い稀なるエロ美人
立てば芍薬、座れば牡丹
歩く姿もエロ美人
あ~あ、フェロモンが芳しい・・・
「ちょっと待て」
興が乗ったところで水を注されたシン太郎左衛門は不満げに、「なんでござるか」
「歌詞に品がない」
「品がないとは失礼でござろう」
「そうだ。この歌詞では、れもんちゃんに失礼だ。盆踊りに使えない」
「盆踊りに使う予定はごさらぬ」
「以前、この歌の名は『れもんちゃん音頭』ではないとキッパリ断言したのに、今聞けば、この歌は自らを『れもんちゃん音頭』と明言しておる」
「なんの。この歌全体は未だ名を持ちませぬ。初めの10番ほどを便宜上『れもんちゃん音頭』と呼んでおるばかりでござる」
「便宜上でも音頭と呼ぶからには、盆踊りを意識しなければならない」
「なるほど、そういうものでござるか」
「当たり前だ。一流の音頭は盆踊りで使われるものだ。れもんちゃんは、一流ではないのか?」
「聞き捨てなりませぬ。れもんちゃんは超一流の面々が反り返って仰ぎ見なければならぬほどの高みにおられるお方じゃ」
「もちろん分かってる。当然そうだ。だから仮にも、れもんちゃんの名を冠する以上、盆踊りで使えるような歌詞にすべきだ。そうして、我らが町内会の盆踊りを手始めに『れもんちゃん音頭』を売り出そう」
「本気でござるか」
「うむ。新型コロナ以降、開催されていないが、それ以前の、この町内会の盆踊りについて気が付いたことはないか?」
「う~む。選曲が出鱈目でござった」
「だろ?そうなんだ。我らが町内会の盆踊りで使われていた音源には、日本各地の余り有名でない民謡が脈絡なく収められていた。地元の音頭も含まれてはいたが、扱いは他の曲と同じだ。あのCDを編集したのは誰だと思う?」
「町内会長のY殿でござろう」
「世間では、そう思われているが、実は違う。あのCDを纏めたのは俺だ。まあ聴け。町内会長のYさんは、元エリートサラリーマンらしいが、東京本社勤務のときに住んでいた社宅の隣の公園で、毎年盆踊りになると延々と『東京音頭』が繰り返されることに辟易していたらしい。これでは新しいことにチャレンジする姿勢や創造性は育まれないと、Yさんは考えた。それで退職後に移り住んだこの町で町内会長を任されたとき、まず第一に手を着けたのが、盆踊り改革だったのだ。その当時は、この町の盆踊りでも、地元の音頭を飽きもせず繰り返し流していたからな。しかし、Yさんは音楽に詳しくないから、誰か選曲の手助けをしてくれないかと、よりによって盆踊りの音楽に全く無知な俺に頼ってきた訳だ」
「こんな音痴に頼むとは・・・ひどい話でござる」
「全くだ。寄合のとき、俺が『それなら、なんとか音頭とか、なんとか節とか、民謡の類いを適当に寄せ集めたCDを作りゃいい』と言ったら、その通りになってしまった。盆踊りの当日は大混乱で、『こんなので踊れるか』と非難轟々だったが、Yさんは懲りることなく、翌年以降も同じ路線を突っ走ったのだ。ただ数年経つと、みんなその環境に慣れてきて、聴いたこともない曲に合わせて、何となく踊るようになっていた。もちろん、一切統制が取れてない、てんでばらばらの踊りだったがな。慣れというのは大したもんだ」
「父上、延々とY殿の話をしておられるが、これは、れもんちゃんのクチコミでござるぞ」と、シン太郎左衛門が見かねて口を挟んできた。
「分かってる。分かってる。もう終わる。俺も好きでYさんの話をしている訳じゃない。まあ、そういうことで、この町内会は全国でもトップレベルで盆踊りの音楽に対して革新的なのだ。だから盆踊りが復活したとき、『れもんちゃん音頭』を流しても、歌詞の中で『エロ美人』だの『フェロモン』だのと言わなければ、この町の人達は何の違和感もなく、踊ってしまうのさ」
「う~む、なにやら変な夢を見ているような感覚じゃ」
「俺も、ここ最近ずっとそうだ。れもんちゃんと会っている時間だけが素敵な夢で、それ以外の時間は全て変テコな夢だ。それは、それでいい。お前の『れもんちゃん音頭』、なかなか面白い。この町内の人々は即興で踊るのに慣れてるし、きっと喜んで踊るだろう。それを撮影して、動画サイトにアップしよう。『大人気!!れもんちゃん音頭』とタイトルを付ける。なんとも楽しいな」
「とんと分からん。楽しい以前に、それは、れもんちゃんの許しを得ずに、やってもよいことなのでござるか」
「多分やってよいだろう。他の町内会から引き合いがあるだろうから、概要欄に『れもんちゃん音頭の音源をご希望の方は以下にご連絡下さい』として、Yさんのメルアドを載せておく」
「Y殿には寝耳に水・・・」
「大丈夫だ。ちゃんと説明しておく。なかなかいい曲だから、瞬く間に日本中の盆踊り会場で流れることだろう。そのうち誰かが『ところで、れもんちゃんって何者だ?』と疑問に思う、ネットで検索する、クラブロイヤルのホームページにたどり着く、そして、このクチコミを呼んで納得する。れもんちゃんの全国的な知名度がガッと上がる」
