福原ソープランド 神戸で人気の風俗店【クラブロイヤル】
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れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門とれもんちゃんのニセモノ様
ご利用日時:2024年1月16日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。前回軽く触れたロボットの話をしておく。
三が日が終わった辺り、4日だったか5日だったか覚えていないが、朝、宅配便が届いた。Aからだった(昨年12月17日のクチコミを参照のこと)。品名に「ロボット」と書いてあるのを見て、そのまま庭に投げ捨てて、朽ちるに任せたい気持ちになったが、取り敢えずリビングに持ち込んだ。
「シン太郎左衛門、またAからロボットが届いた」
「年明け早々、縁起でもないことでござる」
「今回は箱も開けずに済ますか」
「うむ。それがよかろう」
「いや。でも、なんか気になる。中身を見るだけは、見ておこう」
段ボール箱を開けると、やはり封筒があって、その下に新聞紙でくるまれた物体が潜んでいた。封筒から取り出した便箋を広げ、最初の数行を読んで、思わず「何じゃ、こりゃ」と叫んでしまった。
「父上、いかがなされました」
「これは・・・読んで聞かせてやる」
シン太郎左衛門がズボンのチャックを内側から開けて、テーブルの上にピョコンと飛び移ると、私はAからの手紙を声に出して読んだ。
あけおめだよ~ん。
ネコ型ロボット『俊之』は気に入ってくれたようだな。クラブロイヤルのHPで、お前の書いたクチコミを読んだぜ。もう少し遊んでくれたら、俊之の真の実力が分かったものを、早々に隣の金ちゃんにやってしまったようだな。
ということで、『俊之』を手放して寂しくなっただろうから、代わりにもっと素敵なお相手をプレゼントしよう。
箱入り娘型ロボット『れもんちゃん』だ!!電源を入れると、約1分で起動する。今度は大事にしてくれよな。月に最低一度は美容院に連れて行ってくれ。
怪人百面相より
追伸。俺も、実物のれもんちゃんに会いたいと思いながら、ずっと完売で予約が取れない。お前のせいでもあるんだぞ!そのうち、シバく。
「以上だ」
「父上、身バレしてござる」
「俺のクチコミなど誰も読まないと、油断していた・・・アイツには知られたくなかった」
「ピンチでござるな」
「しょうがない。Aには消えてもらおう。何が『怪人百面相』だ。俺だって、着脱式のオチン武士を自在に操る怪人だ。シン太郎左衛門、この荷札にAの住所が書いてある。お前一人でAの家に忍び込んで、隙を狙ってヤツの心臓を一刺しにしろ」
「拙者が・・・でござるか」
「そうだ。お前は武士だ。それぐらい容易いことだ」
「うむ。拙者、武士でござる」
「ちなみに、お前の剣術の流派は何だ?」
「流派とな・・・」
「柳生神影流とかあるだろ」
「大きな声では言えぬが、拙者、池坊の流れを汲む者でござる」
「池坊?・・・それはお華の流派だ」
「うむ。拙者、お華が大好きでござる。正確に言えば、振り袖を着てお華を活けるれもんちゃんが大好きでござる」
「そうか。それは、うっとりするような光景だな。れもんちゃんは、お華をするのか」
「うむ。れもんちゃんは、穴澤流でござる」
「穴澤流?それは、薙刀の流派だな」
「うむ。れもんちゃんは、薙刀の達人でござる。一振りで百人の首が飛ぶ」
「・・・それは嘘だな」
「いかにも嘘でござる」
「お前、メチャメチャだな」
「うむ。拙者、メチャメチャでござる」
「そんなこと、自慢気に言うな」
しばしの沈黙の後、「まあいい」と、私は段ボール箱から新聞紙に包まれた物体を取り出し、包装を解いた。
「見ろ。俊之と全く同じ大きさだ。同じくタダのプラスチックの箱だ。マイクとカメラとスピーカーが内蔵されているのも同じだ」
「色が違うようでござる」
「いや、箱の色は同じだ。ただ、今回のは果物のシールが沢山ペタペタ貼ってある。オレンジに桃、ブドウにキーウィ、メロンに洋ナシ、スイカもイチゴもある・・・ただレモンはない」
「うむ。悪意を感じまする。動かしまするか」
「止めておこう。変な胸騒ぎがする」
「では、金ちゃんに押し付けましょう」
「そこが悩み所だ。仮にも『れもんちゃん』と名付けられたものをあだ疎かにはできない」
「では、電源を入れてみまするか」
「いや、そんな気持ちには到底ならない」
結局、隣の家に持っていくことにした。
家を出ると、シン太郎左衛門が、「ところで、金ちゃんはこの前の『俊之』をどうしたのでござろうか」
「すっかり忘れてた。元旦に会ったとき、訊けばよかった」
呼び鈴を鳴らすと、金ちゃんのママが出た。金ちゃんは寝ているとのことだったが、緊急の用事だと言って、家に上がり込んだ。
部屋に入ると、寝起きの金ちゃんは、布団の上であぐらを組み、髪の毛はボサボサ、目はまだ半分閉じていた。
「金ちゃん・・・お前の寝起き姿がセクシー過ぎて、用件を忘れてしまった。あっ、そうだ。緊急事態だ」
金ちゃんは目を擦りながら、「はい、はい」と、あくび混じりに言うだけで、てんで真面目に聴いてない。
「落ち着いて聴け。今、お前の家が火事だ」
「そうですか・・・逃げたらいいんですか?」と、まともに取り合う様子もない。
「いや。もう手遅れだ。すっかり火の手が回ってしまった。一緒に死んでやろうと思って、来てやった」
「それはご苦労様です」
「礼は要らん。ところで、年末に上げたロボットはどうだった?」
金ちゃんは、ドテラを羽織ると、しばらく考えた挙げ句、「ああ、あれ。あれ、むっちゃ怖かったですよ」
「怖かったか?」
「ひどいもんですよ。あれ、オジさんの趣味ですか?」
「違う。『怪人百面相』と名乗る大馬鹿野郎が送り付けてきた。悪質な嫌がらせの類いだから、お前に押し付けた」
「オジさん、最低ですね」
「そうだ。俺は最低だ。で、どんなふうに怖かった?」
「電源入れて、しばらくすると、お仏壇の鐘みたいに『チーン』って音がして、その後、お経が始まりました。気持ち悪いでしょ?」
「・・・それから?」
「それから、年をとった男の声で、『はぁ・・・はぁ・・・』って、息苦しそうに、ずっと呻いてるんです」
「コワっ!」
「でしょ?怖すぎて、急いで電源を切りました」
「お寺に持っていって、お祓いしてもらったか?」
「そんな面倒くさいことしてません。まだ、そこにあります」と、金ちゃんが指差す先に、クリーム色のプラスチックの箱が転がっていた。
「お前、よくこんなものと一緒に暮らせるな」
「電源入れなきゃ、ただの箱ですからね」
「見上げた根性だ。そういう君に、はい・・・プレゼント」と、『れもんちゃん』を差し出した。
金ちゃんは、複雑な表情を浮かべ、「これ、受け取らなきゃダメですか?」
「当たり前だ。『れもんちゃん』だぞ。ありがたく受け取れ」
「そんなにありがたいものなら、なんで、僕にくれるんですか?」
「本当の『れもんちゃん』じゃないからだ。早く受け取れ」
金ちゃんは、渋々手を伸ばしながら、「オジさん、何度も訊いてるけど、れもんちゃんって、何なんですか?」
「お前なぁ、毎回毎回、同じことを言わせやがって。れもんちゃんは宇宙一だって、言ってるだろ。もちろん、それは本物のれもんちゃんの話だ。ニセモノのれもんちゃんは、この箱だ」
「全然答えになってない・・・電源入れてみます?」
「やれるもんなら、やってみろ」
「止めときます?」
「やってみろ」
金ちゃんがスイッチに指を伸ばすと、私はドアの近くまで後退りした。
「スイッチ入れますよ」
「うん」
金ちゃんの指がスイッチを押すと、箱の中からカラカラカラと音がして、ファンが回りだした。
「嫌な予感しかしない。お経とか変なのが始まったら、すぐ切れよ」
「分かりました」
約1分が過ぎた頃、箱の中から明るく軽快な音楽が聞こえてきた。
「あれ?これ、何の曲だっけ?」と言ったそばから、シン太郎左衛門が嬉しそうに曲に合わせて口笛を吹き出した。
「あ、そうだ。『とくし丸』のイントロだ・・・」
例の移動スーパーのテーマソング、その前奏部分だった。シン太郎左衛門は得意げに口笛を吹きまくっている。
前奏が終わると、一瞬の静寂。そして、華やいだ女性の声が、「れもんちゃんだよ~ん。美容院に行ったよ~ん」
その声に、金ちゃんが「うわ~、可愛い!!」と歓声を上げた一方で、シン太郎左衛門と私は、究極の仏頂面になった。
金ちゃんは、「これ、僕が大好きな声優さんの声です」
「ふ~ん。そうなんだ」
私は立ち上がって、ロボットに歩み寄ると、力一杯電源を切った。「最悪だ。れもんちゃんの声じゃない。ニセモノの名にも値しない粗悪品だ」
「じゃあ、これ、僕がもらってもいいんですか?」
「ああ、好きにしろ」
「嬉しいなぁ。れもんちゃんって、もしかして新作アニメのキャラですか?」
「うるさい。本物のれもんちゃんは、もっともっと可愛い声をしてるんだ」
プンプン怒りながら、金ちゃんの家を出ると、外は冷たい雨が降っていた。親子共々、怒りに肩が震えていた。
「あんなものが、れもんちゃんを騙るとは許せませぬな」
「Aは絶対に許さん。次にAに会ったら、道頓堀川に突き落とす」
「うむ。拙者も助太刀いたしまする」
「・・・いや、お前はいい。お前自身が誤って道頓堀川に落ちそうな気がする」
そして、今日、れもんちゃんに会った。帰りの電車の中、シン太郎左衛門は、「本日の主役」のタスキを付けて、れもんちゃんの声の可愛さについて、どんな政治家の演説よりも雄弁に語り、私は盛んに拍手を送った。
本物のれもんちゃんは、余りにも宇宙一すぎる。結局は、あんなに腹が立ったAのことも、変なロボットのことも、れもんちゃんに会った後は、全くどうでもよくなっているのであった。
シン太郎左衛門とれもんちゃんのニセモノ様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門、初詣に行く様
ご利用日時:2024年1月7日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。年も改まったことだし、新企画の一つも用意してしかるべきなのだろうが、そういうことはない。シン太郎左衛門から皆さんに「明けましておめでとうございまする」とのことである。私からも、明けましておめでとうございます。
さて、日曜日が大晦日(クラブロイヤルの休みの日)に重なるという悲劇的な状況により、約2週間、れもんちゃんに会えなかった。お蔭で年末年始は当然ちっとも盛り上がらなかったし、シン太郎左衛門はずっと調子がおかしかった。
今朝、れもんちゃんとの久しぶりの邂逅を控え、シン太郎左衛門は緊張ぎみだった。
「れもんちゃん、拙者のことを忘れてはいますまいか」
「それなりには覚えていてくれているだろう。必ずしも良い印象はないはずだが」
「うむ」
「それはさておき、今日のクチコミには、何を書こう。候補は3つある。一つ目は、年末を親戚の家で過ごした話だ」
「止めておきましょう。下らぬ話でござる」
「2番目は、Aがまたロボットを送ってきた話だ」
「あれは衝撃的でござった。でも、年の始めには相応しからぬもの。止めておきましょう」
「3番目は金ちゃんと初詣に行った話だ」
「どれもこれも情けない話でござる。父上の年末年始の下らなさが手に取るように分かりまする」
