福原ソープランド 神戸で人気の風俗店【クラブロイヤル】
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れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門と『れもんソング』 様
ご利用日時:2024年3月10日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。最近、剣術の弟子にしたクワガタを新兵衛と名付けて可愛がっている。
やがて別れのときがやって来る。暖かくなれば、新兵衛は丘の上の林に帰る。二度と会うこともないだろう。それまでに一端の武士にしてやらねばと、シン太郎左衛門は頑張っている。
今日は日曜日、れもんちゃんに会う日。やはり5時に起こされた。
「父上、新兵衛を出してくだされ」
「はい、はい」と私は布団から這い出して、蓋付きの小さな水槽からクワガタを摘まみ上げ、布団の上に置くと、近くに座った。
シン太郎左衛門は、元気よく、「では、新兵衛、稽古を始めるぞ。やあっ!とおっ!」と素振りを始めた。
私は、朦朧と、虚ろな目を天井に向けて、なんとも空虚な時間を過ごした。
「新兵衛、どこへ行く!おおっ!新兵衛、こっちに来るな!父上、新兵衛がハサミを振り振り、拙者に向かって迫って来おった!父上、新兵衛を離してくだされ!」
「はい、はい」と、新兵衛を摘まんで、離して置くと、私はまた虚ろな目を天井に向けた。
「やあっ!とおっ!まだまだ!やあっ!とおっ!」
こんなことが約1時間続き、
「よし。今日の稽古は、これまで。新兵衛、随分と腕を上げたな」
(嘘を吐け)と思ったが、余計なことを言う気力もなかった。夢現のまま、新兵衛を摘まんで、おウチに返してやった。このところ、ずっと睡眠が足りていない。
台所で、新兵衛の朝御飯(砂糖水)を拵えながら、
「おかしなもので、最近俺の砂糖水作りの腕が上がってきた気がする。こんなものにも上手下手があるのだ」
「うむ。砂糖水作りの道を極められよ」
「嫌だね」
砂糖水を無心に吸っている新兵衛は、なんとも微笑ましかった。お腹が一杯になると、朽ち木の下に姿を消した。
「新兵衛のヤツ、『ご馳走さま』も言わずに、寝に行った。まあ、クワガタだから、しょうがないな。シン太郎左衛門、はっきり言って、新兵衛には武士になる気なんてないぞ」
「うむ。なんであれ、逞しく生きてくれれば、本望でござる」
時計を見ると、7時前だった。もう一眠りしようと布団に入ったが、寝足りてないのは歴然としているのに、目が冴えていた。シン太郎左衛門に話し掛けた。
「おい、シン太郎左衛門。毎朝毎朝5時に起こしやがって、体調が日に日におかしくなってる気がする。後2、3時間は寝ておきたいから、何か面白い話をしろ。お前が面白いと思う話は、俺には退屈だから、きっと眠気がやって来る」
「うむ。では、昔話を致しましょう・・・昔々、あるところに、お爺さんとお婆さんが沢山いる老人ホームがありました」
「ほう、お伽噺としては中々斬新だ」
「お爺さんの中には、すっかり枯れてしまった人もいれば、まだまだ元気な人も、また異様に元気な人もおりました。お婆さんたちも、やっぱりそうでした」
「お前、何の話をしてるんだ?」
「老人ホームの話でござる」
「それは分かってる。『老人ホーム』というテーマには全く興味がないが、凄く嫌な展開になりそうな予感がして、完全に眠気が失せた」
「よくぞ見抜かれましたな。これは老人たちの、出口のないドロドロの愛憎劇でござる。続けて宜しいか?」
「宜しくない!そんなもの聞きながら、気持ちよく寝れるか!安易な気持ちでお前に話をさせたのは失敗だった」
「うむ」
眠いのに、完全に目が冴えてしまった。潔く起きて、新聞を取りに行き、コーヒーの湯を沸かし、パンを焼き、目玉焼きを作った。
「これぞ日曜の朝だ」
と、機嫌よく、出来上がった朝食を目の前にしたとき、全く食欲の湧かない自分に直面した。コーヒーに軽く口を付けた後は、ダイニングの椅子に凭れかかり、口をポカ~ンと開けて、天井を見上げながら、ぼんやり過ごした。
2、30分も経っただろうか、シン太郎左衛門が言った。
「父上、れもんちゃんに会う日の朝にピッタリの曲を流してくだされ」
「『ボーン・トゥ・ラブ・ユー』は先週嫌になるほど聴いた」
「拙者も他の歌が良い」
「じゃあ、お前が『れもんちゃん音頭』を歌え」
「拙者、寝不足ゆえに、歌など歌う気にならん」
(ふざけたヤツだ)と思ったが、言葉を発する気も起きず、引き続き天井を眺めていると、突然閃きがあった。
「そうだ。取って置きの曲があった。その名もずばり『レモンソング』だ」
「うむ。それがよい。かけてくだされ」
「レッド・ツェッペリンだ」
「うむ」
「眠いときに聴きたい音楽ではない」
「構わぬ。『れもんソング』、流してくだされ」
スマホの動画アプリを立ち上げて、検索をかけると、れもんちゃん人気にあやかってか、何件でもヒットした。
「よし、じゃあ、いくぞ」
「うむ」
曲が始まると、シン太郎左衛門が「ムムッ!」と唸った。
「これは実にハードでござる」
「だろ?」
「実にヘビーでござる」
「だろ?」
「まさに『れもんソング』の名に恥じぬ名曲。魂を揺さぶるまでに、ブルージーでござる。歌も良い。早速覚えて、今日の帰りの電車で歌いまする」
「好きにしたらいい。ただ今度は、ロバート・プラント(レッド・ツェッペリンのボーカル)の生まれ変わりとは言わせんぞ。まだ生きてるからな」
「知ってござる。でも、ボンゾは死んだ。ジョン・ボーナム(レッド・ツェッペリンのドラマー。「ボンゾ」は彼の愛称)は、キース・ムーンと並んで拙者が若かりし頃、最も愛したミュージシャンでござる」
「・・・そうだったんだ。お前が、ツェッペリンのファンだったことも、ドラマー志望だったことも初めて知った」
曲が終わると、シン太郎左衛門は、うっすらと涙を浮かべ、
ボンゾは~
拙者の~
青春~
そのもの~
と歌った。
「・・・『卒業写真』の替え歌だ」
「いかにも」
「ユーミンだ」
「ハイ・ファイ・セットの方でござる」
「・・・今の歌で、どうやって区別するんだ!俺も、山本潤子の声が好きだが・・・今回のクチコミは、ひどいな。唯一の読者、れもんちゃんの年齢を考えろ。注釈も中途半端だし、これじぁ、ちんぷんかんぷんだぞ」
「大体、毎回こんなもんでござる」
「・・・まあ、そうだな。それも今日を限りだ。今回でシン太郎左衛門シリーズは終わる」
「うむ。冒頭から、そうと察してござった」
「そうか。見透かされていたか・・・まあいい。シン太郎左衛門、これまで楽しかったぞ」
「うむ。拙者も楽しかった」
「今日も、れもんちゃんに会いに行く」
「楽しみでござる」
こんな朝だった。
そして、れもんちゃんに会った。「宇宙一可愛い」れもんちゃんは、「宇宙一」の笑顔を振り撒いて、「宇宙一」燦然と輝いていた。