「今日の父上は変でござる。なんだか嫌な予感。もしや、今回は拙者の夢オチではござらぬか」
「夢オチ?何を言い出すことやら」と鼻で笑うと、シン太郎左衛門も照れ笑いを浮かべ、「思えば、父上は作者。夢と消えるはずがない。拙者の思い過ごしでござった」
「ましてや、3回連続で夢オチなんてことは流石にないだろう・・・なんて油断をしてはいけないよ。二度あることは三度あると、ナポレオンの辞書にも書いてある。まあ、そういうことだ」と、私はシン太郎左衛門の肩をポンと叩いて、霧散した。
「な、なんと、作者が突然いなくなってしもうた。こんな途轍もなく長く、しかも書きかけのクチコミを残して、作者が消えてしもうた・・・今度こそ、れもんちゃんに叱られまするぞ」
次の瞬間、シン太郎左衛門は、突然寝返りを打った父親の下敷きになり、「むぎゅ~っ」と呻き声を上げていた。
「苦しい~。父上、起きてくだされ」
「へぇ?なんだ?」
「寝返りは打たぬ約束。まずは仰向けになり、その後、拙者の話を聴いてくだされ」
たった今見た夢の話を、シン太郎左衛門が語り終えると、彼の父親は「うそ~ん。これって、れもんちゃんに会う大事な日の朝5時に起きて聴くべき話か?」と、顔をしかめた。「シン太郎左衛門、もう起こすなよ。目覚ましが鳴るまで『し~』だからね」と、ブランケットを額の上まで引き被った。しかし、すぐに素っ気ない態度を反省したのか、「でも、『れもんちゃん音頭』、ちゃんと作ってみたら?」とブランケットの下から、くぐもった声がした。「れもんちゃんは洒落の分かる娘だし、多分喜んでくれるよ。それと、Yさんは今、盆踊りの復活に燃えているから、今年は無理でも来年は再開するかもな。あの会場の広場に『れもんちゃん音頭』が流れたら、痛快だな。CDに入れて、『これかけて』って言ったら、『はいよ』って流してくれるぐらいの緩い運営だから、出来ない話じゃないしな」
「それは誠でござるか」
「うん。でも777番全部はダメ。10番まで。後、くれぐれも27番は入れないでね。じゃ、おやすみ」
薄暗がりの中、シン太郎左衛門は寝付けなかった。あの偽オヤジの言葉が耳から離れなかった。
「盆踊りに使われてこそ音頭とは、思えば的を射た意見。777番まで膨れた歌だが、元はと言えば、シャナリシャナリと踊る浴衣姿のれもんちゃんに憧れて作り始めたもの。今一度初心に戻り、全10番の『れもんちゃん音頭』を仕上げてみせよう。れもんちゃんの素晴らしさを世に知らしめることは、男子畢生の事業に相応しいのだ」
窓の外から小鳥の囀りが聞こえる。
松江出張の折、父親は暇に飽かしてスマートフォンで音楽を流し続けていたが、その時すでに、れもんちゃんに捧げる楽曲の構想を抱いていたシン太郎左衛門は全身全霊を傾けて、それら数多の曲の精髄を吸収しようと努めていたのだ。そんなこととは露知らず、父親はすっかり眠りこけていた。
と、『ズンズン』と控え目にバスドラムが鳴り響き、ブランケットを微かに揺らした。父親の寝息を確認すると、小さくドラムスティックが打ち鳴らされ、小鳥の囀りと大差ないほどの小さな音でギター、ベース、ドラムの演奏が始まった。父親は熟睡していたために、ブランケットの中で密やかに響く曲の出だしが、妙に、いや露骨にリンキン・パークの「フェイント」のイントロに似ていることなど、知るよしもなかった。
(続く)
シン太郎左衛門と『れもんちゃん音頭』(あるいは町内会長のYさん)様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門、セカンド・シーズンの告知(あるいは武士の商売)様
ご利用日時:2023年7月16日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。当人がそう言い張るのだから、止められない。
シン太郎左衛門のシリーズも10回近く書いたと思う。これを期に、今回からセカンド・シーズンとすることに決めた。ただ、シン太郎左衛門が名探偵になって難事件を解決するとか、グルメになって神戸の街で食レポをするとか、そんな新展開・新企画が用意されているわけではない。グダグダの文章で、れもんちゃんを讃える点では、これまでと何も違わない。では何のためにシーズンを改めるのか?自分に喝を入れるためである。本シリーズ、回数を重ねるにつれて、一本がドンドン長くなり、自分でも耐えられない長さになってきた。この流れを絶ち切りたい。そこで今回、当初予定していた「音楽」ネタの第三弾を一旦ボツにして、心機一転、短いことを最優先として筆を執り直した。だから、多分短いものになると思うが、保証はできない。