「どれか選べ」
「では、初詣」
「よし」
正月元旦。
年末を過ごした親戚の家では、夕刻近くなると、移動スーパーの車が音楽を鳴らしながらやって来る。親類たちと同じ思い出話を繰り返す不毛さを耐え忍んでいた私は、音楽が聞こえると、シン太郎左衛門に急かされて表に飛び出し、結局は何も買わないのだが、移動スーパーの後を付いて回って音楽を聴いて過ごした。
とくとくと~く、とくし丸
私にとっては単なる暇潰しでしかなかったが、シン太郎左衛門はこの曲をいたく気に入って、ラップや音頭の道を捨て、今後は「とくし丸」一本で頑張ると言い出した。多分、れもんちゃんに二週間も会えないショックで、頭のネジが数本外れてしまったのだ。
そんなことから、元旦の朝も、「春の海」の琴の調べではなく、「とくし丸」のテーマソングで始まった。
「いい加減、それ、止めてくんねぇかなぁ」と苦言を呈したが、シン太郎左衛門は無言で退け、延々と「とくし丸」を歌い続けた。こうなると、二週間も、れもんちゃんに会えない状況を作り出した私への、持って回った抗議だとしか思えなくなった。何とも気詰まりだったので、取り敢えず服を着替えて、初詣に行くことにした。
元旦のキンと冷えた空気は快く、金ちゃんも誘ってやろうと考え、隣家の呼び鈴を鳴らした。
日向を選んで待っていると、ダウンジャケットの金ちゃんが、ラッピーを連れて、出て来た。待っている間も、シン太郎左衛門は断続的に「とくし丸」のテーマソングを歌った。年が改まっても、金ちゃんはやっぱりむさ苦しく、ラッピーは颯爽としていた。
「オジさんは、どこに初詣に行くんですか」
私が神社の名前を告げると、金ちゃんは、「遠いなぁ。もっと近くにしましょうよ」
「ダメだ。ここら辺で、一番格の高い神社は、そこだからな」
私には、れもんちゃんの幸せと、れもんちゃんとこの一年も楽しく過ごせるように、という二つの切実な願い事があった。
一時間近くテクテク歩いた末、ラッピーを境外に待たせておいて、慌ただしくお詣りをした。お詣り中にも、シン太郎左衛門は「とくし丸」のテーマソングを歌っていた。神社はかなりの人の出で、学生アルバイトと思ぼしき巫女さんの姿も見られた。と、その巫女の一人が、れもんちゃんにそっくりだった。もちろん、れもんちゃんには及ばないが、それでも似ていた。次回、れもんちゃんに会ったときに話題にしようと考えて、呼び止めて、写真を撮らせてくれと頼むと、あっさり快諾してくれたが、スマホのカメラを向けると、厚かましくも金ちゃんがその隣に立ってピースサインをしているので、ムッとしたが、しょうがないので一緒に撮ってやった。
参拝者たちの人気者になっていたラッピーのリードを松の木から解いて、二人は帰途に着いた。清々しい初春の空の下、鳥居の朱色が眩しかった。
帰り道、シン太郎左衛門は、折々「とくし丸」のテーマソングを歌っていたし、金ちゃんは写真を送れと、うるさく言ってきた。
「ダメだ。お前は変なことをするからな。ヌード写真と合成して、オッパイを大きくしたり、小さくしたり、恥ずべき行為をしかねない」
「そんなこと、絶対にしませんよ」
「いや、れもんちゃんを冒涜するのは許さん」
「・・・れもんちゃん?オジさんが頻繁に口にする『れもんちゃん』って、今の巫女さんなんですか」
「違う。れもんちゃんは、今、れもん星に帰省中だ」
「オジさん・・・酔っ払ってます?」
「違う。お前の知らない世界があるんだ」
神社の近くに一軒小洒落た喫茶店が開いていた。朝飯を食べていなかったので、金ちゃんを誘って入った。席に座ると、金ちゃんは相変わらず写真を送れと煩かったし、シン太郎左衛門が「拙者も見たい」と口を挟んできた。
「こんな所で見せられるか。家まで我慢しろ」と普通に声に出して言ってしまって、金ちゃんに怪訝な顔をされた。
「オジさん、それ、どういう意味ですか?」
窓の外、街路樹に繋がれたラッピーが大人しく待っている。
「特に意味はない」
と、注文を取りにきた女の子を見て、思わず立ち上がりそうになった。またしても、れもんちゃんソックリだった。
「僕は、ミートソースとホットココアとフルーツパフェで」と金ちゃんが注文している間、ウェイトレスの顔をまじまじと見詰めてしまった。
「ナポリタンとホットコーヒー」と言った私の声は微かに震えていた。彼女が立ち去ると、思わず「どういうことだ?次から次から、れもんちゃんだ」
「また、れもんちゃんですか?オジさん、『れもんちゃん』って、結局、誰なんですか?」
「れもんちゃんは、一言で言えば宇宙一だ」
「・・・分かんない」
「分からんで結構。お前は、しばらく外で凧でも上げてこい」
「凧なんて持ってきてないし。それより、さっきの写真、送ってくださいよ」
「拙者も見たい」
「分かった。金ちゃんには、今送ってやる。シン太郎左衛門は黙っとけ」
「シン太郎左衛門?また変なのが出てきた・・・オジさん、ホント大丈夫ですか?」
その言葉を無視して、そしてシン太郎左衛門がまたしても「とくし丸」を歌い出したことに辟易しながら、スマホを取り出し、先刻撮った写真を金ちゃんのLINEに送ろうとしたとき、愕然とした。巫女姿の女の子は、れもんちゃんに一つも似ていなかった。可愛らしい娘には違いないが、全くの別物だった。しかし、考えたら当たり前のことで、れもんちゃんは唯一無二だから、れもんちゃん以外の誰も、れもんちゃんに似ている訳がないのだ。
「分かったぞ。これが、有名な『れもんちゃん禁断症状』だ。しばらく、れもんちゃんと会えない状態が続くと、誰彼見境なく、れもんちゃんに見えてくるのだ」
「それは、羨ましい話でござる」
「羨まれる理由がない。お前はずっと『とくし丸』の歌を歌い続けて責め苛むし、気が狂いそうだ」
「やっと反省されたか」
「反省した」
「では許して遣わそう」
レジで支払いをするとき、女の子の顔をまじまじ見たが、結局れもんちゃんには全く似ていなかった。
金ちゃんが出てくるクチコミと言えば、これまで宇宙空母が付き物だったが、元旦の空に宇宙空母は現れなかった。ただ、とても青い空だった。
そして、今日、れもんちゃんに会った。やはり、れもんちゃんは、今年も当然のごとく宇宙一だった。
帰り道、シン太郎左衛門もご機嫌で、朗々と「れもんちゃん音頭」を歌っていた。
やはり週に一度は、れもんちゃんに会わないと親子共々具合が悪いと、改めて悟った次第である。
シン太郎左衛門、初詣に行く様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門の戦国バトルラップ(クリスマス・バージョン)様
ご利用日時:2023年12月24日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。年末も押し迫ってきた。年内最後のシン太郎左衛門シリーズだが、特に頑張って書こうとか、そんな気持ちはサラサラない。
今日、日曜日、年内最後のれもんちゃんの日である。クリスマス・イヴでもあるが、私にとってクリスマス自体は特別な日ではない。
朝、目が覚めると、シン太郎左衛門も同時に目を覚まし、「父上、クリスマスでござるな」
「今日はイヴだ」
「では、恒例のラップバトルを致しましょう」
「毎年やってるような感じで言うな。ラップバトルなんて、やったこともない。嫌だ。どんなモノだか、ぼんやりとしかイメージできないが、トゲトゲしい言葉のやり取りは俺の趣味ではない」
「いやいや。拙者が望むのは、互いを貶し合うことではなく、れもんちゃんの素晴らしさをワイワイ楽しく讃えるタイプのラップバトルでござる」
「平和的なヤツ?」
「うむ。勝った負けたは重要ではござらぬ。れもんちゃんの素晴らしさをどれだけ伝えられるかを競いまする。審査員は拙者が務めまする」
「では、俺に勝ち目はない」
「勝ち負けは二の次でござる。スパイス程度に相手をディスりまする。負けた方は、今日を最後に、れもんちゃんファンを辞めねばならぬ」
「そんなもの、死んでもやらない」
「では、始めまする」
「おい、人の話を聴け」
シン太郎左衛門は勝手に歌い出した。
ヨー、ヨー、ヨー、ヨー
お前の言葉は空っぽ過ぎるぜ
黙ってオイラのラップを聴きな
血の雨浴びて、鍛えたスピリット
リアルな武士の命の叫び
ヨー、時は天正十二年
佐々成政、大軍率いて
加賀の国へと攻め入れり・・・
私は布団にくるまったまま、黙って聴いていた。シン太郎左衛門は布団の中で約15分語り続けた。語り終えると、「父上の番でござる」と促されたが、それでも黙っていた。
「いかがなされた。父上の番でござる」
「特に言うべきことがない。割と楽しく聴かせてもらった」
「それだけでござるか」
「それだけだ」
「負けを認めまするか」
布団からモソモソ起き上がって、洗面所に向かいながら、「いや。勝ちも負けもない。ラップバトルになってない」
「なんと。ラップバトルでないと」
「そうだ。まずジャンルが違う」
「ジャンルとな」
歯を磨きながら、「お前が語ったのは、冒頭のごく僅かな部分を除いて、ラップではない。世の中で一般的に『講談』と呼ばれているものに近い」
「うむ。では、講談バトルと致しましょう」
「いや、正確に言えば、講談とも呼べない。戦国時代を舞台にしたバトル・ファンタジーだ。まず、主人公の戦国武将れもん姫の出で立ちが可愛すぎる」
「れもんちゃんがモデルだから可愛いのが当然でござる」
「真田幸村ばりの真っ赤な甲冑だが、兜に付いているのは鹿の角でない。トナカイの角だ。小さな身体のれもん姫が、トナカイの角の付いた兜を被ってピョコピョコと登場し、『ヤッちゃうよ~ん』と言ったときに、全身の力が抜けた」
「トナカイの兜は、クリスマスシーズン限定のサービス・アイテムでござる」
台所でコーヒーの湯を沸かしながら、
「分かってる。旗指物には、六文銭とか風林火山ではなく、輪切りのレモンと『美容院に行ったよ~ん』の文字が染め抜かれている」
「それは誰もがひれ伏すれもん姫のトレードマーク。オールシーズンでござる」「だろうな。最初の、末森城の戦いぐらいまでは、それなりに講談らしかったが、れもん姫の登場で全てが一変した。れもん姫が『スターウォーズ』のライトセーバーみたいな剣、光丸を振り回して、視界を埋め尽くした数千の敵兵を撫で斬りにしたり、『マトリックス』みたいに海老反りで火縄銃の弾を交わしたり、挙げ句の果てに宇宙空母で敵の城を次々と木っ端微塵にしたり、やりたい放題だった」
「うむ、れもんちゃんの凄さ、可愛さはチート級でござる。福原の歴史を大きく塗り替えてござる」
「それはそうだ。その点には同意する。ただ、この話は福原の歴史でなく、日本の歴史を変えている。この流れで行くと、徳川幕府は誕生しない。それに、れもん姫の忠実な家来の名前は、シン太郎左衛門だったな」
「うむ。拙者がモデルでござる」
「当然そうだろう。そのまんまだ。コイツは、割と忙しそうにしているが、ロクなことをしていない。れもん姫が長さ七間、12メートル超のライトセーバーを振り回している横で、クリスマス・リースを作ったり、七面鳥を焼いたりして、敵味方の区別なく、せっせと皆に配ってる」
「これもクリスマス限定サービスでござる」
「まともにディスられたら、多少は応酬をする気になったかもしれないが、こんな話では目くじらを立てる理由がない。少し気になったのは、俺をモデルにした登場人物がいなかったことぐらいだ」