それだけで十分だった。
シン太郎左衛門と『れもんソング』 様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門と弟子の新兵衛 様
ご利用日時:2024年3月3日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。正確に言うと、引き続き原点回帰中の武士である。今日も5時に起きて、「やあっ!とおっ!」と気合いに溢れた剣術の稽古をしていた。
そのうち、シン太郎左衛門、「こら、新兵衛、お主、気合いが足らぬぞ!」と怒鳴った。「おい、新兵衛、どこへ行く。戻って参れ!」とも言っていた。(シンベエとは、何者なのだろうか?)と、少しは気になったが、布団の中を覗く気にはならなかった。
今日は日曜日。れもんちゃんに会う日。
多少睡眠不足だったが、概ね清々しい朝だった。新聞を取って、ダイニングに戻ると、シン太郎左衛門に話し掛けた。
「今朝は新兵衛が来てたな」
「うむ。新兵衛が来てござった」
「新兵衛はお前の弟子か?」
「新兵衛は拙者の弟子でござる」
「オチンの幽霊か?」
「オチンの幽霊ではござらぬ」
「そうか」
これ以上訊いても時間の無駄に思えたので、話題を変えた。
「シン太郎左衛門、今朝、郵便受けに封書が入っていた」
「売り込みか請求書でござろう」
「それが違う。普通の手紙だ。本当を言えば、この手紙、先々週には郵便受けにあるのを目にしていた。でも、なんとなく誰が差出人だか想像できたから、『消えてなくなんないかなぁ』と期待しながら放置しておいた。しかし、今朝見ても、まだあった」
「手紙は、新兵衛のようにトコトコ歩いて、どこかに行ったりはせぬものでござる」
話はまた新兵衛に戻ってしまった。
「新兵衛はトコトコ歩くのか?」
「新兵衛はトコトコ歩きまする」
「新兵衛は速く走ることはないのか?」
「新兵衛は足が遅い。トコトコ歩いて、ピタッと止まり、しばらくすると、またトコトコ歩く」
「新兵衛はちゃんと稽古をするのか?」
「新兵衛は一向に稽古をせぬ。怠けてばかりでござる」
「そうか」
しばしの沈黙の後、シン太郎左衛門が、「して、その手紙は誰から来たものでごさるか」と訊いてきた。
「あの手紙は、おそらく・・・いや、この話はやっぱり止めておこう。今は、そんな気分にならない」
私は、一人の知人の顔を意識の外に追い出した。
「うむ。では、新兵衛に話を戻すと致そう」
「うん。結局、新兵衛とは何者だ?」
「布団を捲ってご覧なされ。まだいるはずでござる」
「・・・なんか嫌だな。何が出てくるか教えろ」
「その生き物の名前を忘れた。最近、ボケが進んでござる。小さくて、黒くて・・・」
「ゴキヤンか?」
「ゴキヤンとは、何でござるか」
「ゴキヤンとは・・・」と言いかけたが、面倒臭くなって、布団を捲ってみた。敷き布団の隅っこに雄のコクワガタがじっとしていた。
シン太郎左衛門が「・・・あっ、そうそう、コオロギでござる」
「コオロギ?クワガタだけじゃなく、コオロギまでいるのか?」
「なんと。コオロギだけでなく、クワガタまでおりまするか?」
「・・・シン太郎左衛門、ちょっとズボンから出てこい」
シン太郎左衛門がジャージのズボンを引き下げて、ニュッと顔を出すと、私は布団の上の虫を指差して、「こいつ、お前の知り合いじゃないか?」
「うむ。まさしく新兵衛でござる」
「じゃあ、新兵衛はコオロギではなく、クワガタだ」
「新兵衛め。拙者をたばかりおったな」
「違う。新兵衛はお前をたばかってはいない。お前が勘違いをしただけだ」
「うむ」
「まあいい。可哀想に、何かの拍子で冬眠から目覚めてしまったのだろう。7時に起きればいいのに、5時起きを強いられる俺と境遇が似ている」
「哀れなヤツでござる」
「それなら、お前は6時に起きろ!」と声を荒げると、シン太郎左衛門は何故か急に晴れやかな表情になり、
「クイーンの『ボーン・トゥ・ラブ・ユー』は良い歌でこざるなぁ」と、しみじみと呟いた。
「・・・そんな曲、どこで聞いた?ウチでは流してないぞ」
「昨日、チェーンの牛丼屋で流れてござった」
「昨日の昼御飯のときか・・・それが5時起きと何の関係がある!」
「何の関係もござらぬ。それを言うなら、れもんちゃんのクチコミと称しながら、この話のどこが、れもんちゃんと関係致しまするか。れもんちゃんに会う朝にピッタリの曲でござるゆえ、流してくだされ」
「お前は浅はかなヤツだな。この話は、れもんちゃんと無縁に見えながら、こんな他愛ない会話を交わしている親子の姿を通して、れもんちゃんに会う日の朝は、どんな下らないことをしていても、優しい気持ちで過ごせることを描いているのだ。間接的に、れもんちゃんの偉大さを表現する新企画だ」
「全然伝わらぬ。新しいとも思わぬ」
「そうか・・・じゃあ、失敗作だ」
スマホで動画サイトから『ボーン・トゥ・ラブ・ユー』をループ再生しながら、朝のコーヒーを楽しんだ後、ジャージの上からコートを羽織って出掛けた。丘の上の公園に隣接する林で朽ち木の枝や落ち葉を拾って帰ると、押入れから蓋付きの小さな水槽を出し、砕いた朽ち木や落ち葉を配して、新兵衛を入れてやった。
「しばらく、ここで過ごせ。暖かくなったら、自然に返してやるからな」
台所で、お弁当用の小さなカップに脱脂綿を入れて、砂糖水を染み込ませた。
「父上、何をしてござる」
「新兵衛のご飯を用意している。春になっていないのに起こされた挙げ句、望みもしない剣道の練習をさせられて、気の毒なヤツだ。元気が出るように、今日は特別に蜂蜜も加えてやろう」
「拙者も少し味見してよろしいか」
「ダメだ。これは、お客様用のご馳走だ」
そして、今日も、れもんちゃんに会った。もう言わなくてもいいことかもしれないが、れもんちゃんは当然宇宙一で、宇宙一可愛くて、『可愛かった』。
「今回のクチコミは、ゆる~く書くことをテーマにしてみたけど、どうやら失敗作らしい」と言うと、れもんちゃんは「失敗作でもいいよ」と優しく笑っていた。
この笑顔もまた宇宙一だった。
考えてみれば、雑草たる『シン太郎左衛門』に成功作も失敗作もなかった。
帰りの電車の中で、シン太郎左衛門は、上機嫌で『ボーン・トゥ・ラブ・ユー』を民謡調に歌っていた。とてつもなく様になっていた。
「シン太郎左衛門・・・お前、どうしてそんなに英語が上手で、歌も上手いのだ?」
「拙者、フレディ・マーキュリーの生まれ変わりでござる」
「ふざけたことを言うな!」
「うむ・・・ところで、父上、郵便受けの手紙は、結局、誰からのものでござるか」
「あれは、おそらくBからのものだ。BはA同様、学生時代からの知り合いだが・・・コイツの話はしないことに決めているんだ」
「恐ろしい秘密が隠されてござるか」
「秘密などないが、説明に余りにも多くの時間を要するのだ。コイツに比べれば、まだAの方が理解しやすい。Bは超人的な頭脳の持ち主だが、俺が知る正真正銘の変人の一人だ。風貌も行動も異様すぎて、周りのみんなが怖がっていた」