日曜日の朝。すでに暑いし湿度も高いから、起きるとまずシャワーを浴びた。アイスコーヒーを注いだグラスを片手にテーブルにつくと、新聞を開いた。
今日は、れもんちゃんに会える日なので、シン太郎左衛門は元々ご機嫌な上に、シャワーでスッキリした後、トランクスに押し込まれることもなかったから、解放感も手伝って鼻歌が止まらない。
れもんちゃんに会う日の朝は、我々親子にとって、期待に胸躍る、掛け替えのない時間なのだ。
さて、シン太郎左衛門、急に鼻歌を止めて、「れもんちゃんは大人気でござるな。一週先まで予約完売が続いておりまする」と言ってきた。スマホを見せた覚えもないのに、見てきたような口の利き方は多少気になったが、問い質すほどのことでもない。
「そうだな。すっかり予約困難になってしまった。上限いっぱい売れっ子になったれもんちゃんのクチコミを書いて、なんの意味があるのか、と自分でも思うよ。クチコミしか趣味のない、寂しい人間と世間で思われているかもしれん」
「まこと、れもんちゃんの人気、大変なものでござる。拙者も、れもんちゃんの人気にあやかり、商売を始めようと存じまする」
「商売?武士なのに?」
「うむ。武士とはいえ、いい年をして、いつまでもブラブラしても居られますまい」
還暦近くまでブラブラしてきたのだから、いっそ最後までブラブラしてたらいいのに、と思ったが、誰しも時に変化を求めるものだろう。
「商売って、何するの?」
「れもんちゃんグッズの製造販売でござる」
ほぼ思ったとおりの回答だった。
「ふ~ん。それは難しいだろうな。その前に、お前が『グッズ』という言葉を使うのは感心しないな。武士という設定から逸脱してる」
「向後、気を付けまする。『れもんちゃん小物』でござった」
正直、この話題は、さっさと切り上げたかったが、シン太郎左衛門はまだ先を聴いて欲しそうにしている。気乗りはしなかったが、れもんちゃんに会う目出度い日に親子関係に亀裂を入れたくはなかった。
「一応訊いてやるが、その『れもんちゃん小物』とは何だ?」
「キャップとアクセでござる」
「キャップとアクセだと?」
コイツ、今日は平気な顔して、設定をぶち壊してくる。ただ、一々訂正していくのは、どう考えても面倒だった。
「拙者の友人のイタリア人が腕のよい帽子職人で、高級ブランドの仕事もしております。例えば・・・」と有名なハイブランドの名前を並べた上に、「また拙者、最近メキシコ人の新進気鋭の銀細工職人と懇意にしてござる」
「待て待て。お前の友人にイタリア人やメキシコ人がいれば、四六時中こんな身近で過ごしている俺が知らんはずがない。今回も夢オチか?」
「いやいや、両名とも立派な人物でござる。キャップはロゴこそないが、高級ブランドの品に勝るとも劣らず、シルバーのネックレスやブレスレットも、それはそれは可愛いものでござる」
シン太郎左衛門、普段よりもずっとキリッとした顔をしている。
「でも、れもんちゃんがデザインに協力してくれた訳でもないのに、そのキャップやアクセサリーを『れもんちゃん小物』と呼んでいいのか?」
「キャップは、生地も縫製も最上級の高級感漂うものではありますが、一見したところは単なる黒いキャップでござる」
「れもんちゃん的要素は?」
「生地の手触りは息を呑むほど」
「確かに、れもんちゃんのお尻の手触りには毎回息を呑んでいるが、それが共通しているから『れもんちゃんグッズ』とは、いくら何でもこじつけが過ぎる」
「確かに仕入れの段階では、れもんちゃん小物とは分かりますまい。肝心なのは、その後でござる。ミラノの工房から届いたキャップの一品一品に拙者が気持ちを込めて縫い取りを施しまする」
「お前が?できるの?」
「無論できまする」
「縫い取りって、何を縫い取るの?」
「ツバの上の、つまり額に当たる部分、そこに白い糸を以ち、勘亭流の書体で『チームれもん』と縫い取りまする」
「マジで?」
「いかにもマジでござる。ご要望とあらば、『Team れもんちゃん』とも致しますが、追加料金を申し受けまする」
「そうか・・・」
シン太郎左衛門は元々馬鹿だし、猛暑も加わり、とうとう一線を越えてしまったんだな、と思う一方、そんなキャップがあれば一つ欲しいな、とも感じていた。
「さらにシルバーのアクセサリーは、髑髏がモチーフでござる」
「髑髏?イカツいな。れもんちゃんのイメージから外れてるよ」
「ところが、この髑髏にイカツさはござらぬ。ヘニャっと可愛く微笑んでおりまする」
「ヘニャっと笑う髑髏か・・・それ、可愛いか?」
「これが、とんでもなく可愛いのでござる。思い出してくだされ。れもんちゃんがイタズラっぽく微笑むときの表情、あの小悪魔的な妖しい可愛さ」
「う~っ、確かにあれは刺激的だな」
「れもんちゃんは、ちょっぴりやんちゃな服装を身に纏っても、絶対に可愛いに決まっておりまする。このキャップとアクセは、そんな場面の極めアイテムともなりまするぞ」