「あっ、それを言うのを忘れてござった。戦場で拙者が踏んだ馬の糞のモデルが父上でござる」
コーヒーを淹れながら、「ああ、そういうことか・・・何でこんな頻繁に馬糞が話に出てきて、一々お前が掃除して回るのか不思議に思っていた」
「そこに反撃してくだされ」
「今更そんな気持ちにはなれん」
「うむ。つまり、ラップでもバトルでもない、変なものであったということでござるな」
「そういうことだ」
「拙者、もう少し勉強致しまする」
「そうしてくれ。ただ、れもんちゃんへの想いは伝わった」
シン太郎左衛門は大きく頷いた。
そして、れもんちゃんに会ってきた。世間には冷たい風が吹いていても、れもんちゃんは激アツだった。
帰りの電車の中、シン太郎左衛門が言った。
「れもんちゃんは、やっぱり宇宙一でござる」
「当然だ。シン太郎左衛門シリーズのメッセージは、結局その一言に尽きる。残りはオマケだ。ない方がいいくらいだ」
「うむ。今年も、れもんちゃんのお蔭で、よい年でござった」
「れもんちゃんがいれば、来年もよい年になる」
「間違いござらぬ」
車窓から見る山には雪が降っているのかもしれない。それでも、我々親子の気持ちはポカポカと浮き立っていた。
皆さん、よいお年を。
シン太郎左衛門の戦国バトルラップ(クリスマス・バージョン)様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門と猫型ロボット『俊之』様
ご利用日時:2023年12月17日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。シン太郎左衛門は、「れもんちゃんが、この世にいれば、オカズがなくてもご飯が食べれる」と公言する、生粋の絶対れもん主義者である。一方、私はオカズがなくては、どうしてもご飯が食べられないタイプの絶対れもん主義者である。
日曜日は、れもんちゃんに会う日だ。だから、終日れもんちゃんだけに集中していたいのだが、そうも言っていられないことがある。宅急便が届いた。学生時代の友人からの荷物だった。
そいつの名前をAとしておく。一昨日、金曜日の夜、Aを含む学生時代の友人何人かで久しぶりに梅田で食事をした。その後、帰宅の方向が同じだったので、Aと二人でもう一軒バーに寄った。同学年ではあったが、Aは私より年上で、今は退職してゴロゴロしているらしい。学生の頃から、かなり無口な上に、稀に発言すると、9割がた意味不明だった。飲みながら彼と何を話したか、全く記憶にないが、別れ際、「俺、最近ロボット、作ったんだ。1個送ってやるよ」と言われたことだけは覚えている。
ということで、この荷物の中身は、ロボットに違いなかった。ロボットなんて全く興味がなかったが、数ヶ月後、何かの拍子でAと偶然に出会って感想を訊かれたとき、「まだ箱も開けてない」とは答えにくい。それに、箱はやけに軽くて、荷札を見ると、中身は「食品(ポテトチップス)」と書いてあった。どんなものが入っているか、見るだけは、見ておこう、と思った。
リビングに戻り、テーブルの上に箱を置くと、「シン太郎左衛門、我が家にロボットが来た」
シン太郎左衛門は勝手にズボンのチャックを開けて、モゾモゾと顔を出し、
「また下らん買い物をされましたな。父上には使いこなせますまい」
「買ったんじゃない。古くからの友人が送ってきた」
段ボール箱を開けると、丸めた新聞紙を緩衝材にして、8cm×8cm×4cm程のプラスチックの箱が入っていた。これがロボットなのか?と、頭の上が疑問符だらけになった。封筒が同梱されており、中に折り畳まれた便箋が入っていた。広げて読み上げた。
「これは、猫型ロボットの『俊之』です。スイッチを入れると、約1分で動作可能となります。末永くご愛用ください・・・ということだ」
「『俊之』?」
「トシユキは、あいつの弟の名前だ。あいつの学生時代のチャリンコも、俊之と呼ばれていた。よく盗まれたが、何故か翌日には元の置き場で見つかった。実は『俊之』には複数の持ち主がいるのではないかと噂されていた。それぐらい頻繁に、当たり前のように行方不明になっては、また出てくる不思議な自転車だった。ちなみに、Aの母親の名は『和子』だ。あいつの下宿の炊飯器は、カズコと呼ばれていた」
猫型ロボットとされている小箱を段ボールから取り出して、少し眺めた後、テーブルの上に置いた。
シン太郎左衛門も不思議そうな顔で、「なるほど・・・しかし、自転車や炊飯器の話はさておき、これが、ロボットでござるか」
「そうらしい」
「とても猫には見えぬ」
「うん。確かに猫型と呼ぶ理由は分からない。普通に四角い、クリーム色のプラスチックの箱だ。マイクとスピーカーとカメラが内蔵されているようだ」
「こやつ、何が出来まするか」
「分からん。さっき読んで聞かせたのが、説明の全てだ」
「料理は出来まするか」
「出来ないだろうな。自分が燃えてしまうと思う」
「買い物を頼めまするか」
「この形では、自分でスーパーまで出掛けていくことはあるまい。ネットで注文することは出来るかもしれないが、頼んでもいないモノが沢山届けられて、慌てるのは嫌だ」
「クチコミを書かせましょう」
「それもダメだろうな。この前、最新AIに試しに書かせてみたが、ちっとも面白くなかった。こいつは、更に期待薄だ」
シン太郎左衛門は、少しイライラした様子で、「こやつ、結局、何が出来まするか」
「分からん。取り敢えず電源を入れてみよう」
電源プラグをソケットに差して、スイッチを入れると、カラカラカラっと小さな音がして、ファンが回り始めた。約1分の沈黙の後、軽やかなチャイムの音楽が鳴り、それに続いて、若い女性の爽やかな声で、「お風呂が沸きました」
「父上・・・風呂が沸いてござる」
「風呂など頼んだ覚えはない。シン太郎左衛門、トシユキに話し掛けてみろ。ちょっとした受け答えぐらいはするだろう」
「うむ。では、やってみまする」
シン太郎左衛門はグッと身を乗り出して
「初めてお目にかかりまする。拙者、シン太郎左衛門と申す。当代きっての絶対れもん主義者でござる」
すると、割れてかすれた男性の声が「あん?なんだって?」と無愛想に怒鳴ってきた。
「なんと・・・これまた横柄な口をきくヤツでござる」
「・・・さっきは若い女性だったのに、いきなり年配男性になった。いかにも育ちの悪そうなヤツだ。シン太郎左衛門、怯まず話し続けろ」
「うむ・・・お寛ぎのところ、恐縮でござる。拙者、富士山シン太郎左衛門でござる」
「え?なに?誰が死んだって?」
「誰も死んではおらぬ。みな、恙無く過ごしてござる」
「何言ってるか、全然分かんねぇ」
「・・・父上、こやつ、清々しいほど好かんヤツでござる。話にならぬ」
「う~ん、確かにそうだが、根気強く話せば、マトモになるかも知れない」
「拙者は、もうよい。父上が試されよ」
「よし、俺がやってみよう・・・まず、こういうときは挨拶だ。挨拶をしよう。トシユキ、おはよう」
「・・・はい、おはよう」
「おっ、ほら見ろ」
「挨拶ができましたな」
「こうやって少しずつ学んでいくのだ。よし・・・トシユキ、れもんちゃんを知ってるか?れもんちゃんは、素晴らしいぞ。驚くほどの美人だぞ」
「あ?モモンガ?モモンガが、どうしたって?」
「無礼者!誰がモモンガの話をした?ブッ潰すぞ」
「父上、落ち着いてくだされ」
「ダメだ、こりゃ。こいつ、まるでなってない」
「うむ。フザケ切ってござる」
「こういうヤツに関わると、れもんちゃんの素晴らしさが一段と際立つ」
「れもんちゃんは崇高なまでに気立てのよい娘でござる。『れもんちゃん』という名前からして愛嬌満点でござる。トシユキと比べるなど、畏れ多い」
「ホントだよ・・・こいつ、金ちゃんに上げてしまおう」
「それがよい。金ちゃんの部屋は、元々ガラクタが一杯でござる」
「金ちゃんは、見た目はニートだが、実はそれなりのエンジニアらしい。トシユキの始末は、金ちゃんに任せたよう。煮るなり、焼くなり、油で揚げるなり、好きにしてもらおう」
「うむ」
「メッセージは少し変えておこう。金ちゃんも、いきなり『俊之』と言われたら面食らうだろうからな」
朝刊のチラシの裏面にフェルトペンで、「オチン型ロボット『シン太郎左衛門』見参!電源を入れて約1分で準備完了。あなたは、シン太郎左衛門と力を合わせ、絶世の美女『れもんちゃん』を、魔人トシユキの手から救い出せるか?最終決戦の地、ひらかたパークで待ってるよ~ん」と書いて、畳んで封筒に入れた。
「父上の学生時代の友達には、ロクなのがおらぬ」
「うん。揃いも揃って社会不適合者だ。れもんちゃんには、あいつらの話は絶対に出来ん。俺まで同類だと思われては困るからな」
シン太郎左衛門は黙り込んだ。
神戸に向けて家を出ると、まず隣家の呼び鈴を鳴らして、玄関に出て来た金ちゃんに「メリークリスマス。はい、プレゼントのポテトチップス」と、Aから送られてきたロボットを、修正したメモとともに押し付けた。
そして、れもんちゃんに会ってきた。宇宙一のれもんちゃんは、今日もギンギラギンに輝いていた。れもんちゃんは人類の希望の星であり、れもんちゃんの笑顔を見た瞬間に、俊之の事など、跡形もなく忘れ去ってしまっていた。
あの後、金ちゃんに何が起こったか、私は知らない。
シン太郎左衛門と猫型ロボット『俊之』様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門と『れもんちゃん警報』と王さんのレシピと金ちゃん様
ご利用日時:2023年12月10日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。ただ、武士道ではなく、れもん道に邁進し、座右の銘は「れもん一筋」らしい。こうなると、もう武士にこだわる理由が分からない。
先週の某日の朝、体調がすぐれなかったので、職場に電話で断りを入れて休みをとった。昼まで寝床でゴロゴロしていると、体調は微かに持ち直してきた。
そろそろ起きて、朝食兼昼食、場合によっては夕飯も兼ねたものを食べよう、そして、熱があるのか無いのか、何が体調不良の原因だか分からないが葛根湯を飲んで、水分補給をして明日の朝まで眠り続けよう、そうボンヤリ考えていると、シン太郎左衛門が突然「ビッ!ビッ、ビッ、ビッ!!」と電子音めいた音を発し始めた。知っている人は知っている(もちろん、知らない人は知らない)、シン太郎左衛門の「絶対れもん主義宣言」のイントロだった。
体調が悪いのに、キツいのが始まったなぁと思いつつ、「止めろ」と言う元気もないので、放っておいた。「ビッ!ビッ、ビッ、ビッ!!」を4回繰り返した後、「美容院に行ったよ~ん」と歌が始まるはずなのだが、5回でも6回でも「ビッ!ビッ、ビッ、ビッ!!」が繰り返され、段々ピッチが早くなっていくようだ。
いよいよ耐えられなくなって、「おい、シン太郎左衛門、それ止めてくれ・・・いつ歌が始まるかという不安も手伝って、精神が蝕まれていく」
「うむ?歌とは何のことでござるか」
「今、お前がやってるヤツだ」
知っている人には知っての通り、シン太郎左衛門は歌いながら太鼓の音を口真似するなど、同時に複数の音を口から発することができる。「これは、歌ではござらぬ」と言いながら、並行して引き続き「ビ!ビビビ!!ビ!ビビビ!!」と益々ピッチを上げて甲高い電子音まがいの音を立てていた。