「うむ。そんな人物からの手紙を放置しても大丈夫でござるか」
「問題ない。俺は昔からずっとBに怨まれているし、ヤツの俺に対する怨みは今更どうこう出来る性質のものではない。それにBの手紙なら、開けても、すぐ読めるものではない。前に受け取った手紙は解読に一年半かかった。まあいい。俺たちには、れもんちゃんがいる。Bなんて、どうでもいい」
家の最寄り駅で降りると、爽やかな夜風が吹いていた。ただ、たとえ今、突然の大雨が降り出しても、私は濡れながら平然と歩き出すのだ。
れもんちゃんがこの世にいれば、他のことは単なるオマケでしかなかった。
シン太郎左衛門と弟子の新兵衛 様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門と金ちゃんの就職 様
ご利用日時:2024年2月25日
わが馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。正確に言うと、引き続き原点回帰中の武士である。今朝も5時に起きて、「やあ!」「とお!」と掛け声勇ましく剣術の稽古を始めた。普段7時に起きれば仕事に間に合うのに、連日の5時起きは正直ツラい。
一昨日、金曜日の朝、やはり5時にシン太郎左衛門のけたたましい掛け声で起こされた。
「シン太郎左衛門、稽古は1時間と決めてるなら、6時起きにしてくれないかなぁ。無駄に1時間早起きだ」
「うむ。考えておく」
「考えなくていい!6時に起きろ!」
シン太郎左衛門の稽古が終わると、新聞を取りに表に出た。辺りはまだ暗く、霧雨が降っていた。門扉の向こうに人影が見えたと思ったら、ラッピーとモンちゃんを連れた金ちゃんだった。傘もささず、手には竹刀を持っていた。
「おお、金ちゃん。もしかして、朝練か?」
「はい。丘の上の公園で竹刀を振ってきました。あれから毎朝やってます」
「ご苦労なことだ。もしかして、5時起きか?」
「はい。5時起きです」
「やっぱりそうだ。馬鹿は決まって5時に起きる。金ちゃん、寒くないのか?」
「暑いぐらいです。稽古をしたから、全身がポカポカしてます」
「そうか。俺は寒い。でも、股間はポカポカしている。朝練をしたからな」
「・・・相変わらず発言が意味不明だなぁ」
街灯の灯りの中で、モンちゃんは心なしかスリムになったように見えた。ラッピーは澄んだ綺麗な瞳で、こちらを見詰めてくれていた。
「モンちゃんのダイエットが順調に進んでいるようで安心した。ラッピーについては何の心配もない。元々スリムなナイスボディだし、なんて美しい目をしているんだ。宇宙で二番目に綺麗な目をしている。流石は、『チームれもん』のメンバーだけのことはある」
「・・・『チームれもん』?ああ、例の『宇宙一のれもんちゃん』の仲間のことですね」
「そうだ。金ちゃん、お前、学習してるじゃないか。この調子で、れもんちゃんに関する学びを深めていけば、明るい未来が待ってるぞ」
金ちゃんは、何とも言えない表情を浮かべた後、「あっ、そうだ。僕、4月から就職することになりました」
「なんだと?!どういうことだ?ちゃんと説明しろ」
「大したことじゃないです。今仕事をもらっている会社から社員にならないかって誘われて、条件もいいし、お世話になることにしました」
「正社員か?」
「正社員です」
「止めとけ、止めとけ。サラリーマンなんてくだらない。今のお前の生き方の方がずっといい。俺は30年以上もサラリーマンをやってきたが、人生を豊かにする要素なんて一つもなかった。そんなものになるぐらいなら、武士になれ」
「武士ですか?」
「そうだ。武士になれ。武士はいいぞ。思い付いたときに木刀を振って、偉そうな顔をして語尾に『ござる』を付けて下らないことを喋ってるだけだ。これ以上ない楽な仕事だ。そのくせ、いい思いができる。週に1回、れもんちゃんに会える。極楽だ」
「でも、どうやったら、武士になれるんですか?」
「生まれ変わるしかない。一度死ぬんだな」
「・・・そんなの嫌だなぁ」
「何を言ってるんだ!チャンスに賭けろ。人生は一度しかないんだぞ」
「でも、死んだら、その一度を使い切っちゃうじゃないですか」
「・・・ホントだ。じゃあ、武士は諦めろ。これまでどおりニートでいろ」
「でも、僕はニートじゃないですよ」
「見た目がニートだ。小学生でも恥ずかしくて着れないような、アニメキャラのTシャツを堂々と着ているお前は輝いている。それに引き換え、スーツ姿のお前なんて見られたもんじゃない」
「その点は大丈夫です。服装に自由な会社だから、スーツなんて着てる人はいませんよ」
「ふざけたことを言うな。サラリーマンならスーツを着ろ」
「言ってることが滅茶苦茶だ」
「うるさい。お前が隣の家でゴロゴロ過ごしていることを、俺がどれだけ頼もしく思ってきたか。俺に何かあったらお前に世話してもらおうと思ってたんだぞ」
「ええぇ?そんな恐ろしいことを企んでたんですか?」
「誤解するな。大したことじゃない。別にお前に車椅子を押してもらったり、オムツを替えてもらおうなんて料簡はない。俺は若いことに無茶をしてるから、後2、3年でコロッと死んでしまう。死んだら、すぐにお前にLINEを送る。『今死んだ』というメッセージを受け取ったら、俺の家の二階に上がって、書斎のパソコンを立ち上げろ」
「でも、オジさんの家の鍵は?」
「なんだ、まだ気が付いてなかったのか?お前の家の庭にレモンの木があるだろ。その根っ子のところを掘れ」
「そんなところに合鍵を隠してたんですか?」
「うん。それはともかく、俺のパソコンのログインIDは『シン太郎左衛門』で、パスワードは『れもんちゃん好き好き』だ。ログインしたら、ブラウザを立ち上げろ。ホーム設定は、クラブロイヤルの『お客様の声(投稿)』になってるから、投稿者氏名は『シン太郎左衛門と俳句2』としろ。訪問日も忘れるなよ。女の子は当然れもんちゃんだ。文面はまず『(番組内容を大幅に変更してお送りしております)』として改行、その後に机の2段目の引き出しにある『シン太郎左衛門 辞世の俳句集(傑作選)』と書かれたノートから約500の俳句を一字一句間違えずに打ち込んでから送信しろ」
「拙者からも、よろしく頼む」とシン太郎左衛門が付け加えたが、金ちゃんには聞こえなかっただろう。
「ここまでは覚えられたか?」と訊くと、金ちゃんは狼狽えた様子で、
「理解も出来ないものを覚えられませんよ。ところで、その『シン太郎左衛門』ってオジさんのハンドルネームなんですか?」
「なんだと?こんな馬鹿と一緒にするな!」
シン太郎左衛門も、いきり立ち、「それはこっちのセリフでござる」と言い返したが、この言葉は金ちゃんには聞こえなかったはずだ。
「金ちゃんが余計な口を挟むから、親子喧嘩になるところだったぞ。まあいい。投稿が済んだら、家の全室を回って、俺とシン太郎左衛門の死体を探し出せ」