私の頭の中で、想像が巨人な積乱雲のように成長してしまっていた。
「う~、いくらだ?」
「値はかなり張りまする」
「だから、いくらだ?」
「拙者の取り分は、工賃込みで一両二分二朱でござる」
「分からん。いろんな意味で分からん。結局いくらなのかも分からないし、今日は徹底的に無視してきた武士の設定に、何故この場面に限って忠実であろうとするのかも分からん」
「お買い求めでござるか」
「1セット買おう」
「れもんちゃんへのプレゼントでござるな」
「うん」
「それであれば、れもんちゃんに、これらを身に着けて写メを撮り、日記に使ってもらうよう頼んでくだされ。出精値引き致しまする」
この言葉に疑念は確信へと変わった。
「貴様、何者だ?その物言い、シン太郎左衛門のものではあり得ない。偽者だ。というか・・・またしても、夢オチなんだろ」
シン太郎左衛門の姿をした者は憤然とした表情を浮かべていたが、口を開くや、「へへへへ」と笑い出した。
「そうだよ。またもや夢オチだよ~ん」
「ひどい話だ。セカンド・シーズンの初回だったのに。もう誰も信じられない」
多分、声を上げていたのだろう。
すぐにシン太郎左衛門が「父上、いかがなされましたか」と問い掛けてきたが、お前の偽者が出たと言う気にはならなかった。
布団に横になったまま、スマホを見た。すでに外は明るかったが目覚ましが鳴るまでには、まだ時間があった。
「特に何もない。もう少し寝よう。ただ、ひとつ言っておきたいのは、れもんちゃんは何を着ても可愛いということだ」
「それは1足す1が2であること以上に、世に知れ亘ったことでござる」
「では、れもんちゃんが黒いキャップを被り、髑髏のアクセサリーを着けていたらどうだ?」
「聞き覚えのない言葉が多ござるが、可愛いに決まっておりまする」
「そうなのだ。れもんちゃんは何をやっても可愛いのだ。それだけのことなのだが、しっかり胸に刻んでおけ。これは、普通のことではないからな」
「畏まってござる」と、シン太郎左衛門は神妙な顔で頷いた。
「それと、二作連続で夢オチを使うなんて聞いたこともない。このクチコミの作者に『ふざけるな』と言っておけ」
結局、ちっとも短くならなかった。シーズンを新しくしたぐらいでは何も変わらないことは証明済みだが、セカンド・シーズンは今回限りとし、次回いよいよサード・シーズンに突入する。
シン太郎左衛門、セカンド・シーズンの告知(あるいは武士の商売)様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門と怖い夢様
ご利用日時:2023年7月9日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士だ。当人がそう言うんだから、しょうがない。
前回も書いたが、夜なかなか寝付けない。暑さだけでなく、加齢も原因に違いない。エアコンをかけても、ほとんど効果がない。睡眠2、3時間の日が2週間も続くと、さすがにグッタリしてきた。職場でも「夢遊病者」という渾名が付いた。
初めの1週間ほどは眠れぬ夜に付き合ってくれていたシン太郎左衛門だが、先週の某日、深夜12時頃、「もういかん。父上、本日はお先に失礼致しまする」と言って、クルッと丸くなって眠ってしまった。私は独り布団の上に取り残された。
それから1時間ほど過ぎただろうか。眠れなくてもジタバタせず、目を瞑って身体を横にしていれば、身体も脳もかなり回復するという知人の助言に従って、布団の上で大人しくしていた。
と、それまでクークーと寝息を立てていたシン太郎左衛門が突然暗闇の中でムクッと起き上がり、「それにしても、れもんちゃんはいい娘でござるな」と、とんでもない大声を張り上げたので、こちらも驚いて叫び声を上げそうになった。
去年の夏、れもんちゃんに出会って以降、真夜中に突然何者かにどやされた感覚とともに目を覚ますことがしばしばあったが、すべてコイツのせいだったんだ。
シン太郎左衛門は、ムニャムニャ言いながら、また眠りに落ちた。
それから、また1時間ほど経っただろうか。シン太郎左衛門、「れもんちゃんは、誠にお美しい。美しすぎまする」と寝言を始めた。どうやら夢の中、れもんちゃんと二人きりで語らっているようだ。
「いやはや、れもんちゃんから仄かに立ち上る芳香はタダ者ではござらぬな。心を捉えて離さぬ・・・そうそう、れもんちゃんのために、近頃、拙者、唄を作っておりまする・・・『れもんのために唄を作ってくれるなんてステキ』とな。いやいや、ステキなのは、れもんちゃんでござるよ」と、すっかり舞い上がっている。