「これは『れもんちゃん警報』。れもんちゃんの接近を知らせてござる」
「無礼者め!れもんちゃんを台風や津波のように言うな」
「それより、父上、大事なことを言い忘れてござった」
「どうした?」
「れもんちゃんが近づいてござる」
「今さっき聞いた。だから『ビビビビ』言ってるって、たった今、お前自身が言ったじゃないか」
「うむ。父上、大変なことでござるな」
「・・・何が?会話が全く噛み合ってない。まずその『ビビビビ』を止めてくれ」
「『れもんちゃん警報』は、その重要性ゆえ、タマタマを捻って音量を変えたり、エコーをかけたりは出来ぬ。今、南西方向約1800メートル、高度2000メートルの位置に『宇宙空母れもんちゃん号』が飛行してござる」
「どうして、お前に、そんなことが分かる?何の音もしないし、震動もないのに」
「そこが、父上のような口先だけの人間と、拙者のような真の求道者、絶対れもん主義者(黒帯)の違いでござる」
「失礼のことを言うな!」
その瞬間、「び・・・び・・び・・・」と『れもんちゃん警報』が止んだ。
「どうした?」
「宇宙空母が突然飛び去ってござる。おそらく、れもんちゃん、コックピットで『いやん、美容院の予約時間を勘違いしてた。遅刻しちゃう。ワープするよ~ん』と奥の手を使ったのでござろう」
「そうか。普段、れもんちゃんに、時間にルーズな印象を受けたことはないけど、プライベートでは結構やらかすタイプなのかもしれん」
「何をグダグダと言っておられる。警報が鳴ってすぐに外に出れば、れもんちゃんの宇宙空母が見れたのに、父上がウスノロだから見れなかった」
「しょうがない。元気だったら見に出たさ。今日は体調不良で仕事を休んだのだ」
「そうでござったか。どこが悪いのでござるか」
「分からん。昨日、悪いモノでも食ったのかなぁ・・・」
「父上が悪いモノを食ったかは知らぬが、良いモノを食っていないのは間違いござらぬ。最近食したマトモなものは、三日前の夜に駅前の中華屋さんで食べた麻婆茄子定食ぐらいでござる」
「ホントだ。思えば、昨日は、ほとんど何も食べなかった。夜、帰って来て、冷蔵庫を開けたら、何もなかったから水を飲んで寝た・・・つまり俺は今、栄養失調なのか?」
「おそらく、そうでござる」
「もう一眠りしてたら、そのまま死んでたかもしれない。大雑把すぎる性格のせいで、危うく命を落とすところだった。とにかく何か食べよう」
「でも、冷蔵庫には何もござらぬ。駅前まで歩けまするか」
「歩けないね。でも、大丈夫」
外はいい天気だった。隣家の呼び鈴を鳴らすと、インターホンに金ちゃんが出た。
「オジさん、今日、お休みだったんですか?よかった。助かった」とか言っている。
どういう意味で助かるのか分からなかったが、「さっき俺の家で警報が鳴り続けていた。お前の身に何かあったのではないかと心配になって見に来てやった。5秒以内に玄関のドアを開けろ。何はともあれ飯を作ってやる。俺も一緒に食べる」
「ああ、助かった。ホントに、ありがとうございます」
こんなに感謝されるとは全く予想外だった。
聞けば、こんな事情だった。仕事の納期が迫っていて、金ちゃん、この数日ほぼ不眠不休だったらしい。今朝ようやくプログラムを仕上げて納品を終え、緊張感から解き放たれた途端、金ちゃんは自分が死ぬほど疲れていて、死ぬほどお腹が空いていることを発見したが、両親は朝から外出していて、誰も助けにならない状況にパニックになっていたらしい。
「疲労感がひどくて、全身寒気がするし、空腹で立ってることもできないほどだったのに、オジさんの声を聞いたら、不思議と元気が出ました」
「よかったな。とにかく今は飯だ」
金ちゃんと私は、玄関からダイニングまでお互いを抱きかかえ合うように千鳥足で廊下を歩いた。
「ご飯は炊けてますよ」と、金ちゃん。
「いや。今の俺たちに必要なのは、ふりかけご飯ではない。栄養バランスの取れた、ちゃんとした食事だ」
「はい」
「反省しろ」
「はい。反省します」
「反省したら、ダイニングの椅子に座って、石川さゆりの『天城越え』を歌って、大人しく待っておけ」
「その歌、知らないんですけど」
「なに?石川さゆりを知らんのか」
「石川さゆりは知ってます」
「美人だ」
「はい」
「でも、れもんちゃんほどではない」
「・・・れもんちゃんって誰ですか?」
「とっても偉い人だ。得意技は『レモンスカッシュ』ほか数え切れない」
「全然分かんないです。得意技って、れもんちゃんは、プロレスラーなんですか?」
私は冷蔵庫を開けて食材の確認に忙しかった。
「違う。れもんちゃんは、プロレスラーではない。人生そのものだ」
「・・・全然分からない・・・オジさん、熱でもあるんですか?」
「腹が減ってるだけだ。お前は黙って座っておけ」
私は、食材に続いて、調味料のラインナップのチェックを済ますと、声高らかに宣言した。「メニューが決まった。王さんの幸せ酢豚と王さんのニコニコ五目チャーハン、そして王さんのふんわり玉子スープ、デザートには市販の杏仁豆腐だ」
「王さんって誰ですか?」
「何も知らないヤツだな。お前、まさか俺の正体が王さんではないかと疑っているのか?」
「そんなこと、思ってませんよ。オジさんちの表札は頻繁に見てるし」
「そうだ。俺は、王さんではない。『王さんの中華レシピ』は、若い頃、日本中で単身赴任を繰り返していた時代の、俺の愛読書だ。全文暗記している。毎日欠かさず、王さんのお世話になった。筆者近影によれば、大変陽気そうな五十絡みの中国人だった。当人には一度も会ったことがなく、今どこで何をしているか、生死を含めて俺は知らない。以上が、俺が持っている王さん情報の全てだ。満足したか?」
「はい」
「では、黙って、石川さゆりの『天城越え』を歌っとけ」
金ちゃんは、小声で「だから、知らないって・・・大体『黙って歌っとけ』って、どういうことだよ」と文句を言っていたが、彼はもう私の眼中になかった。
炎を上げて、一気呵成に調理した。
「うわぁ~、凄い美味そうな匂いだ」と金ちゃんは感動の声を上げた。
「確かに、いい匂いだが、れもんちゃんの甘い薫りには勝てない。れもんちゃんの薫りは、人を幸福の絶頂に誘うのだ」
「れもんちゃんって、一体誰なんですか?」
「今、その話はできない。王さんのニコニコ五目チャーハンが、真っ黒焦げ焦げチャーハンになってもいいなら、話してやる」
「じゃあ後でいいです」
「よし出来た。まず玉子スープだ」
「ああ凄い!!」
金ちゃんは、満面の笑みで箸をとった。
「続いて酢豚だ」
「うわぁ、感動するなぁ」
金ちゃんは、感動で目を潤ませた。
「そして、チャーハンだ」
「いやぁ、完璧だ」
感涙が金ちゃんの頬を伝った。
「さあ食え。そして、この世に完璧なのは、れもんちゃんだけで、れもんちゃん以上の感動はない。よく覚えておけ」
我ながら大変上出来で、食べながら、幸福感に満たされていった。少し作り過ぎたと思ったが、そんなこともなかった。
「いやぁ、オジさん、何で、プロの料理人にならなかったんですか?」という金ちゃんの言葉は全くお世辞に聞こえなかった。
「毎回、これだけのものが作れるなら、料理人になっていたかもしれん。実際には、毎回、味が一定しない。そもそも俺のウチのコンロの火力では中華は無理だ。期せずして、今回、生涯最高の出来を実現してしまったのだ」
「本当に美味しかった。ご馳走様でした。お蔭で生き返りました」
「俺には感謝しなくていい。食材を買い揃えておいてくれた、お前のお母さんに感謝しろ。お前の家の、火力の強いコンロにも感謝しろ。レシピを考えた王さんにもな。そして、当然れもんちゃんにもだ」
「結局、れもんちゃんって誰なんですか?」
「れもんちゃんというのはだな・・・」と話し始めたとき、股間で「ビッ!ビッ、ビッ、ビッ!!」と、シン太郎左衛門が警報を発し始めた。
私は椅子から立ち上がり、「あっ、大変だ!『れもんちゃん警報』だ」
「『れもんちゃん警報』?何ですか、それ?」
「説明している暇はない。悪いが、皿洗いは、お前に任せた。さらばだ。あっ、後で気が向いたら、ラッピーたちを散歩させてやる」
私は一目散に表に飛び出した。
「シン太郎左衛門、空母はどっちだ?」
シン太郎左衛門は、ズボンのチャックを勝手に開けて、周囲をキョロキョロ見回しながら、「それが、今回ばかりは皆目見当が付きませぬ。近付いているのは、確実でござる」
抜けるような青空には清々しい風が吹いているばかり。通りには誰一人いない。
「厄介だな。取り敢えず、丘の上に登ろう」
丘の上の公園まで小走りで急ぐと、眼下の風景を見渡したが、空母は影も形もなかった。しかし、シン太郎左衛門は、いよいよ激しく「ビッ!ビッ、ビッ、ビッ!!」と『れもんちゃん警報』を繰り返している。
「シン太郎左衛門、どういうことだ?あんな馬鹿デカいもの、見逃すはずがない」
「うむ、ビッ!ビッ、ビッ、ビッ!!拙者にも分からぬ」と言った直後、
美容院に行ったよ~ん
宇宙空母で行ったよ~ん
と歌が始まった。
「シン太郎左衛門、歌が始まったぞ」
「れもんちゃんの登場でござる」
そのとき、背後の山が競り上がって、覆い被さって来るような異様な感覚に襲われた。頭上に顔を向け、喉チンコをお日様に晒しながら、「あっ、れもんちゃんだ」と呟いた次の瞬間から、地上は巨大な影に包まれていった。背後の山脈から姿を現した巨大な空母は、我々の頭上を静かに通過していった。
「やっぱり、れもんちゃんは凄いなぁ」
「れもん星の美容院からお帰りでござる」
「宇宙海賊の討伐を兼ねて、美しさに磨きを掛けてきた訳だ」
「れもんちゃんは、いろんな意味で宇宙一でござる」
「ホントに破格だ。スケールが大きすぎる」
トボトボと坂道を下りながら、
「れもんちゃんに会った後は、爽快なまでに茫然自失となりまするなぁ」
「ほんとだよ。嵐のような女の子だ」
「このまま帰られまするか」
「いや。スーパーに買い出しに行く。こんな風に人の家のモノを使って、只飯を食わせてもらっていては、れもんちゃんファンの名折れだからな」
「うむ」
「買い出し、楽しみでござる」
「今日からは、毎日、栄養のあるものを食べて、元気になることに決めた。れもん道の第一歩は食事だ」
「うむ。間違いない」
そして、今日、れもんちゃんに会ってきた。やっぱり、れもんちゃんは、宇宙一も、いいところだった。
ところで、金ちゃんは、未だに、れもんちゃんが誰なのかを知らない。教えてやる気は全くない。
シン太郎左衛門と『れもんちゃん警報』と王さんのレシピと金ちゃん様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門と毛糸のパンツ様
ご利用日時:2023年12月3日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。「シン太郎左衛門」シリーズが、今回で何度目か、れもんちゃんの「お客様の声」をスクロールして数えようとしたが、途中で面倒臭くなって止めた。よく、まあ、こんなに書いたものだ、と我ながら呆れた。
今朝、ネット通販で買ったパンツが届いた。
「あったか毛糸パンツ(手編み風)」。箱から出すと、目の高さまで掲げて、表裏ひっくり返してみたり、様々な角度から眺めた。眩しいほどのレモンイエローだった。
「シン太郎左衛門、パンツを買ったぞ」
「なんと。拙者に何の相談もなかった」
「お前の意見を訊けば、話がややこしくなるからな」