「なんで死体が2つもあるんですか?」
「それは大したことじゃない。取り敢えず、俺の死体を見つけてくれたらいい。ただ、俺のズボンのチャックが内側から開いていたら、念のために周りに変なモノが落ちてないか捜してくれ・・・あっ、ごめん。チャックが内側から開いたか、外側から開けたかを区別する方法がないな。『俺のズボンのチャックが開いていたら』に訂正する」
「オジさんって、やっぱり普通じゃないです」
「そんなことを言うのは、お前がまだ本物の変人を知らない証拠だ。俺の学生時代の知り合い、A、B、CやK先輩の誰か一人にでも会ったら、一瞬にして認識が改まる。俺が飛んでもない常識人に見えてくる。会うか?」
「・・・遠慮しておきます」
「それが正しい選択だ。じゃあ、そんな常識人の遺言を続けるぞ。俺たちの死体を見つけたら、おぶれ。そして、丘の上の公園に持っていって焼くんだ」
「でも、そんなことをしたら、法律違反です」
「大丈夫。当人がそうしてくれと言っているんだから問題ない。それに、丘の上の公園は、いつ行っても無人だ。誰にも気付かれない。もし、誰かに見咎められたら、『狼煙を上げて、知り合いのインディアンに就職祝いのパーティの招待状を送ってる』と言えば、それ以上、何も訊いてこない」
「・・・分かりました」
「俺とシン太郎左衛門がすっかり灰になったのを確認したら、コンビニのレジ袋に入れて持ち帰れ。新しくてキレイなレジ袋だぞ。お前が鼻をかんだティッシュとかを一緒に入れるなよ。ラッピーやモンちゃんのウンコと一緒にしたら、呪い殺すからな。持ち帰ったら、涼しくて快適な場所に保存しろ。そして、その後、クラブロイヤルに電話して、今後、れもんちゃんが在籍する限り、お盆時期の日曜日に、『シン太郎左衛門ズ』が、どこからともなく現れるから、予約(110分コース)を入れてくれるように頼んで、取り敢えず10年分のお金を前金で払いに行け。そして、れもんちゃんには、俺が『呆気なく死んじゃったけど、お盆になったら絶対に会いに行くから、お経を唱えて撃退しないでね』と言っていたと伝えてくれ」
シン太郎左衛門が「拙者からもお頼み申す」と言ったが、金ちゃんの耳には届かなかったものと思う。
「ここまでは覚えたな?」
「一つとして、頭に残ってません」
「なんだと?いやぁ、寒くてたまらん。いよいよ風邪を引きそうだ。ここから一気呵成に俺の遺言の続きを捲くし立てるから、一言一句正確に記憶しろ」
「だから、無理です」
「さて、俺とシン太郎左衛門の灰の処分だが、俺は重度の閉所恐怖症だから、お墓に納めるなんて論外だぞ。一瞬にして髪が全て真っ白になって、気が狂ってしまう。日本全国の名所旧跡に散骨しろ。300か所以上に分散させろよ。俺は、どんな美しい景色でも5分で飽きるからな。移り気で、フラフラと腰の据わらない俺を魅了し続けられるのは、れもんちゃんだけだ。以上、覚えたか?」
「一つも覚えてません。後で纏めてLINEを送ってください」
「無茶を言うな!今言ったことは、『移り気で、フラフラと腰の据わらない俺を魅了し続けられるのは、れもんちゃんだけだ』の部分を除いて、最初から最後まで完全な思い付きだぞ。言った尻から忘れたわ。それに、お前は、もう4月から家にいなくなる。転勤する可能性さえある。そんなヤツ、頼りにならない」
「でも、仕事はこれまでどおりテレワークだから、4月以降もずっと家にいるんですけど・・・」
「なんだ、それ?変な会社。ああ、寒い。もう凍死寸前だ。俺はそろそろ出勤の準備をするからな。アディオス・アミーゴ」と踵を返したとき、金ちゃんが、
「今日は祝日なのに、オジさん、出勤なんですか?」
私は振り向いて、「えっ?ああ、忘れてた。まあいい。お前は、お前が良いように生きろ。俺のことなど心配するな。一応、『就職おめでと』」
リビングに戻ると、テーブルの上に新聞を放り投げ、
「シン太郎左衛門、聞いたか?金ちゃん、就職するってよ」
「うむ。で、一体何が変わりまするか」
「何も変わりはしないさ」
・・・と、今日れもんちゃんに会った後の帰りの電車の中で、こんな風にクチコミを作成した最中に、下書きに使っているメールソフトが突然ハングした。立ち上げ直すと、全文消えて無くなっていた。
「シン太郎左衛門、大変だ。クチコミの原稿が飛んだ」
「どこに?」
「無くなったという意味だ」
れもんちゃんの余韻に浸るのを邪魔されたシン太郎左衛門は「大したことではござらぬ」と冷淡に言い放った。
「30分以上掛けて書いたんだぞ」と言ったものの後の祭りだった。
「まあいい。考えてみれば、『移り気で、フラフラと腰の据わらない俺を魅了し続けられるのは、れもんちゃんだけだ』の箇所を除けば、思い付きを書いただけだから、消えても惜しくない」
「うむ。れもんちゃんが宇宙一可愛いから、他のことはどうでもいいのでござる」
そう。確かに今日も、れもんちゃんは宇宙一で、宇宙一可愛くて、『可愛かった』。他は、消えてなくなったところで、別にどうでもいいことばかりだった。
シン太郎左衛門と金ちゃんの就職 様ありがとうございました。
りこ 【VIP】(24)
投稿者:ミヤモト様
ご利用日時:2024年2月23日
人生初めてのリピートしました。可愛いくてスタイルよく趣味も合って充実した時間を過ごせました。次もりこちゃんの唇に癒されにいきます。
ミヤモト様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門とダンボールのラケット 様
ご利用日時:2024年2月19日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。将来の夢は、中学校の卓球部に入ることだと言っている(前回のクチコミの最終節を参照)。この1週間は毎朝早起きして、前の日曜日に私がダンボールを切り抜いて作ってやった卓球のラケットを振っている。まるで武士らしくなくなってしまった。
(今回は、日曜日が、れもんちゃんの女の子休暇に重なってしまい、休み明けの月曜日に会った。)昨日、日曜日の朝、シン太郎左衛門は早起きして、ダンボール製のラケットを「やあっ!とおっ!」とか言いながら一生懸命に振っていた。
「今日も頑張ってるな」
「うむ」
「楽しいか?」
「それが何とも楽しくない」
「そうか」
「この1週間ずっと疑問に感じてござった。中学生のれもんちゃんは、本当に毎日こんなことをしていたのでござるか」
「・・・この1週間、いつ言おうとか悩んできた。俺の説明が悪かったのかもしれないが、今お前がやっていることは、卓球とは言いがたい。卓球のラケットは中段に構えたりしない」
「父上は『卓球は、木刀でなく、ラケットを振るのだ』と仰せでござった」
「そんな説明をしたような気がする。言葉足らずだった」