「『唄が作れるなんて、シン太郎左衛門さんは才能がある』とな。いやいや、才能に溢れているのは、れもんちゃんでござる。れもんちゃんは、男をその気にさせる天才。拙者はただ、浴衣を着たれもんちゃんがシャナリシャナリと踊る姿に憧れておりました故、似合いの唄を思案して、いくつか捻り出したのが、事の始まりでござる。れもんちゃんは、まさに変幻自在でござるによって、様々なれもんちゃんの姿を想い描くと、その一つ一つが唄になり、瞬く間にそこそこの長さとなり申した・・・いやいや、大したことはござらぬ。たった777番の短い唄でござる」
思わず、(クチコミと一緒で、長すぎる。桁を間違えてるよ)と胸の内で呟いた。
すると、シン太郎左衛門、「長すぎまするか」と不安そうに訊き返してきた。もしや、私が胸中で呟いたことが夢の中での、れもんちゃんの発言に影響を及ぼすのではないか?そう思うと、余計なことをして、後で面倒になっても嫌だったから、(長すぎるなんて言ってないよ。嬉しいよ)と取り繕った。
すると、シン太郎左衛門、「今日は拙者、耳の具合がおかしいようじゃ。れもんちゃんの声が妙に野太く聞こえまする」
慌てて、(エアコンのせいかなぁ)と極力れもんちゃんの声に似せようとしたが、
「まるでオッサンの声じゃ。普段の、れもんちゃんの可愛い声ではない。あっ、れもんちゃんの可愛い顔が・・・」
シン太郎左衛門がガバッと起き上がった。「恐ろしい夢を見申した」
「どんな夢?」
シン太郎左衛門は、私の顔をまじまじと眺めた後、首を振り、「言いたくござらぬ」
それから、また更に1時間は経過したに違いない。先の夢が余程ショックだったのか、シン太郎左衛門は「寝るのが怖くなり申した」と、しばらく睡魔に抗っていたが、いつしか眠りに落ちていた。
そしてまた、シン太郎左衛門の寝言が始まった。「れもんちゃんでござるか。誠、れもんちゃんでござるな」と警戒感を顕にしている。
シン太郎左衛門の夢に介入する恐れから、私は精一杯、何も考えないことを我が身に課した。
「ああ、れもんちゃんじゃ。優しい、可愛い、美しい、みんな大好きな、れもんちゃんでござる。聞いてくだされ。先刻、恐ろしい夢を見申した。れもんちゃんだと思って、語り合っておりましたところが、れもんちゃんの声からいつもの愛らしさが消え、姿までウチのオヤジに変じましてござる・・・いやいや、笑い事ではござらぬ。恐ろしゅうて悲しゅうて、魂消え申した」
そこからシン太郎左衛門は、れもんちゃんがどれだけ掛け替えのない存在であるか切々と訴え、戯れにも他の誰か、特に彼の父、つまり私に変身するのだけは止めてほしいと懇願していた。
「くれぐれもお頼み申す。れもんちゃんは、いつまでも、れもんちゃんでいてくだされ」
やってみて分かったが、何も考えないというのは、とても疲れる行為だった。集中の糸が途絶えれば、たちまちシン太郎左衛門の寝言に突っ込みを入れてしまいそうな自分がいた。
「ところで、今後、例の唄を仕上げるにあたり参考に致したい。れもんちゃんの音曲の好みをお教えくだされ・・・ほう、クラッシックとな。それは、いかなるものでござるか・・・なるほど南蛮由来の古式床しき音楽とな・・・モーツァルトがよいと。特にお薦めは『福原行進曲』でござるな。忘れてはいかんので、書き留めまする」
(書き留めてどうする。ギャグだ。『トルコ行進曲』と引っ掛けてるんだ)
「何と言われましたか・・・」
危ない危ない。思わず口を挟んでしまった。
「『何も言ってない』と・・・そうでござるか」
言っておくと、れもんちゃんは話も面白い。突拍子もないことを言って笑わせてくる。ただ、若い女の子だから、『福原行進曲』のようなオッサン臭い冗談は、れもんちゃんらしいとは言い難かった。
「う~む。モーツァルトの『福原行進曲』、れもんちゃんのお薦めにより聴いてみたいと思いながら、いずこよりか『そんなものは存在しない』という声がする」とシン太郎左衛門が呻くように言った。
「考えない」ことを一定以上継続すると、頭の中に溜まった言葉が少しずつ漏れ出してしまうらしい。眠れなくてツラい上に、こんな苦行まで課されては堪ったものではない。
「なんと、『実は、れもんには、クラッシックよりも好きな音楽がある』とな。それは何でござるか」
私自身、れもんちゃんの音楽の好みが分かっていなかったから、この答えには興味津々だった。
「ほう、『デスメタル』とな・・・それは、いかなるものでござるか・・・とにかく落ち着く音楽で・・・夜、寝付けないときには、音量を上げて聴いたら、すぐ眠れる、とな。これはよいことを聞いた。早速、オヤジに聴かせまする」
思わず、「シン太郎左衛門、騙されるな。お前が今話しているのは、れもんちゃんではないぞ」と叫んでいた。
「父上、大丈夫でござるか」
「へぇ?」
「寝言を言われているかと思えば、いきなり大声を張り上げて」
ゆっくりと半身を起こして、こめかみを押さえた。「俺は寝てたのか」
「うむ、寝ながら、ごちゃごちゃと言うてござった」