「また、動物のプリント柄でござるか」
「違う。内側からズボンのチャックを開けて出てこい」
シン太郎左衛門がモゾモゾと顔を出した。
「ほら、これだ。あったかパンツ」
「・・・父上が、これを履くのでござるか」
「うん。最近、すっかり寒くなった。お前へのプレゼントだ」
「・・・嬉しくない」
「お前の大好きな色だ」
「拙者が大好きなのは、れもんちゃんであって、レモンイエローの毛糸のパンツを履いたオヤジはむしろ大の苦手でござる」
「まあ待て。履き心地を試してみよう」
毛糸のパンツは、想像以上に心地よい肌触りだった。
「どうだ?」
「フワフワでござる」
「肌触り、よくないか?」
「よい。フワフワ~。フワフワは、れもんちゃんでござる」
「ヌクヌクしてるだろ?」
「ヌクヌクしてござる。ヌクヌク~は、れもんちゃんでござる」
「どうだ、あったか毛糸パンツは?」
「あったか毛糸パンツは、れもんちゃんでござる」
「無礼者!『れもんちゃん』を普通名詞のように使うな」
「いや、それだけ、このあったか毛糸パンツ、気に入ってござる。これはよい。早速れもんちゃんに自慢しに行きましょうぞ」
「よし。少し早いが出掛けるか」
と、立ち上がって、リビングの飾り棚のガラスに映った自分の姿を見て、背筋が凍った。
「シン太郎左衛門、ダメだ。これはさすがに、れもんちゃんに見せられるものではない。『似合わないにも程がある』のレベルを遥かに越えている」と、毛糸パンツを脱いだ。
「うむ。フワフワ、ヌクヌクでは、ござるが、これを着こなせる成人男性は、日本には存在せぬ」
「『人気色』と書いてあったし、れもんちゃんに因む色だから、迷わず買ってしまったが、これは凄まじく不恰好だ」
「絶対れもん主義者が陥りがちな罠でござる」
「そうか・・・まあ、家で履けばいいから、いいや」
「おそらく、そのセリフ、多くの絶対れもん主義者が口にしたものでござる。ただ、拙者は、この毛糸パンツが気に入ってござる。ステキなプレゼントでござる」
「喜んでもらえれば、何よりだ」
「うむ。ちなみに、今回は31回目でござる」
「何が?」
「シン太郎左衛門シリーズ」
「そうか。お前、記憶してたか」
「違いまする。初回が5月7日、以降の日曜日の数ぐらい、軽く暗算できまする」
「そうか。俺は、クチコミを一つずつ数えようとしてた」
「父上は実にドンくさい」
「まあ、そう言うな。そうか、31回目か・・・いろんなことがあったが、これからも仲良く頑張ろうな」
「いや。拙者、最近とみに父上との音楽性の違いを感じてござる。年内には、独立して、ソロデビューを致す所存」
「独立して何するの?」
「メタル」
「メタル?」
「武士メタル。れもんちゃんへの、ちょっと切ない武士の想いをデスボイスに乗せて歌う」
「そうか、武士メタルか。今日、二度目に背筋がゾッとした。一緒に音楽をやってきた覚えはないが、確かに武士メタルは俺が許容できるジャンルではない。ぜひ独立してほしい。ちなみに、クチコミは?」
「そちらは、今まで通りで願いたい」
「そうか」
こいつ、本当に馬鹿だ、と思ったが、口には出さなかった。結局、親子揃って大馬鹿者だった。
何はともあれ、れもんちゃんは、今日も宇宙一だった。シン太郎左衛門も私も、絶対れもん主義の信念をさらに強固なものとした。
今日の感動を抑えられず、シン太郎左衛門が、帰りの電車で、前触れなく武士メタルを始めた。シン太郎左衛門のデスボイスは見事に様になっていたが、気味の悪い声で、「うお~っ」と雄叫びをあげて、「可愛い、可愛い、れもんちゃん」とやられると、今日三回目に背筋が凍り、総髪が逆立った。周りの乗客も一斉に顔をしかめた。武士メタルに限っては、音漏れするらしい。慌てて、シン太郎左衛門に止めさせた。
シン太郎左衛門と毛糸のパンツ様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門、れもん星で缶バッジを買う様
ご利用日時:2023年11月26日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士を自称している。ただ、武士の基本用語、例えば月代という言葉を知らなかったりする。疑えばキリがない。
今朝、シン太郎左衛門の喚き散らす声で目を覚ました。「無礼者!」とか怒鳴っている。布団を捲って、「何の騒ぎだ」と言うと、シン太郎左衛門、はっと目を見開き、
「あっ、夢を見てござった」
「俺も夢を見ていた。お前の声に起こされた」
「拙者、れもん星に観光に行ってござった」
「俺もだ。お土産物屋で買い物をしている最中だった」
「拙者もでござる」
「それなら同じフライトに乗っていたに違いない。俺が見たれもん星の風景は関西国際空港にそっくりだった」
「拙者が着いたのは、港でござる。海が見え、小型のフェリーが停泊してござった」
「巨大な空母は泊まってなかった?」
「空母が入れるような港ではござらぬ。ごく小さな港でごさった。人影疎らな、哀愁が漂う景色、まるで『津軽海峡冬景色』でござった」
「それ、本当に、れもん星か?」
「れもん星に間違いござらぬ。閉まっておったが、『れもん星観光案内所』という看板を上げ、45度傾いた、崩れかけの建物がござった。その隣に鄙びた土産物屋が、店を開けてござった故、立ち寄ってみると、クラブロイヤルの入り口でいつも愛想よく出迎えてくれるスタッフさんとそっくりな人が『れもんちゃんグッズ、いかがですか』と声を掛けてきた」
「おお、それは入るしかないな」
「うむ。当然、入店してござる。すると、店内には陳列棚の一つもなく、ガシャポンが1台置いてあるばかり。『れもんちゃん缶バッジ』と手書きしてござる」
「それはステキだ。いいお土産になる」
「『1回千円』とあった故、店員殿に千円札を渡し、代わりに受け取ったコインでガシャポンを回し、カプセルを開けると・・・」
「うん」
「ただ一文字『も』と書かれた缶バッジが入ってござった」
「れもんちゃんの『も』だ」
「うむ。しかし、これでは、土産として頼りない故、もう一度千円払った。出てきたのは、またしても『も』。『れもん』でなく、『もも』になってしまった」
「悔しいな」
「いかにも悔しいので、また千円払うと、今度は『ん』が出た」
「近づいたな。次に『れ』が出れば、『れもん』が揃う」
「うむ。そう思って、また千円注ぎ込んだ。『が』の缶バッジが出てござる」
「並べたら、『ももんが』だ」
「うむ。いささか逆上して、今時珍しい二千円札でコインを2枚譲り受け、続けて2度回したら、『ず』と『き』が出た」
「『ももんがずき』になった」
「腹が立って、『無礼者!誰が、モモンガ好きだ!拙者、富士山シン太郎左衛門は生粋の絶対れもん主義者なるぞ!』と怒鳴った」
「なるほど、その夢はハズレだ」
「ハズレでござった」
「その缶バッジ、見てみたい」
「夢の中に忘れてきた」
「残念だ」
「うむ」
「それに比べると、俺の夢の方が、まだ良い」
「と言いますると」
「俺の夢の舞台は、関空のような場所だが、『歓迎 れもん星へようこそ』とカラフルな横断幕が掛かっていて、免税店のようなものが軒を連ねていた」
「華やかでよい」
「そうだ。人もたくさんだ。ふらっと散歩していると、一つのお土産物屋の前で、クラブロイヤルの入り口でいつも愛想よく出迎えてくれるスタッフさんとそっくりな人から『れもんちゃんグッズ、ありますよ』と声を掛けられた」
「拙者と同じでござる。同一人物に違いござらぬ」
「レモンイエローの法被を着てた」
「同じでござる」
「じゃあ、同じ人だ。明るい店内に入ると、なかなかの品揃えだ」
「ガシャポンは?」
「ガシャポンはなかった。れもんちゃんの等身大フィギュアがあって、非売品との札が掛かってた。本物には遠く及ばぬが、中々よく出来ていた。触ろうとして、怒られた」
「拙者の入った店とは、随分と違う」
「うん。ディスプレイもシャレてて、れもんちゃんのパネルが大小飾られている、とても居心地のよい空間だった」
「れもんちゃんがいる空間は居心地が良いに決まってござる」
「缶バッジもあった。それぞれ、れもんちゃんの全身写真、お顔のアップ、『れもんちゃん』とカラフルでポップな文字で記したもの等、5個セットで千円だった」
「・・・父上、拙者に喧嘩を売ってござるか」
「違う。あれこれ目移りしているうちに、『チームれもん』の黒いキャップに目が止まった。値札を見て、気を失いそうになったが、大奮発して買ってしまった」
「羨ましい限りでござる。その店は、関空にあるのでござるな」
「いや、そうは言ってない。関空にあれば、また行きたいが、そうではない」
「残念でござる」
「そのうち、店の奥の方にカーテンで閉ざされた入り口があるのに気付いた」
「それは、まさか・・・」
「うん。この奥、カーテンの向こうに、れもんちゃんが待っていると感じさせる雰囲気があった。少しドキドキしながら、『この奥、入っていい?』と訊くと、店員さんが『どうぞ、ご案内します』と快く答えてくれた」
「おおっ、それは期待が高まりまする。まさに、れもんちゃんとの御対面の場面そのままではござらぬか」
「そうだ。そして、クラブロイヤルのスタッフさんに似た店員さんが、お口のエチケットを軽く二度シュシュっとしてくれた後、カーテンを開けながら、にこやかに『カーテンの向こうに・・・』と言うので、勇んで一歩踏み出したら、カーテンの向こうには、まさに今カーテンを開けてくれたスタッフさんが満面の笑顔で立っていた」
「・・・スタッフさんの瞬間移動芸でござるな」
「そうだ。見事なテレポーテーションだった・・・でも、こういうものが見たかった訳ではないので、心底ガッカリした。ただ、お義理で拍手はした。その場面で、お前の怒鳴り声に起こされた」
「父上の夢もハズレでござる」
「そうだ。お前は6等、俺は5等だ」
「いい年をして、残念な夢の話で盛り上がっているとは、我々親子は救いようのない愚か者でござるな」
「そのとおりだ。しかし、実物のれもんちゃんにハズレや残念はない。いつも数万発の花火が打ち上がるような大当たりだ」
「いかにも。そして、今日は、れもんちゃんに会う日でござる」
二人揃って、ヘヘヘヘと、だらしなく笑った。
れもんちゃんは、今日もやっぱり宇宙一だった。この冬空に、百万発の花火が上がった。
シン太郎左衛門、れもん星で缶バッジを買う様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門とバーチャル動物園様
ご利用日時:2023年11月19日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。ただ、チョンマゲを結った経験はないし、先端恐怖症なので刀は嫌いだと言う。割りと動物好きな、絶対れもん主義者である。
先週某日、自宅での夕食後、シン太郎左衛門が、明日、有給休暇を取り、動物園に連れて行け、と言い出した。前話で触れた三姉妹から動物園も楽しいと聞かされたらしい。
「先日の水族館、無念でござった。ズボンの中に閉じ込められたまま、結局イワシ一匹見れずに終わった。動物園では、そうはいかん。江戸の仇は長崎で討つ」とか息巻いている。
「どこに行こうが、人目があるところで、お前を外には出せん。警察に通報されてしまう。それに寒い」
「心配ご無用。拙者、目ばかり頭巾を被りまする」