私には、ダンボールをハサミで切り抜いて、シン太郎左衛門の身の丈に合ったミニチュアのラケットを作るなどという器用な芸当はできなかった。シン太郎左衛門は、ほぼ実寸大の卓球のラケットを私の腹に突き立てて、仁王立ちしていた。心なしか怒っているように見えた。
「行き違いがあったようでござる。卓球とは、竹刀の代わりに、この大きなシャモジのようなものを使う剣道のこと・・・」
「・・・ではない。『剣道』-『竹刀』+『大きなシャモジ』=『卓球』という式は成り立たない」
「やはり、そうでござったか。拙者も『多分これは違うな』と、うすうす感じておった」
「俺も、お前が、いつ気付くか様子を見守っていた」
「大きなシャモジで、ずいぶん風を起こした」
「済まなかった。ちゃんと説明し直す。卓球の別名はピンポンだ。お前のラケットは紙で出来てるが、本物のラケットは木製で、ラバーが貼ってある。そのラケットでテンポよく交互に玉を打つ、そういうゲームだ」
「木の板でテンポよく左右のタマタマを交互に叩く?」
「違う。そんなことをしたら、痛くて目が回ってしまう。中学生のれもんちゃんが、同級生の男の子を押さえ付けて、股間をラケットでスマッシュする姿を想像できるか?」
「れもんちゃんは、それはそれは気持ちの優しい娘でござる。そんなことをするはずがござらぬ」
「だろ?卓球は、そんな野蛮なスポーツではない・・・卓球の動画を見せよう。いくら口で説明しても、行き違うばかりだ」
シン太郎左衛門は深く息を吐いて、「父上、折り入って、お願いがござる」
「なんだ?」
「お手製のラケットまで拝領した身で心苦しいが、拙者には、卓球を続けるのは無理でござる。目的が分からぬ」
「そうか・・・しかし、お前には卓球を止めることが出来ない」
「なんと!それは何ゆえ?」
「始めてもいないものを途中で止めることは論理的に不可能だからな。ただ、事情が事情だから、今回に限り特別に許す。止めてよし」
「忝ない。ただ、れもんちゃんに、根性なし、意気地なし、と思われますまいか」
「大丈夫。れもんちゃんは、そんな娘ではない。この件、クチコミにも書かないから、心配するな」
「一生恩に着まする」
そして、今日は月曜日。れもんちゃんに会う日。有給休暇をとっていたし、昼まで惰眠を貪る予定だったが、朝の5時、シン太郎左衛門が「やぁ!とぉ!」と、剣術の稽古を始めた。またしても原点回帰だった。
昼御飯をゆっくり食べて、神戸に向けて出発した。
そして、れもんちゃんに会った。シン太郎左衛門が最近素振りに余念がないことを伝えると、れもんちゃんはニッコリと微笑んだ。
言うまでもなく、れもんちゃんは宇宙一で、宇宙一楽しくて、宇宙一可愛かったから、110分間、私は宇宙一の幸せ者だった。
帰りの電車の中、シン太郎左衛門は、れもんちゃんの余韻に酔いしれて、うっとりとしている。私はこのクチコミを書いている。
「父上、またクチコミでござるか」
「そうだ」
「毎度毎度、ご苦労なことでござる」
「苦労なんてしてない。俺みたいな天性の怠け者が、自分の意志や考えで、毎週こんな長い文章を書いていると思うか?」
「確かに、父上はどうしようもない怠け者で、何をやらせても三日と続かないろくでなしでござる」
「だろ?だから、『シン太郎左衛門』のクチコミにしても『私が書きました』なんて、間違っても言えない。思い上がりもいいところだ。勝手に出来るんだ。俺の意志ではない。れもんちゃんがいるからだ」
「なるほど」
「れもんちゃんが慈雨の如く降り注ぎ、太陽の如く光り輝き続ける限り、『シン太郎左衛門』は何の意味も目的もなく雑草のように生えてくる。これは、宇宙の摂理だ。れもんちゃんが宇宙一だから、こういうことが起こる。それだけのことだ」
「うむ。れもんちゃんは実に有難いお方でござる」
その後、シン太郎左衛門は電車の中で、「れもんちゃんは偉いものでごさるなぁ」と頻りに感心していたが、家の最寄り駅で電車を降りるとき、「拙者は雑草かぁ・・・」と少し肩を落として呟いた。
雨が降っていたが、暖かい雨だった。
シン太郎左衛門とダンボールのラケット 様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門と海外ドラマ2 様
ご利用日時:2024年2月11日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。原点回帰したとか言うが、剣術の朝練は、やったりやらなかったり。サボった日は「今朝は原点回帰し損なってござる。それもこれも、憎っくき目覚ましのせいでござる」とか姑息な言い訳をする。
昨日、土曜日。仕事に行って、帰宅したのは夜の8時過ぎだった。久し振りに海外ドラマを見ようと考えた。
「今夜は、海外ドラマを見ることに決めた」と告げると、シン太郎左衛門は、
「さては、それをクチコミのネタにする腹積もりでござるな。ただ、『海外ドラマ』は、昨年の6月4日、『シン太郎左衛門シリーズ』の第4回で既に取り上げてござる。十分気を付けて書かれるがよい。父上はいい加減な人間ゆえ、設定に無頓着でござる。心して書かぬと、読み比べられたとき、辻褄が合わんことになりまする」
「無用の心配だ。誰が読み比べたりするのもんか。シン太郎左衛門シリーズに、そんな熱心な読者は一人もいない。俺自身、過去に書いたものを読み返したことがない」
「うむ。間違いない。れもんちゃんさえ、まともには読んでござらぬ」
「・・・それは少しショックだな」
「それが現実でござる」
「まあいい。とにかく、これから海外ドラマを見る」
「うむ。当然れもんちゃんが主演の方でござるな」
シン太郎左衛門は、れもんちゃんの写メ日記の動画も、海外ドラマだと思い込んでいる(シン太郎左衛門シリーズ第4回を参照のこと)。
「違う。れもんちゃんに薦めてもらったアメリカのドラマの方だ。癌の宣告を受けた高校教師が家族のために犯罪に手を染めてしまう話だ。れもんちゃんは出てこない」
「以前も申した通り、斯様なものに武士たる拙者を巻き込むとは言語道断。ましてや、れもんちゃん主演の海外ドラマを見せぬなら、父上とは絶交でござる」
「見せないとは言ってない。そうだ。こうしよう。まず、俺一人で、れもんちゃんが出ない方を1話見て、その後、れもんちゃんが出る方を一緒に見る。それで、どうだ」
「いかん。モノには順序がござる。大切なものが先でござる」
「いや、れもんちゃんの動画を先にしたら、海外ドラマに行き着けなくなる。前にも言ったが、このアメリカのドラマは、れもんちゃんが『面白いよ。見てみて』と薦めてくれたのだ。いつまでも見ないでは済まされん」
「・・・得心いかぬが、れもんちゃんのご意向には逆らえぬ。致し方ない。『ブレイキング・バッド』、さっさと見なされ。倍速で」
本来、シン太郎左衛門は、ドラマのタイトルを知っていてはいけないし、倍速などという機能があることも知らないはずである。何故知っているかは分からないが、ここは触れてはいけない部分なのである。
二階の書斎に上がり、パソコンの電源を入れた。