「そうか。俺は、お前が夢の中で、俺の考えていることに影響を受けてしまう偽れもんちゃんに唆されて、夜中に大音量でデスメタルを流すという夢を見た」
「何が言いたいのか一つも分かりませぬ。ただ、本物のれもんちゃんは、それはそれは気持ちの優しい、心の綺麗な娘でござる」
「そうだ。それに、話していても、楽しいしな」
「れもんちゃんは宇宙で一番でござる。ただ物騒な世の中でござるによって、偽物には気を付けねばなりませぬな」
「れもんちゃんの偽物は許せん」
「うむ。拙者、世に偽れもんちゃんが蔓延らぬよう戦いまする」
「一緒に頑張ろう」
こんなふうに親子で固く誓いを立て、しばし気分を高揚させたが、れもんちゃんは異次元だから、誰が真似てもすぐ化けの皮が剥がれる。つまり、れもんちゃんの偽物は夢か想像の中にしか存在できないので、偽れもんちゃんの撲滅のため、親子揃って立ち上る意味はないという結論に至ったときには、外はボンヤリ明るくなっていた。
「父上、もう朝でござる」
「シン太郎左衛門、日本の夜明けだ」
「れもんちゃんのお蔭でござるな」
「そのとおり」
そう言いながら、私は、せめて後1時間は寝なければ、と考えていた。
シン太郎左衛門と怖い夢様ありがとうございました。
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いつも通り、日曜日の朝。
目覚ましが鳴るのを待たずして、スカッと目が覚めた。清々しい朝、素晴らしいれもんちゃん日和だ。
シン太郎左衛門も、すっかりはしゃいでいる。「今日はまた何時にも増して、れもんちゃん日和でござるな」
「煌めくばかりに美しい朝だ」と応じた後、よい朝すぎて、布団の上でインディアン・ダンスでも踊ってやろうかと思っていると、シン太郎左衛門が、突然「あれは、クロウ左衛門でござった」と言い出した。
「なんの話?」
「あの日、拙者が歌っている間、楽器を演奏していた者の話でござる」
ああ、そうだ。すっかり忘れていた。今回は前回からの続きだったのだ。
「クロウ左衛門か・・・」
「いかにも」
「そうか、あれはやっぱりクロウ左衛門だったのか・・・」
「クロウ左衛門をご存知でござるか」
「いや、知らん。全く知らん。有り体に言えば知りたくもない。だって、そいつ、名前からして武士だろ?」
「クロウ左衛門、確かに武士でござる」
「やっぱりそうだ。また武士だ。俺、武士が本当に苦手なんだよなぁ。ましてや九郎左衛門なんて言われると、武士がズラッと9人並んだ様が目に浮かんでゲンナリする」
「何を言っておられるか判りかねまする」
「九郎左衛門なら太郎から八郎まで兄さんがいるんだろ?」
「は?いや、クロウ違いでござる。大変な苦労人ゆえに、苦労左衛門でござる」
「あ、そっち。なんだ、渾名か」
「渾名ではござらぬ」
「それが本名なの?」
「いかにも」
「お前、原因と結果を取り違えてるな。そいつの苦労の原因は、その名前だ」
「なるほど・・・そんなことがあるやも知れませぬ」
「いや、間違いなく、そうだ。それで、その苦労左衛門は何者なの?」
「苦労人でござる」
「それは、さっき聞いた。俺が訊いてるのは・・・そいつも、つまり、誰かの、おチン・・・か?」
「聞き取りませなんだ」
「同種のネタ、前に使ってる。聞き取れなくても分かってるんだから、答えろ」
「苦労左衛門は、おチンでござる。いや正しくは、おチンでござった」
「ござった・・・今は違うのか?」
「若干違う」
「『若干違う』・・・嫌な言い方だな。えっ、もしかして、苦労左衛門って、これか?」
私は「小さく前へ倣え」の格好から甲を表に両手をプランと垂らしてみせた。
「それでござる」
「幽ちゃんだ」
「幽ちゃんでござる」
「武士の幽霊かぁ。苦労左衛門、やりたい放題だな。この話、止めない?」
「いやいや、苦労左衛門ぐらい出来た人物もござらぬ。それはそれはモノの道理を弁えた立派なご仁でござった」
「分かった。いや、何にも分からん。結局、その苦労左衛門って何者?」
シン太郎左衛門は、それから、苦労左衛門なる者との出会いに始まり、いかに親交を深め、この世での別れの後に再会を果たすとことなったかを語って聞かせた。とてもとても長い話で、間にコーヒーを3杯お代わりした。
「・・・以上でござる」
シン太郎左衛門が語り終えると、私は、しばしボンヤリしてしまった。
「とんでもなく長い話だった・・・でも、なんかいい話だった。れもんちゃんに対するお前の想いに動かされて、苦労左衛門が冥界の掟を破るシーンとか、よくある展開だと感じつつも、感動してしまった」
「真実でござる」
「分かってる」
「クチコミにぴったりでござる」
「その点については同意しかねる。かなり大幅にカットせねばならん」
「長すぎまするか」
「れもんちゃんと直接関係ない話が延々と続くのは、『シン太郎左衛門シリーズ』ではよくあることだが、それにしても、これは常軌を逸している。これまでの『シン太郎左衛門シリーズ』全作を足し合わせたよりも、まだ長い。その上、他にも大きな問題がある」