「目ばかり頭巾?現代風に言えば、フルフェイスマスクだ。不審者だ。警察が来たとき、いよいよ言い逃れが出来なくなる」
「何と言われようと、拙者、意地でも動物園に行きまする」
「ダメだ。お前、最近、ズボンのチャックを内側から開けることを覚えたし、危険極まりない」
二人は、散々「絶対行く」「絶対ダメ」の押し問答を繰り返し、延々と不毛な時間を過ごした。結局、動物園に足を運ぶことはしないが、今日これから動物図鑑を見ながら、適宜、動画サイトのコンテンツで鳴き声や動きの情報を補い、動物園に行った気になるということで双方の妥協点を見い出した。
「致し方ない。しかし、くれぐれも臨場感を損なわぬよう、お気遣い願いたい。実際に動物園に行った感じが大事でござる」
「分かった。動物園はかなり異臭が漂う場所だ。もし、臭いにも拘りたいなら、隣の家からラッピーのウンコを貰ってきてやる」
「それは要らぬ」
食器を片付けると、ダイニングテーブルに、何十年も前に買った動物図鑑とスマホを並べ、
「それじゃ始める」
「うむ」
「家を出るところからやる?」
「『実際に動物園に行った感じが大事』とは言ったが、そこまでのリアリティーは求めておらぬ」
「そうか。片道2時間は掛かるしな。よし。では、動物園に着いたところから始めよう」
「そうしてくだされ」
「では入園券を買おう・・・と思ったら、財布を家に忘れてきた」
「・・・父上、余計な部分は飛ばしてくだされ。動物だけでよい」
「愛想がないヤツだ。まあいい。それでは最初は象だ」
図鑑を捲って、象の絵を見せてやった。
「これは、アフリカ象だ。大きいなぁ。鳴き声は『パオ~ン』だ」
「知ってござる。父上のパンツで、嫌になるほど見てきた。次に行ってくだされ」
「早くも満足したか。よし、では続いて、ワニだ。ウニではないぞ。鳴き声は・・・調べようか?」
「ワニは鳴かぬ。次に行ってくだされ」
「よし。では、カバだ。見た目以上に狂暴だ。鳴き声は知らん。動画を見るか?」
「要らぬ」
「おい、シン太郎左衛門、もっと楽しそうにしろ」
「ちっとも楽しくないのだから、どうしようもござらぬ」
「俺だって、こんなこと、楽しくてやってる訳じゃないぞ。頑張って盛り上げてやってるのに、呆れたヤツだ。実際に動物園に行かなくって、ホントによかった。寒い中、わざわざ出掛けて、危ない橋を渡って動物を見せてやってるのに、こんなリアクションが続いたら、完全にぶちギレてる」
「拙者が見たいのは、かようなモノではござらぬ」
「何が見たいのだ?」
「れもんちゃんに似た動物さんでござる」
「だったら最初に言え!少なくとも、ワニやカバを見せる手間は省けた」
「うむ」
「反省しろ」
「反省しない。拙者は絶対れもん主義者でござる。れもんちゃんと関係ないものに興味はござらぬ」
「よく言った。俺もそうだ」
二人は固い握手を交わした。
「それじゃ、二人で、れもんちゃんっぽい動物を捜そう」
「うむ」
「では・・・キリンは?目がクリクリっとしてる・・・ほれ。どうだ?」
シン太郎左衛門、図鑑をマジマジと眺めた後、「確かに、れもんちゃんに似て、クリクリお目々ではござるが、コヤツ、首の長さが尋常でない」
「それはそうだ。れもんちゃんの首は別に長くない。言わば普通だ。れもんちゃんが、こんな首をしてたら・・・『キリンれもん』だ」
「なんですと!それは、どういう意味でござるか・・・」
「いや、特に意味はない。一種のオヤジギャグだ」
「なんと!これが、オヤジギャグとな」
「うん、その積もりで言った」
「今一度言われよ」
「・・・キリンれもん・・・ダメ?」
「父上は、オヤジギャグの基本が出来ておらぬ。オヤジとして長の年月重ねながら、この体たらく。恥ずべき醜態でこざる」
「そんなに酷かったかなぁ」
「父上、オヤジギャグは、れもん道の基本中の基本でござる。かような失態、れもんちゃんに知られれば、『こんな人だと思わなかったよ~ん』と即刻破門でござる」
「う~ん、では御内聞に願おう。ただ、次に進む前に、念のために一言。れもんちゃんは、のべつ幕無しに『よ~ん』と言う訳ではない。むしろ、普通に話しているときには、基本的に『よ~ん』とは言わない」
「うむ、それは父上のクチコミでは珍しい、貴重な情報でござる。では、次の動物に参りましょうぞ」
「よし、それでは・・・クジャクはどうだ?豪華絢爛だろ」
「なるほど、れもんちゃんはゴージャスでござる」
「まあ、こいつは雄だけどな。クジャクは雄だけがゴージャスなのだ」
「れもんちゃんを雄と比べて、なんとする」
「だな。では・・・そうだな・・・これは?」
「おっ、これは鹿でござる」
「そうだよ」
作画の出来映えによるところが大ではあったが、鹿の家族、中でも仔鹿がとても可愛かった。
「うむ。これは・・・へへへ・・・れもんちゃんに似てる」
「目がクリクリだ」
「クリクリお目々が、れもんちゃんでござる」
「しなやかなボディラインだ」
「スラッとした、しなやかな身体の線がれもんちゃんでござる」
「ヒップラインが艶かしい」
「仔鹿のお尻、れもんちゃんのお尻に似てる・・・へへへ」
「おい、図鑑に頬擦りするな!」
「これはよい。父上、やはり明日は動物園に参りましょうぞ」
「鹿だけ見るなら、動物園に行かんでもいい。奈良公園に行ったら、鹿がいっぱいだ」
「それは誠にござるか・・・行きたい」
「ダメだ。動物園に行かない約束で、図鑑を見せたのだ」
そこから、またしても「絶対行く」「絶対ダメ」の押し問答が再燃した。
結局、来年の夏前、生まれたての仔鹿たちが公開される季節に奈良公園を訪れることを約束させられてしまった。
その晩、パジャマに着替えて、布団に入るなり、シン太郎左衛門は、「今日も大変よい1日でごさった。それもこれも、れもんちゃんのお蔭でござる」と言った後、「奈良公園・・・へへへ・・・れもんちゃんが、いっぱい」と、だらしなく笑った。
そして、今日、れもんちゃんに会ってきた。仔鹿に似ているかどうかは、さておいて、れもんちゃんは、やはり宇宙一であった。
シン太郎左衛門は間違えている。れもんちゃんは、唯一無二だから、奈良公園に行っても、いっぱいいる訳がないのである。
シン太郎左衛門とバーチャル動物園様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門の『絶対れもん主義宣言』様
ご利用日時:2023年11月12日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士だが、将来の夢はラッパーだと言うし、チョンマゲもしてないし、かなり出鱈目なヤツだと思われる。
さて、家の固定電話が鳴っても取らぬ主義だが、先週の某日、その日に限って魔が差して、うっかり出てしまった。その結果、親戚の子供を1日預かることになった。
電話を切った後、不満を誰かに聞いてほしくて、シン太郎左衛門に「明日は有給休暇を取って子守りをすることになってしまった。小学校の六年、五年、二年の三姉妹だ」と言うと、
「うむ、ご苦労」
と、上から目線の、偉そうな返事をするので、ムッとしたが、とりあえず説明を続けた。
「一番上の子には赤ん坊のときに会ったことがあるが、実質的には全員初対面だ。大変に面倒くさい」
「断ればよいものを」
「もう手遅れだ。承諾してしまった。水族館を見学させた後、観覧車に乗せてやることになっている」
「それは楽しそうでござる。拙者も行く」と、シン太郎左衛門、急に目を輝かせた。
「言っておくが、エロい要素は一つもない。三姉妹は小学生だから、変な目で見てはいかん」
シン太郎左衛門は「拙者、ロリコンではござらぬ」と憤然と言い返してきた。
「俺も違う」
「拙者、れもん派でござる」
「俺もだ」
二人は、がっちりと握手を交わした。
「拙者、れもん派の中でも、特に絶対れもん主義を奉じるものでござる」
「俺もだ」
二人は、再びがっちりと握手を交わした。
「拙者、当今、新曲を製作中でござる。題して『絶対れもん主義宣言 様』、またしても名曲でござる」
「いや、お前は名曲を産み出したことは一度もないし、そのタイトルを聞いただけで、不安で一杯になった。まず、普通は、タイトルに様は付けない」
「では、なぜ父上はいつもクチコミの題に様を付けておられまするか」
「勝手に付いてしまうのだ」
「外せない?」
「やり方が分からん」
翌日の昼前、親戚の子供たちはやってきた。呆れるほど人懐っこい子たちだった。人懐っこいのは一般には美徳なのだろうが、私は人見知りなので、お互い自己紹介も済まぬうちにいきなりグイグイ来られると、ガードが固くなってしまう。母親の車で送り届けられ、我が家に入るなり、三姉妹は「おじさん、早く水族館に行こう」「その前にジュースがほしい」「おじさんのウチは、ジュゴン、飼ってるの?」「ジュゴンは無理だよ。でも、ラッコなら飼えるよね?」「わぁ~、ラッコ見たい」「タガメやゲンゴロウ虫も、おウチで飼えるよ」「わたし、アタマ虫、嫌い」とか、代わる代わる、切れ間なくピチピチと喋ってくる。一瞬「おじさんの家には、ラッコもタガメもアタマ虫もいないが、シンタロウ虫ならいるよ」と言おうかと考えたが、彼女たちは、すでに別の話題に移っていた。私のように考えて話していては、彼女たちの会話のリズムに付いていけないことを悟り、今日は1日黙って過ごすことに決めた。
水族館に向かう道中も、ずっと三姉妹は喋り倒し、水族館の中でもハシャギ回していた。フードコートでも喋り続けていた。無邪気で微笑ましかったし、一緒にいて気持ちが和まないでもなかったが、これだけ喋り続けられると、適当に相槌を打って、生返事をするだけなのに、疲労が蓄積していった。
夕暮れが迫ってくると、急いで観覧車に乗って、さっさと家に帰りたくなった。チケット売り場から乗り場までも三姉妹は、やはり喋りまくっている。「観覧車、楽しみ。おじさん、海は見える?」と訊かれた後、「もちろん見えるさ」と答えるまでの間に、「南極、見える?」「ペンギン、いっぱい見える?」と追加の質問が割り込んできて、結果、私は「大阪にある観覧車から南極のペンギンが見えるか」という問いに「もちろん見えるさ」と答える無責任な大人になっていた。順番が来ると、私は三姉妹を押し込むようにワゴンに乗せ、係員に同乗するように言われても、「嫌だ!俺は次のに乗るんだ!」とゴネまくり、強引に我を通した。彼女たちと観覧車の狭い密室に入れられて、正気のまま出て来れる自信がなかった。
後続のワゴンに乗り、一人で座席に腰を下ろすと、ホッと息を吐いた。シン太郎左衛門が楽しそうに、
「本当に賑やかな娘さんたちでござる」
「これは、たまらん。俺は静穏な環境でなければ生きていけない虚弱な生き物なのだ」
「いや。可愛いものでござる。きっと、れもんちゃんも、こんな元気なお子でござったに違いない」
疲れ果てて、窓の外の景色を見る気にもならなかった。
「当然、れもんちゃんは、子供の頃、元気で可愛いかっただろう。ただ、それはそれ、これはこれだ」
「うむ。可愛く、元気なだけでなく、美しく、楽しく、エロく、そして大人の落ち着きも兼ね備えていなければ、れもんちゃんのような宇宙一にはなれぬ」
「そのとおりだ。ただ、それは小学生に求めるべきことではない」
「うむ。ところで、れもんちゃんは、今週、女の子休みでござる。今日あたり美容院に行ったに違いござらぬ」
「そうかなぁ。写メ日記には、そんな記事はなかったけどなぁ」