「見終わってござるか?」
「見始めてもいない」
「遅い!」
「今、部屋に入ったばかりだ」
アメリカのドラマの方は、シーズン3の途中で止まっていたから、その続きだ。れもんちゃんの推薦だけあって大変面白いのだが、中年男が追い詰められていく姿が身につまされて、中々先に進められずに、今日に至ったのだった。見るとなれば、真剣に見たいのに、見始めるなり、シン太郎左衛門から「まだか」「まだ終わらぬか」と矢の催促を受けた。
「落ち着かん。少し静かにしておいてくれ」と黙らせた。
しかし、1分とおかず、「早くれもんちゃんの海外ドラマが見たいなぁ・・・父上、英語で聞いてもチンプンカンプンでござろう。意地を張らず、吹き替えで御覧なされ」と嫌がらせを仕掛けてきた。
「頼むから静かにしてくれ。今いいところなんだ」
シン太郎左衛門は、しかし、2分と黙ってはいなかった。しばらくすると、「れもん・・・れもん・・・」と、『れもんちゃんコール』を始めた。最初は小声で、段々と声量を上げていった。無視しようと頑張ってみたものの、『れもんちゃんコール』を聞かされているうちに、タイガースのユニフォームを着て、甲子園球場のバッターボックスに立つ、れもんちゃんのイメージが脳裡に湧き上がってきて、ちっともドラマに集中できなくなった。
「れもん!・・・れもん!・・・」の熱気を帯びた『れもんちゃんコール』に続いて、「パッパラ~、パラララ~」と、勇ましいトランペットの演奏が始まった瞬間に、観念して動画を止めた。
「かっ飛ばせ~、れもん!ここで一発、れもん!・・・ピッチャー、振りかぶって・・・投げました。カキ~ン!オ~ッ!・・・『れもんちゃんに、握られ、バットは、夢心地』松尾シン太郎左衛門」
「ここで俳句かよ。おまけに下ネタだ」
「父上、プロ野球はお好きか?」
「いいや。全然見ない」
「うむ。アメリカのドラマは終りましたか」
「終わらされた」
「では、れもんちゃん主演の海外ドラマを見ましょうぞ」
私が、れもんちゃんのウェブページにアクセスしている間に、シン太郎左衛門はモニターの前の一等席に陣取った。いつの間に準備したのか、レモンイエローのハッピを着て、同色のメガホンまで持っていた。
8カ月の間に溜まった、れもんちゃんの動画を堪能し、シン太郎左衛門はご満悦だった。時刻は深夜1時を回り、私はもうフラフラになっていたが、シン太郎左衛門と私は、れもんちゃんが、この8カ月の間で、日々美しさに磨きをかけてきたという点で完全な意見の一致を見た。ただ、動画のれもんちゃんは表情が硬い。実物のれもんちゃんは、もっともっと生き生きとした表情なのである。
そして、今日、日曜日、れもんちゃんに会いに行った。やはり宇宙一だったし、無敵の宇宙一ロードを光速を超えたスピードで驀進していた。
可愛すぎるれもんちゃんに、「れもんちゃんって、野球する?」と訊いてみた。
「それは秘密だよ。中学生のときは卓球部だったよ」と言って、ニッコリ笑った。
これをシン太郎左衛門が聞き逃したはずがない。帰りの電車の中で、卓球とは何か、しつこく訊いてくるだろう。説明すれば、明日の朝から、シン太郎左衛門が、木刀でなく、ラケットを振ることになるのは分かりきっていた。
原点回帰は完全に終わった。
シン太郎左衛門と海外ドラマ2 様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門の原点回帰 様
ご利用日時:2024年2月4日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。
昨日、土曜日、シン太郎左衛門は何を思ったか、朝早くから布団の中で木刀を振って剣術の稽古を始めた。「えいっ!とぉっ!」と掛け声も勇ましい。ちなみに、シン太郎左衛門の木刀は割り箸である。鉛筆は使わないように厳命してある。「素振りはいいが、布団から出てやってくんないかな。布団が傷む」と言ったら、「寒いからイヤ」と言下に拒まれた。
昼まで寝て過ごす予定を台無しにされ、気分が悪かったものの、シン太郎左衛門は、いつになく凛々しく、心なしか武士らしく見えた。
「今日のお前は、なんかいつもと違っている気がする」
「拙者、本日より原点回帰してござる」
「そうなんだ。最近、出家を仄めかしたり、辞世の句に凝ったりと迷走してたからな」
「うむ。最近、迷走してござった。本日より原点回帰いたしてござる。気合いに満ちて、我ながら怖いほどでござる」
「原点回帰か・・・お前の原点って、木刀を振ることなのか?」
「左様。拙者、れもんちゃんのことを念じて、脇目も振らず、ひたすら木刀を振りまする」
「ふ~ん」と、その場は、それ切りになった。
新聞を取りに玄関を出ると、久しぶりの好天で、空は青く澄んでいた。ふと、傘立てが目に入った。何という考えもなしに、コウモリ傘を一本取り出すと、野球のバッティング練習の要領で軽く2、3回振ってみた。特に何が面白い訳でもない。傘立てに戻そうとしたが、気を取り直して、傘を竹刀に見立てて、中段に構えてみた。小学生の頃、近所の警察署の剣道教室に体験入門したことがあり、たった1時間にせよ、人生で剣道に接したことは皆無とも言えない。取り敢えず振りかぶって、「えいっ」と言いながら、振り下ろした。気恥ずかしくて、気合いなど入っていなかったが、微かな爽快感があった。
(もしかすると、剣道は結構俺に合っているかもしれない。少なくとも野球の素振りよりは楽しい気がする)と勝手なことを考えて、もう一度振りかぶったとき、家の外壁を思い切りひっぱたいてしまった。
(いかん、いかん。古家を破壊するところだった)
私はコウモリ傘をぶら下げて、隣の家の呼び鈴を鳴らした。
玄関のドアの隙間から顔を覗かせた金ちゃんは、私の手元を見て、「雨、降ってます?」と訊いてきた。
「もちろん降ってない。とても良い天気だ。ところで、御両親はお出掛けだな。車がない。駐車場を貸してくれ」
「何を始める気ですか?別にいいけど、母さんがいますよ」
「じゃあ、いらない。お前のママには見られたくない。計画変更だ」
10分後、金ちゃんと私は、それぞれ手にコウモリ傘を持ち、ハーネスを着けたラッピーとモンちゃんを連れて、青空の下、丘の坂道を登っていた。
モンちゃん(キジトラの雌ネコ)は、しばらく見ないうちに、随分大きくなっていた。大きくなり過ぎていた。
「モンちゃんは、何キロだ?」
モンちゃんは、小型のブルドッグのような格好で、ノソノソと嫌そうに歩いていた。
「測ったことないです」
「こんなにデカくする法があるか。このままデカくしたら、キジ柄のライオンになってしまうぞ。れもんちゃんにあやかって、モンちゃんと名付けたのに、こんなデブちんになってしまっては、れもんちゃんに申し訳が立たん」
「れもんちゃん?ああ、例の『宇宙一のれもんちゃん』ですね」