「一体どこが不都合でござるか」
「一々指摘して回るのが嫌になるぐらい問題だらけだ。たとえば、二人が初めて出会った場所からしてマズイ」
「それは、また何故でござるか。拙者には、何の障りもなく思えまする」
「少し考えてみろ」
シン太郎左衛門、首を傾け思案顔を浮かべていたが、特に思い当たるものはなく、「う~ん」と唸りながら居眠りを始めた。
「起きろ!」
シン太郎左衛門は目を擦りながら、「拙者には分からん。その場所で出会ったと書けなければ、コンビニのレジに並んでいるときに出会ったとでもしてくだされ」
「そんなことをしたら、後で辻褄が合わなくなるだろ。それに作り話はダメだ。『シン太郎左衛門シリーズ』はドキュメンタリーだから、たった一つの嘘も含まれてはいけない。都合が悪い部分は、書かずに済ますしかない」
「どこを削りまするか」
「残念ながら、大半を削る」
「では、どこを残されまするか」
「たとえば、あの場面がいい。3度目に会ったとき、苦労左衛門が『今宵を以って今生の別れ』と告げ、自らは日もなく儚き一生を終えるが、シン太郎左衛門は1年内に絶世の美女との出逢いがあるだろうと予言するシーン。あのシーンは使おう」
「父上、なかなかお目が高い。では、その段に限り、今一度語りましょう」
「別に二度も語ってもらわんでいい」
「いやいや、大半を消されるとあらば、残されるところは大事に扱ってくだされ。拙者の語るとおりにお書き願いたい」
そう言うと、シン太郎左衛門は、講談師か落語家のように一人二役で語り出した。
「シン太郎左衛門殿、今宵を限りに、生きて再びお会いすることはございますまい」
「それは何ゆえ」
「理由はお訊きくださいますな。拙者、我が身と周囲に起こることを予知する力を有してござる。拙者、遠からず、この世を去りまする故、今宵が今生の別れにござる」
「苦労左衛門殿のお言葉でござれば、偽りはござりますまい。お互い武士でござるによって、名残惜しいとは申しませぬ。短い間ではござったが、ご交誼に感謝申し上げまする」
「拙者も御礼申し上げまする。ところで、拙者からの置き土産、受け取ってくださりませぬか」
「置き土産とな。いかなるものでござるか」
「拙者には、シン太郎左衛門殿に遠からずよいご縁があることも見えてござる」
「よい縁とな」
「いかにも。シン太郎左衛門殿は、向後一年内に素晴らしい姫君と出逢われまする」
「それは誠でござるか」
「うむ。間違いござらぬ。宇宙で一番のよい娘でござる。果物に因んだ名を持ちまするぞ」
「果物に因む名でござるか・・・梨ちゃんでござるか」
「あまり語呂が良くないようでござる」
「では二十世紀ちゃん」
「違いまする」
「長十郎ちゃん」
「シン太郎左衛門殿、一旦梨から離れてくだされ」
「メロンちゃん」
「おお、一気に近付いた気が致しまするぞ」
「ドラゴンフルーツちゃん」
「あ、また離れた。そんな名前の姫はござらぬ。シン太郎左衛門殿、名前で遊んではなりませぬぞ」
「うむ。失礼つかまつった。では、シャインマスカットちゃん」
「おいおい。何だ、これ?」私は思わずシン太郎左衛門の話を中断した。
「さっき聞いた話と全然違うぞ。さっきはあんなに感動的だったのに、今度は下らない事ばかり言ってて、全く話が進まない。この話のどこで感動できるか言ってみろ」
「さっきと同じ話でございまする。父上の耳が肥えたのでござる」
「そんなこと、あるか!シン太郎左衛門、お前、その場の思い付きで話をしてるな」
「とんだ言い掛かり。『シン太郎左衛門シリーズ』は全て真実。嘘はないのでござる。まあ、今しばしお聞きあれ」と、宥められ、再びシン太郎左衛門の演芸大会に付き合わされた。
「その姫の名は置いておきましょう。肝心なのは、その後でござる。絶世の美女との出会いでシン太郎左衛門殿は人柄も温厚になり、やがて、その麗しい姫に捧げる音曲を作ろうと一念発起されまする。これは決まったことでござる。そして、その音曲の演奏にあたって、お囃子の一つもないことに物足りなさを覚えられまする。これもまた避けられないことでござる。このように感じられたときは、必ず拙者をお呼びくだされ。拙者、骨肉は滅んでも、魂魄にてシン太郎左衛門殿をお助け致す。これが拙者の置き土産でござる」
「忝なく頂戴つかまつる。苦労左衛門殿は、音曲に通じておられまするか」
「うむ、諸芸一般身に付け、音曲は様々な楽器の音を声色にて奏で分けまする。清朝の初めに書かれた『聊斎志異』にも書かれている『口技』と申すもの。拙者、二十ほどの楽器であれば、容易く同時に操りまする。先日、日本公演を予定していた海外のオーケストラが、台風で来日が遅れたため、初日は拙者が代役として公演を成功させました。ベートーヴェンの交響曲を一人でこなすのは、さすがに大変でござった」