「ん?写メ日記とは、何でござるか」
余計なことを口走ってしまったことに気付いた。シン太郎左衛門には、れもんちゃんの写メ日記のことをぼやかして伝えていた。真実を知ったとき、見せろ、見せろと5分毎にせっつかれるのは目に見えていた。
「気にするな。独り言だ」
「うむ。そう言えば、昨日お話した『絶対れもん主義宣言』、完成してござる。早速歌いまする」
押し売りめいていたが、要らないと言うと、話が写メ日記に戻って来そうな気がしたから、「そうか。歌ってみろ」と言った。
「では、心してお聴きくだされ」
「絶対れもん主義宣言」は、ショボいリズムボックス風のイントロで始まった。歌詞は大体次のような感じだった。
ビッ! ビッ、ビッ、ビッ!! ×4
美容院に行ったよ~ん
宇宙空母で行ったよ~ん
ミサイル、レーザー撃ちまくり
流星ドッサリ潰したよ~ん
髪をチョキチョキ切ったよ~ん
太陽系を後にして、すぐ
宇宙海賊、攻めてきた(いやん)
迎撃ミサイル発射だよ~ん
トリートメント、完璧だよ~ん
海賊船が逃げてくよ~ん
レーザービームで追い回し
惑星もろとも爆破だよ~ん
れもんちゃんは優しい子
悪い奴らは許さない
れもんちゃんは楽しい子
髪の毛サラサラ、いい匂い
我ら、シン太郎左衛門ズ ×2
ワンコーラス聞き終えたところで一旦止めた。
「何番まであるの?」
「3番までござる」
「今日は、とりあえず、ここまででいいや」
シン太郎左衛門は不満げだったが、三姉妹と甲乙つけがたいほど、聞いてて疲れる代物だった。
「曲調が、まるで昔のテクノポップみたいだ。ラップには聞こえない」
「それは、拙者には、どうでもいいことでござる」
「お前、ラッパーになるんじゃないのかよ」
「拙者は絶対れもん主義者でござる。目的に達するための手段は選ばぬ。ラップだろうが、音頭だろうが、れもん道を邁進するのみ」
「そう言うわりには、お前の曲、最近、雑くないか?ドラム演奏も手抜きっぽい」
「なんの。今回の曲で、出だしの『ビッ』は、れもんちゃんの『美』を語ってござる。その『ビッ』は4個で1セットで、計4セットある。4は『よ~ん』と通じてござる。大変に凝っている」
聞いてるうちに、何だか面倒くさくなってしまい、
「そうか、それは気付かなかった。隅々まで配慮が及んでるな。とにかく美がいっぱいだ」
「うむ。れもんちゃんは、美に満ち溢れてござる」
「それは、そうだ。ホントに唯一無二の素晴らしい女の子だ」
「うむ。では、二番を」
「いや、それは勘弁してほしい」
そう言ったとき、ふと窓の外に目が行った。
「いや、聴いてもらおう」と言って、シン太郎左衛門が、またリズムボックスを鳴らすのを制して、「見ろ」と窓の外を指差した。
ズボンのチャックを内側から開き、頭をもたげたシン太郎左衛門は、私の指の先に目をやり、
「あっ、宇宙空母!!れもんちゃんでござる!!」
夕焼けをバックに、れもんちゃんの空飛ぶ空母は、その巨大すぎるシルエットを大阪湾上空でゆっくりと移動させていた。
「大きいな~。この前よりも、更に一回り大きくなった気が致しまする。れもんちゃんは成長著しい。きっと美容院からの御帰還でござるな」
「いや、今回は単に散歩かもしれん。いずれにしても、敬礼しよう」
二人はビシッと敬礼を決めた。
「実に美しいものでござる。れもんちゃんに属するものは、すべて美しい」
二人は感動の余り、半ば呆然と宇宙空母を見詰め続けた。
帰りの電車に乗ると、私は三姉妹の母親のLINEに、自宅の最寄り駅への到着予定時刻を送った。乗り換えが2回あったが、乗車時間が最も長い電車で幸いにも座ることができた。座った途端に睡魔に襲われたが、隣で三姉妹がずっとペチャクチャ喋って、ゲタゲタ笑っていたので、完全に眠りに落ちることはなく、半醒半睡で過ごした。
私の自宅の最寄り駅に着き、改札から出るとき、三姉妹の上の子が、「おじさんって、いっこく堂みたいだね」と言った。まだ頭が半分眠っている感じで、(「いっこく堂」ってラーメン屋だっけ?)と思うばかりで、意味が理解できなかった。
駅前のロータリーには三姉妹の母親の車が停まっていた。「さあ、お母さんが待ってるよ」と言うと、それまでハシャギ続けていた三姉妹は黙ってしまった。そして、一番下の子が私の腰に抱き付いて、泣き出した。
「一緒に行こう、DJ左衛門。一緒に行こう」
さっきの「いっこく堂」の意味が朧気ながら分かってきた。
三姉妹を宥めすかして、車に乗せた。「また、来ていい?」と訊かれたから、「いいよ」と答えた。車が出発すると、三姉妹は手を振りながら、しばらく「DJ左衛門、バイバイ」「おじさん、バイバイ」と連呼していたが、信号が青になり車が国道に合流するときには、車中から「ビッ!ビッ、ビッ、ビッ!!」という歌声が微かに聞こえてきた。
「シン太郎左衛門、お前、帰りの電車であの子らと話したな」
「うむ。楽しかった」
「俺は腹話術使いだと思われている」
「うむ。腹話術、これを機に学ばれよ」
「いやだ。その上、歌まで教えたな」
「うむ。子供は覚えが速い。すぐに歌えるようになってござる。可愛いものでござる」
「うん・・・結局なんやかんやで楽しかった」
「うむ。それもこれも、れもんちゃんのお蔭でござる」
「よく分からんが、多分そうだ」
家に向かって歩き出したが、急に静かになったのが妙に寂しかった。
「寒くなった」
「うむ」
「三姉妹は今まさに『絶対れもん主義宣言』を合唱しているだろう。手遅れかもしれんが、一応訊いておく。結構重要な話だ。『絶対れもん主義宣言』の2番と3番に、『丸いお尻にTバック』とか、オッパイがどうとかって歌詞、入ってないよな?」
シン太郎左衛門は、しばらく考えた後、「『それは言えない。ヒミツだもん』」
そして、今日、れもんちゃんに会ってきた。当然、宇宙一だった。
なお、あの日以来、「ビッ!ビッ、ビッ、ビッ!!」が耳から離れなくて困っている。
シン太郎左衛門の『絶対れもん主義宣言』様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門(あるいは、DJ左衛門)様
ご利用日時:2023年11月5日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。剣術について何流を修めたとか、そんな話は聞いたこともないが、歌を歌うのが好きである。
前にも書いたが、私は当たり前の勤め人だから、朝は早起きして電車に乗る。通勤電車は、かなり混んでいて、大概は吊革に掴まり、窓の外の景色を見て過ごす。
先週の某日、そんな朝の通勤電車の中で、シン太郎左衛門がいきなり『れもんちゃん音頭』の1番を歌い出した。そんなことは初めてだったから、シン太郎左衛門が何をするつもりなのか、少し不安も感じたが、黙って観察することにした。
はぁ~、広い世界にただ一輪
可憐に咲いたレモン花
甘い香りに誘われて・・・
最初は、鼻唄を口ずさむ程度の軽い感じだったが、段々と声に力がみなぎっていく。シン太郎左衛門の声は、周囲の乗客に届くものではないから、私の目に映っているのは、いつも通りの通勤電車の車内で、私の両隣、前の座席ともに、いつものメンツには特に変わった様子もなかった。そんな風景に一頻り朗々としたシン太郎左衛門の歌声が響き渡り、相当の熱唱となって終わった。
その後、しばしの沈黙があり、これで終わりか?なんか拍子抜けだ、と思っていると、また『れもんちゃん音頭』の1番が始まった。今回は、歌い出しから大熱唱だった。こぶしの効いた粘着質の唱法に、もっと爽やかに歌えばいいのに、と思ったが、
・・・
優しい、可愛い、美しい
宇宙で一番れもんちゃん
曲の終わりには、私は不覚にも胸も目頭も熱くなっていた。シン太郎左衛門は、見事に『れもんちゃん音頭』を声の限り歌い上げた。まるでフランク・シナトラの『マイウェイ』のようで、これを聴いたら、どんな朴念仁でも、れもんちゃんが宇宙で一番だと納得せざるを得まい、そう心底思えるほど感動的な歌いっぷりだった。シン太郎左衛門は満足げに額の汗を拭った。
(まだ続きがあるのか?シン太郎左衛門は、何がしたいんだろうか)と思っていたら、今度は、
ツンツン、トントン
ツンツン、トン・・・
と、モールス信号のような、ショボいリズムボックス風のイントロに続いて、
男と生まれて短い一生
終わるとなったらニッコリ合掌
挽肉丸めて平たく伸ばす・・・
と、ラップが始まった。
(これ、聞き覚えがある・・・そうだ、これは、『れもんちゃん音頭』の幻の27番だ)などと考えているうちに、出だしはパワフルだったシン太郎左衛門の声から徐々に力が抜けていくのが感じ取れた。
何が起こったのか分からないが、シン太郎左衛門は歌い終わると、目に見えて疲れた様子で、フッと溜め息を吐いて、ヘニャヘニャっと、力なく項垂れてしまった。
そして、それっきり終日黙ったままだった。
(一体、何が起こったんだろう?こいつ、結局何がしたかったんだろう?)という疑問が頭に浮かんだが、この件、すっかり忘れて1日を過ごし、帰宅後、風呂の湯船にゆっくり浸かっているときに思い出した。
お湯にプカプカ浮かんだ、お気に入りのアヒルのオモチャで遊んでいるシン太郎左衛門に、「今朝、電車の中で『れもんちゃん音頭』を歌ってたよな」と訊いてみた。
「うむ。歌いましてござる。大変、楽しかった」
「2回、歌ったよな」
「うむ。初めは、暇で暇で、頭がボーっとしているうちに、思わず歌い出してしまったのでござる。すると、周りの御仁たちから『おお、達者なものでござるなぁ』『よい声をしてござる』などと声が上がりましてござる」
「そんなことになってたんだ。どういう仕組みかは知らんが、俺には他の武士の声が聞こえないのだ。それに他の武士と話しているお前の声も聞こえない」
「そのようでござるな。同じ車両に乗り合わせた武士の面々の熱い声援に後押しされて、拙者、『れもんちゃん音頭』の第一番、力一杯歌い申した」
「うん。熱唱だった」
「歌い終わると、やんやの喝采。絶賛の嵐でござった。いやはや、れもんちゃん人気は大変なものでござる」
「そうなるか?今の話からは、とりあえず『れもんちゃん音頭』が大反響だったということにしかならんだろ?」
「そうではござらぬ。皆々、れもんちゃんをご存じでござった。『これは、かの有名な、クラブロイヤルのれもん姫の歌でござるな』『れもん姫と言えば、世にも名高き美人でござる』『予約が困難でござる故、拙者、まだ会ておらぬ』『拙者はお会いいたした。この世のものとは思えぬ優れもの。まさしく宇宙一でござった』等、口々にれもんちゃんを褒めそやし、想いを語ってござった」
「そうだったんだ・・・あの電車の男性客は、みんな遊び好きだったのか・・・全然、気が付かなかった。れもんちゃんに会ったことがあるにせよ、ないにせよ、れもんちゃんのファンが集っていたとは。そうと聞かされると、何となく気まずい。明日から一本早い電車に乗ろう」
「電車を替えても違いはござらぬ。武士は、みんな、揃いも揃って、れもん好きでござる」
「多分そうなんだろう。れもんちゃんが、今年『ミスヘブン総選挙』に出ない理由が分かった。そこまで知名度も名声もあれば、確かに出る意味はない」
「うむ」
「そうか・・・そんなことが起こってたんだ」
「うむ。それはそれは大変な盛り上がりでござった。皆々『れもんちゃん音頭』の余韻に酔いしれて、『今一度、歌ってくだされ』という声が一斉に起こったのでござる」