「やっと学習したか。そうだ。れもんちゃんは宇宙一だ。もちろん、れもんちゃんは、スタイルも宇宙一だ。女性的な流麗なボディラインは、必要なところに必要なだけのしなやかで柔らかな肉付きを備えている。足すことも引くことも許されない完璧な肉体美だ。それに比べて、モンちゃんは、お前と一緒でブヨブヨだ」
「モンちゃんは家では食べるか寝るかだし、散歩も嫌いだから」
「てんでなってないな。確実にお前の影響だ。まずお前から原点回帰しろ」
「何ですか、その『原点回帰』って?」
早速疲れてしまったモンちゃんが踞って動かなくなった。ラッピーが心配そうに、様子を伺っている。
「原点回帰は、原点に回帰して、怖いほどの気合いを横溢させることだと、シン太郎左衛門は言っている」
「分かんない・・・」
「だろうな。俺自身よく分からん」
「・・・ところで、何で僕たちはコウモリ傘を持ってるんですか?こんないい天気で、雨なんて降りそうもないのに」
「いや、それよりも・・・」
モンちゃんは、リードを強く引いても、びくともしないばかりか、うっとりと目を閉じて「おやすみモード」に入ろうとしていた。
「これでは今日中に公園までたどり着けそうにない。俺の傘を持て」と、コウモリを金ちゃんに渡すと、私はモンちゃんを抱き上げた。
「うう・・・米俵を担がされた気分だ」
公園に着くと、リードを解かれたラッピーは好きなだけ走り回り、私の肩から降ろされたモンちゃんは日向に踞って、舟を漕ぎ始めた。
「よし。それでは、これから剣道の素振りをする」
「ああ、この傘は竹刀の積もりだったんですね」と、金ちゃんはコウモリ傘をクルクルッと回してみせた。
「オジさん、僕、小学生から剣道やってて、高校のとき、地方大会でベスト8まで行ったんですよ」
そんなこととは知らなかった。
「えっ!そうだったの?」
「その後、すぐに止めちゃったけど・・・ああ、そういうことか。原点回帰の意味が分かりました」と、独り合点して、コウモリ傘を中段に構えた姿は、普段の怠け者のデブとは見違える程、様になっていた。警察署の体験入門ぐらいでマウントが取れる相手ではなかった。
ラッピーは溌剌と走り回り、金ちゃんは楽しそうに素振りをしていた。私は、モンちゃんにチョッカイをかけて怒られたり、空き缶を傘でひっぱたいて飛ばしたりした後、ベンチに座って、ボーッと過ごした。シン太郎左衛門に続いて、金ちゃんまでも原点回帰してしまい、一人取り残された私は、本当にやることもないので、金ちゃんや動物たちを眺めながら、赤胴鈴之助の主題歌を、『赤胴鈴之助』を『隣のニートの金ちゃん』や『富士山シン太郎左衛門』に置き換え、他の歌詞も適当にいじくり、替え歌にして、
剣を取っては日本一に
夢は大きな太ったニート
・・・
とか小声で歌っていた。
れもんちゃんは出勤日だから、宇宙空母が飛来する訳もないが、雲一つない空は抜けるように青く、穏やかな風が爽快だった。なんとも馬鹿げた時間ではあったが、それなりに楽しかった。
帰り道も、モンちゃんは歩くのを嫌がったから、私が抱いて運ぶことになった。
金ちゃんは、これから毎日、朝練をするとか言うので、「それなら、一緒にモンちゃんを連れ出して、少し運動させてやれ。来月までに2キロのダイエットだ。出来なければ、名前を『米俵』に変更する」
そして、翌日。今日は日曜日、れもんちゃんに会う日。
金ちゃんは、モンちゃんと朝練をしたのだろうか。シン太郎左衛門は目覚ましが鳴らなかったことを理由に稽古をサボった。
そして、れもんちゃんに会った。やっぱり、どう考えても宇宙一だった。
「れもんちゃんは、宇宙一だね」と言うと、ニッコリと笑っていた。
シン太郎左衛門の原点回帰 様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:レモン農家様
ご利用日時:2024年1月30日
お久しぶりです。
今日も良い時間でした。
もう、かれこれ2年という長いお付き合いに
なろうとしています。
いつもキュンキュンの笑顔で迎えてくれます。
あ、始まった、とこちらも笑顔になります。
古い話も覚えてくれてます。
何だろう、彼女のペースに入ることが
快感なんです。
笑顔と可愛い声と、一生懸命さと。
おかけで、今日も若返りましたよ。
元気が出ました。
ありがとう。
別れ際は普通、寂しくなるものですが
また、次に会うことを楽しみに
お店を後にするのです。
また会う日まで
元気でいよう。
れもんさんも元気でいて下さい。
レモン農家様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門とれもんちゃんのネイル 様
ご利用日時:2024年1月28日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。「ござる」以外に武士らしい言動もなく、近頃は、れもんちゃんという支えを失ったら、すぐに出家すると公言している。武士の風上にもおけない、ふざけたヤツである。
今日、日曜日、れもんちゃんに会う日。シン太郎左衛門は、布団の中で二、三回「やぁ!とぉ!」と掛け声だけ上げると、「今日の稽古は以上」と宣った。
「これだけ?もう少しやれよ」と言うと、「これで十分でござる。もう武士は飽きてきた。転職を考えてござる」
「転職?お前、別に仕事として武士をしてないだろ。つまり、お前は『無職』だ」
「うむ。しかし、『無職』では外聞が悪い。履歴書には『家事手伝い』としてござる。これから早速就職活動をする積もりでござる」
「就職活動?」
「うむ。れもんちゃんの美しさをよりよく理解するために、アパレルかネイルサロンで働く積もりでござる。第一希望は美容院でござるが、拙者、先端恐怖症ゆえ、ハサミを持つと、オシッコを漏らしまする」
「それは美容師としては致命的だ」
「うむ。カミソリなど、もっといかん。最悪の事態が起きまする」
「それ以上、言わんでいい」
この会話を続けるのが嫌になったので、「あっ、ネイルで思い出した。話は全く変わるが、昨日、久しぶりに、お寿司ちゃんに会ったぞ」と話題をすり替えた。
シン太郎左衛門は眉をひそめて、「ん?お寿司ちゃんとな」
「そうだ。お寿司ちゃんだ・・・いや、お寿司ちゃん改め、ラーメンちゃんだ」
「それは、何の話でござるか」
「あれ、お前にお寿司ちゃんの話をしてなかったか?」
「聞いたこともござらぬ。それは、クラブロイヤルの女の子でござるか?それとも他店の?」
「馬鹿なことを言うな。俺は、絶対れもん主義者だ。お寿司ちゃんとは・・・」
私が密かに『お寿司ちゃん』と呼んでいるのは、年の頃は二十四、五、パッと見は地味なOL風の女性だった。通勤電車の中で数回見かけただけで、それ以上のことはない。
「電車の中で見ただけでござるか」
「そうだ。平日ではない。土曜日の比較的空いた電車で隣の席になったことが、これまで3回ある」
初回に隣合わせたのは半年ほど前だった。私は本を読んでいたのだが、ふと隣の女性の、スマホを触る指先に目が行った。色使いが華やかで、思わず見入ってしまった。