「それはご苦労でござった。ところで、『口技』と言われましたな。『口技』はれもんちゃんも得意とするところでござる」
「うむ。シン太郎左衛門の言われる口技は、恐らく別のものでござろう」
「確かに。拙者は断然れもんちゃん派でござる」
「なんだ、これ?ひどいなぁ。全く別の話になってる。さっきの話には、そこはかとなく哀愁が漂っていて、それでいて妖気に溢れていた。今聞いたのは違う。ただ単に『シン太郎左衛門』だ」
「先刻、父上は飲み食いしながら、勝手な想像で頭を一杯にしてござったのであろう。全く同じ話でござる」
「まあいい。こんなことで言い争いも無益だ。お前の言うとおり、同じ話だったにせよ、2度目にはまるで違う話に聞こえて、ガッカリした。これは間違いない事実だ。ところが、れもんちゃんとは、何十回も会っているが、期待をがっつり超えられてビックリすることはあっても、ガッカリしたなんて一度もない。えらい違いだ」
「うむ。れもんちゃんと比べられても困る。勝てるわけがござらぬ」
「まあいい。とにかく、話を纏めてしまおう。お前は苦労左衛門から楽器演奏について困ったことがあれば、助けを求めよと言われたわけだ」
「いかにも。『南無八幡大菩薩、我に力を与えたまえ』と強く念じれば、馳せ参じると」
「それって、似顔絵・・・いやいや、そんなこと、どうでもいい。とにかく、お前は、その後、苦労左衛門の予言どおり『れもんちゃん音頭』を作り始め、『ここはリンキンパークっぽくしたいな』と感じたとき、苦労左衛門の置き土産のことを思い出したと」
「そうでござる」
「それで、楽器演奏を学ぼうと、言われたとおりに『南無八幡大菩薩』云々と唱えたら、苦労左衛門の霊が現れて稽古をつけてくれるようになったわけだ」
「相違ござらぬ。毎日早朝、それは厳しい稽古でごさった」
「俺のお気に入りのブランケットの中で朝練をしてた訳だ。でも、モノになったのはドラムにボーカルを被せるところまでだったんだな」
「うむ。あの日、他の楽器は苦労左衛門を呼び立てて、演奏してもらったのでござる」
「大体、こういう話だ」
「かなり乱暴に縮めてありまするが、粗筋はこんなものでござる」
「そうか・・・やっぱり、こうなった・・・全く怖くない。怪談って予告しておいて、このザマだ」
「さすがに削り過ぎましたな」
「削ったのが悪い訳ではない。元から怖くないのだ」
気まずい空気が漂い始めたのを誤魔化すように、「ところで、苦労左衛門の幽霊って、どんな風に見えるの?」
「定かには見えませぬ。湯気のようなものでござる」
「ふ~ん、湯気か・・・そこだけ景色が微かに歪むって感じ?」
「うむ。苦労左衛門については、そんな感じでござる」
「『苦労左衛門については』って、他の幽霊がいるみたいな言い方だな」と笑ったとき、シン太郎左衛門の表情が急に険しくなった。
私は何かを・・・そうだ。私は悟った。私は、苦労左衛門の父親の存在を完全に見落としていたのだ。湯気のようだという苦労左衛門はただモザイクがかかっているばかりであるに違いない。
私と目を合わせていたのも束の間、シン太郎左衛門の視線は、私の肩越しに、ダイニングの壁から天井へとジリジリと移動していった。のどかなはずの朝の風景が一気に塗り替えられてしまった。
私は天井を見上げる気にはならなかった。どんな最期を遂げたか分からぬ中年男性が、股間ばかりモザイクがかかった全裸で、部屋の壁から天井へと這い回る姿など見たくもない。まして、そんなヤツが知らぬ間に私のブランケットの中に入り込んでいたかと思うと背筋が凍りついた。
と、シン太郎左衛門は突然莞爾として、「久しぶりに見た。立派なカブトムシ」
その言葉の意味は俄には理解できなかったが、やがて全身の脱力感とともに腑に落ちた。
そいつは、開け放った窓から出ていった。
「お前の望むとおり、逃がしてやったぞ」
シン太郎左衛門は「達者で暮らせよ」と手を振っていたが、私にはもうどこに行ったやら分からなかった。
シン太郎左衛門が「行ってしまった」と言うので、窓を閉めた。そろそろ出掛ける準備をする時間だ。
「立派なカブトムシでござったな」と、シン太郎左衛門は言うが、私にカブトムシの目利きは出来なかった。
「ちなみに、苦労左衛門の幽霊は、理由は知らぬが単体でござる。親父殿は同伴せぬので見たことがござらぬ」
「そうか。少しホッとしたよ。でも、そんなことはもうどうでもいい。怪談もカブトムシも済んだ話だ。さあ、そろそろ出掛けるぞ」
「れもんちゃんに向けて出陣でござるな」
「いざ出陣じゃ。いつもの新快速に鞍を載せておけ。一鞭で神戸に到着してくれようぞ」
「れもんちゃんの笑顔が目に浮かびまするな」
「レッツゴー・れもんちゃん!!」
「レッツゴー・れもんちゃん!!」
我々はもう走り出していた。