「それで、アンコールに応えて、あの大熱唱だったわけだ」
「うむ。車中は興奮の坩堝と化し、最後の『優しい、可愛い、美しい、宇宙で一番れもんちゃん』は、100人を越える武士たちの大合唱でござった」
「ふ~ん・・・思い浮かべてみると、なんとも言えん光景だな。ちょっとおぞましくもある」
「曲が終わっても、皆々、異様なほどに気持ちが昂っておられた故、余勢を駆って、ラップを歌ったら、全く受けなかった」
「・・・調子に乗ったら、そんなもんだよ」
「歌い終わったときの沈黙たるや、大音量で『シ~ン』としてござった。余りの気まずさに、一か八か『拙者、シ~ン太郎でござる』とギャグを言ってみたが、失笑一つ起こらなかった」
「・・・お前、勇気あるな」
「うむ。拙者は勇気の塊でござる」
「ラップが受けず、ギャグが滑って、多少は落ち込んだんじゃないか?」
「そういうことはござらぬ。朝から全力で歌ったから、少し疲れたばかり。同じ想いを持つ、れもんちゃんファンの武士たちと過ごす時間は実に楽しかった」
そう言いながら、シン太郎左衛門はアヒルの背中を押して、ピーと甲高い鳴き声をあげさせた。
「ところで、お前、そのアヒルのオモチャが好きだよな。それ、何が面白いわけ?」
「このアヒルは」と、シン太郎左衛門はゴムのアヒルを湯の中にグッと沈め、「こうやって湯船の底まで沈めて放すと、浮力で宙まで飛び上がるかと思いきや」と手を放すと、「こうして、ポコッと水面に浮かぶだけでござる。何度やっても飛びませぬ・・・面白い」
「なるほど・・・れもんちゃんとは違う意味だが、お前もかなり不思議だな」
「うむ。拙者の将来の夢は、ラッパーになることでござる」
今回、本来書く予定だった内容に到達する前に、前置きが膨らみ過ぎてしまった。ここで一旦筆を擱くことにする。
ところで、今日も、れもんちゃんに会った。当然ながら宇宙一だった。
シン太郎左衛門(あるいは、DJ左衛門)様ありがとうございました。
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三が日が終わった辺り、4日だったか5日だったか覚えていないが、朝、宅配便が届いた。Aからだった(昨年12月17日のクチコミを参照のこと)。品名に「ロボット」と書いてあるのを見て、そのまま庭に投げ捨てて、朽ちるに任せたい気持ちになったが、取り敢えずリビングに持ち込んだ。
「シン太郎左衛門、またAからロボットが届いた」
「年明け早々、縁起でもないことでござる」
「今回は箱も開けずに済ますか」
「うむ。それがよかろう」
「いや。でも、なんか気になる。中身を見るだけは、見ておこう」
段ボール箱を開けると、やはり封筒があって、その下に新聞紙でくるまれた物体が潜んでいた。封筒から取り出した便箋を広げ、最初の数行を読んで、思わず「何じゃ、こりゃ」と叫んでしまった。
「父上、いかがなされました」
「これは・・・読んで聞かせてやる」
シン太郎左衛門がズボンのチャックを内側から開けて、テーブルの上にピョコンと飛び移ると、私はAからの手紙を声に出して読んだ。
あけおめだよ~ん。
ネコ型ロボット『俊之』は気に入ってくれたようだな。クラブロイヤルのHPで、お前の書いたクチコミを読んだぜ。もう少し遊んでくれたら、俊之の真の実力が分かったものを、早々に隣の金ちゃんにやってしまったようだな。
ということで、『俊之』を手放して寂しくなっただろうから、代わりにもっと素敵なお相手をプレゼントしよう。
箱入り娘型ロボット『れもんちゃん』だ!!電源を入れると、約1分で起動する。今度は大事にしてくれよな。月に最低一度は美容院に連れて行ってくれ。
怪人百面相より
追伸。俺も、実物のれもんちゃんに会いたいと思いながら、ずっと完売で予約が取れない。お前のせいでもあるんだぞ!そのうち、シバく。
「以上だ」
「父上、身バレしてござる」
「俺のクチコミなど誰も読まないと、油断していた・・・アイツには知られたくなかった」
「ピンチでござるな」
「しょうがない。Aには消えてもらおう。何が『怪人百面相』だ。俺だって、着脱式のオチン武士を自在に操る怪人だ。シン太郎左衛門、この荷札にAの住所が書いてある。お前一人でAの家に忍び込んで、隙を狙ってヤツの心臓を一刺しにしろ」
「拙者が・・・でござるか」
「そうだ。お前は武士だ。それぐらい容易いことだ」
「うむ。拙者、武士でござる」
「ちなみに、お前の剣術の流派は何だ?」
「流派とな・・・」
「柳生神影流とかあるだろ」
「大きな声では言えぬが、拙者、池坊の流れを汲む者でござる」
「池坊?・・・それはお華の流派だ」
「うむ。拙者、お華が大好きでござる。正確に言えば、振り袖を着てお華を活けるれもんちゃんが大好きでござる」
「そうか。それは、うっとりするような光景だな。れもんちゃんは、お華をするのか」
「うむ。れもんちゃんは、穴澤流でござる」
「穴澤流?それは、薙刀の流派だな」
「うむ。れもんちゃんは、薙刀の達人でござる。一振りで百人の首が飛ぶ」
「・・・それは嘘だな」
「いかにも嘘でござる」
「お前、メチャメチャだな」
「うむ。拙者、メチャメチャでござる」
「そんなこと、自慢気に言うな」
しばしの沈黙の後、「まあいい」と、私は段ボール箱から新聞紙に包まれた物体を取り出し、包装を解いた。
「見ろ。俊之と全く同じ大きさだ。同じくタダのプラスチックの箱だ。マイクとカメラとスピーカーが内蔵されているのも同じだ」
「色が違うようでござる」
「いや、箱の色は同じだ。ただ、今回のは果物のシールが沢山ペタペタ貼ってある。オレンジに桃、ブドウにキーウィ、メロンに洋ナシ、スイカもイチゴもある・・・ただレモンはない」
「うむ。悪意を感じまする。動かしまするか」
「止めておこう。変な胸騒ぎがする」
「では、金ちゃんに押し付けましょう」
「そこが悩み所だ。仮にも『れもんちゃん』と名付けられたものをあだ疎かにはできない」
「では、電源を入れてみまするか」
「いや、そんな気持ちには到底ならない」
結局、隣の家に持っていくことにした。
家を出ると、シン太郎左衛門が、「ところで、金ちゃんはこの前の『俊之』をどうしたのでござろうか」
「すっかり忘れてた。元旦に会ったとき、訊けばよかった」
呼び鈴を鳴らすと、金ちゃんのママが出た。金ちゃんは寝ているとのことだったが、緊急の用事だと言って、家に上がり込んだ。
部屋に入ると、寝起きの金ちゃんは、布団の上であぐらを組み、髪の毛はボサボサ、目はまだ半分閉じていた。
「金ちゃん・・・お前の寝起き姿がセクシー過ぎて、用件を忘れてしまった。あっ、そうだ。緊急事態だ」
金ちゃんは目を擦りながら、「はい、はい」と、あくび混じりに言うだけで、てんで真面目に聴いてない。
「落ち着いて聴け。今、お前の家が火事だ」
「そうですか・・・逃げたらいいんですか?」と、まともに取り合う様子もない。
「いや。もう手遅れだ。すっかり火の手が回ってしまった。一緒に死んでやろうと思って、来てやった」
「それはご苦労様です」
「礼は要らん。ところで、年末に上げたロボットはどうだった?」
金ちゃんは、ドテラを羽織ると、しばらく考えた挙げ句、「ああ、あれ。あれ、むっちゃ怖かったですよ」
「怖かったか?」
「ひどいもんですよ。あれ、オジさんの趣味ですか?」
「違う。『怪人百面相』と名乗る大馬鹿野郎が送り付けてきた。悪質な嫌がらせの類いだから、お前に押し付けた」
「オジさん、最低ですね」
「そうだ。俺は最低だ。で、どんなふうに怖かった?」
「電源入れて、しばらくすると、お仏壇の鐘みたいに『チーン』って音がして、その後、お経が始まりました。気持ち悪いでしょ?」
「・・・それから?」
「それから、年をとった男の声で、『はぁ・・・はぁ・・・』って、息苦しそうに、ずっと呻いてるんです」
「コワっ!」
「でしょ?怖すぎて、急いで電源を切りました」
「お寺に持っていって、お祓いしてもらったか?」
「そんな面倒くさいことしてません。まだ、そこにあります」と、金ちゃんが指差す先に、クリーム色のプラスチックの箱が転がっていた。
「お前、よくこんなものと一緒に暮らせるな」
「電源入れなきゃ、ただの箱ですからね」
「見上げた根性だ。そういう君に、はい・・・プレゼント」と、『れもんちゃん』を差し出した。
金ちゃんは、複雑な表情を浮かべ、「これ、受け取らなきゃダメですか?」
「当たり前だ。『れもんちゃん』だぞ。ありがたく受け取れ」
「そんなにありがたいものなら、なんで、僕にくれるんですか?」
「本当の『れもんちゃん』じゃないからだ。早く受け取れ」
金ちゃんは、渋々手を伸ばしながら、「オジさん、何度も訊いてるけど、れもんちゃんって、何なんですか?」
「お前なぁ、毎回毎回、同じことを言わせやがって。れもんちゃんは宇宙一だって、言ってるだろ。もちろん、それは本物のれもんちゃんの話だ。ニセモノのれもんちゃんは、この箱だ」
「全然答えになってない・・・電源入れてみます?」
「やれるもんなら、やってみろ」
「止めときます?」
「やってみろ」
金ちゃんがスイッチに指を伸ばすと、私はドアの近くまで後退りした。
「スイッチ入れますよ」
「うん」
金ちゃんの指がスイッチを押すと、箱の中からカラカラカラと音がして、ファンが回りだした。
「嫌な予感しかしない。お経とか変なのが始まったら、すぐ切れよ」
「分かりました」
約1分が過ぎた頃、箱の中から明るく軽快な音楽が聞こえてきた。
「あれ?これ、何の曲だっけ?」と言ったそばから、シン太郎左衛門が嬉しそうに曲に合わせて口笛を吹き出した。
「あ、そうだ。『とくし丸』のイントロだ・・・」
例の移動スーパーのテーマソング、その前奏部分だった。シン太郎左衛門は得意げに口笛を吹きまくっている。
前奏が終わると、一瞬の静寂。そして、華やいだ女性の声が、「れもんちゃんだよ~ん。美容院に行ったよ~ん」
その声に、金ちゃんが「うわ~、可愛い!!」と歓声を上げた一方で、シン太郎左衛門と私は、究極の仏頂面になった。
金ちゃんは、「これ、僕が大好きな声優さんの声です」
「ふ~ん。そうなんだ」
私は立ち上がって、ロボットに歩み寄ると、力一杯電源を切った。「最悪だ。れもんちゃんの声じゃない。ニセモノの名にも値しない粗悪品だ」
「じゃあ、これ、僕がもらってもいいんですか?」
「ああ、好きにしろ」
「嬉しいなぁ。れもんちゃんって、もしかして新作アニメのキャラですか?」
「うるさい。本物のれもんちゃんは、もっともっと可愛い声をしてるんだ」
プンプン怒りながら、金ちゃんの家を出ると、外は冷たい雨が降っていた。親子共々、怒りに肩が震えていた。
「あんなものが、れもんちゃんを騙るとは許せませぬな」
「Aは絶対に許さん。次にAに会ったら、道頓堀川に突き落とす」
「うむ。拙者も助太刀いたしまする」
「・・・いや、お前はいい。お前自身が誤って道頓堀川に落ちそうな気がする」
そして、今日、れもんちゃんに会った。帰りの電車の中、シン太郎左衛門は、「本日の主役」のタスキを付けて、れもんちゃんの声の可愛さについて、どんな政治家の演説よりも雄弁に語り、私は盛んに拍手を送った。
本物のれもんちゃんは、余りにも宇宙一すぎる。結局は、あんなに腹が立ったAのことも、変なロボットのことも、れもんちゃんに会った後は、全くどうでもよくなっているのであった。