「一目では何の絵柄だか分からなかったが、じっくり観察すると、かなり斬新なネイルだと分かった」
「と言いますると?」
「お寿司の細密画だった」
「それで『お寿司ちゃん』でござるか。安易なネーミングでござる」
「いかにも安易だが、指の一本一本違うお寿司ネイルだ。トロありエビあり鯛あり玉あり、イクラの軍艦巻、カッパ巻、バランにガリが添えてあったり、どれもが、それは細かい筆遣いで、一つ一つの米粒が見分けられるほど、実物に似せて緻密に描いてあった。どれだけ時間と金を使ったのかと感心してしまった」
「なるほど。そこまでするのは『お寿司ちゃん』以外には考えられませぬな」
「だろ?だから、お寿司ちゃんだ。右手の中指にはアガリの湯呑みだ。さすがに魚へんの漢字を並べてはなかったが、『寿し』と書いてあって、『し』の字の先っぽはヒラヒラと波打っていた」
「お寿司ちゃん、相当変わった人でござるな」
「うん。まだ続きがある」
それから1ヶ月ほど経ったある日、また偶然その女性と隣の席になった。
「すぐにはお寿司ちゃんだと気付かなかったが、ふとした拍子に隣の女性客の手元に目が行って、思わず『あっ、お寿司ちゃんだ』と心の中で叫んで、顔を見た。微かな記憶だが、同一人物に間違いなかった」
「お寿司のネイルでござったか」
「うん。さらに気合いが入っていた。アクリルを盛り上げたものか、どう作ったかまでは分からんが、指先の一つ一つにお寿司の模型のようなものが乗っていた。小指の先程のミニチュアではあったが、もはや爪などすっかり隠れて見えなかった。右手の中指には、親指の先程の湯呑みがポコンと乗っていて、魚へんの漢字が周囲にぐるりと書いてあった」
「そんなことをして、普段の生活に支障が出ませぬか」
「出てると思う。それに屈しないのが、お寿司ちゃんだ」
「何かの罰ゲームではござらぬか」
「いや。俺に見られているのは、ウスウス察していただろうが、臆する様子もなかった。むしろ、誇らしげですらあった」
「お寿司ネイルに全てを捧げてござるな。完全に変人でござる」
「うん。でも、まだそれで終わらないのだ」
そして、昨日、その女性と電車で乗り合わせた。前回から、5ヶ月は経っていただろう。
「電車に乗ったら、優先座席に座っているお寿司ちゃんに気が付いた。急いで、隣の席に座り、その指先を見て、愕然とした。『ラーメンちゃん』になってしまっていた」
「テナントの入れ替わりは、よくあることでござる」
「うん。もはやネイルと呼んでいいのかも分からんが、煮玉子とかチャーシューとかメンマとか、ラーメンのトッピングのほぼ原寸大の食品模型と思われるもの、寸を縮めた丼や割り箸、レンゲの模型が、全ての指の爪の上に貼り付けてある。ごちゃごちゃした感じだし、お寿司のときに比べて、細工が雑で格段に見劣りする。『ええ、もう、どうとでもなれ』というヤケクソな印象さえあった」
「一体何が起こったのでござろうか」
「分からん。気にはなったが、俺は完全な赤の他人だ。立ち入ったことを訊く訳にもいかん。知らん顔をして、本を取り出して読み始めた。ただ、視界の隅でスマホの操作に大苦戦するラーメンちゃんが気になって、本に集中できんかった・・・お寿司ちゃん改めラーメンちゃんについては、以上だ」
「なるほど・・・何をしてくれることやら。父上、仮にも、これは、れもんちゃんのクチコミでござるぞ。父上の周りの変人のことなど、誰も関心はござらぬ」
「分かってる。お待ちどう様。ここからいよいよ、れもんちゃんのネイルの話だ」
そう。れもんちゃんのネイルは素晴らしい。特に今回のは、素敵すぎるのだ。
「俺は、れもんちゃんの今のネイルが大のお気に入りだ。これまでのも好きだが、今回のは特に良い。本当に素晴らしい」
「うむ。今回のれもんちゃんのネイルは雪をテーマにしてござるな」
「そうだ。それも、ただの雪ではない。ちゃんと語ってやるから、しっかり聴け」
「畏まってござる」とシン太郎左衛門は正座した。
「想像しろ。俺たちは今、中世の面影を残したヨーロッパの小さな町にいる。季節は冬だ」
「うむ。拙者、ヨーロッパには縁がござらぬ。全く想像できん」
「じゃあ、黙って聴いとけ。時刻は夜の10時過ぎ。辺りには人影もなく、冷たい風が、降る雪を千々に乱している。俺はコートの襟を立てて、背中を丸めて歩いている。大きなスーツケースが積もった雪に阻まれて、道行きは難渋を極めている。靴には凍った水が染み込んで、爪先が痺れている」
「寒そうでござる」
「寒いなんてもんじゃない。吐く息も凍る寒さだ。鼻水が垂れて、鼻の下で固まって、二本のツララになっている」
「まるでセイウチの牙のようでござるな」
「うん。極めて恥ずかしい姿になってしまった。そんな情けない格好で、宿泊先のホテルを探して道に迷った俺は、ふと足を止める」
「セイウチのように吠えるためでござるな。セイウチは何と鳴きまするか」
「知らん。立ち止まったのは、吠えるためではない。そこに、とても可愛い小さな家があって、街灯もない暗い通りに面したガラス窓に、室内の暖炉の焔が仄赤く暖かい影を揺らしている。その暖かく柔らかい赤色を、窓の縁を飾った白い雪が優しく包み込んでいるように見える。その光景に一瞬にして寒さを忘れた。まるで、マッチ売りの少女が小さな炎の中に見た幻影のように、涙が出るほど懐かしくも、切なく、美しくて、思わず『れもんちゃ~ん!』と叫んでしまう・・・これが、今回のれもんちゃんのネイルのイメージだ。雪の結晶が絶妙なアクセントになっている。つまり、今回のれもんちゃんのネイルは、ヨーロピアン・テーストで、ハート・ウォーミングで、上品で、可憐で、美しく、可愛い」
「うむ。れもんちゃんは、全てにおいて、実に行き届いた宇宙一でござる。ただ、今の父上の説明から、れもんちゃんのネイルのデザインを思い浮かべるのは至難の業、いや不可能でござる」
「そうだろうな。まあいいさ。いずれにしても、今日これから、れもんちゃんに会うのだ。ネイルもしっかりと観賞しよう」
「うむ。楽しみでござる」
そして、れもんちゃんに会ってきた。宇宙一に更に磨きが掛かっていた。ただ軽くショックだったのは、これだけ一生懸命にクチコミを書いたのに、あの雪のネイルは先週で終わってしまっていたのである!
でも、新しいキラキラのネイルも、もちろん素敵だよ~ん。
シン太郎左衛門とれもんちゃんのネイル 様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門と俳句 様
ご利用日時:2024年1月21日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。ここしばらくは剣術の稽古もせずに、何を思ったか、この数日は俳句ばかり作っている。
今日、日曜日なのに午前中、仕事だった。仕事を済ませ、れもんちゃんに会うために神戸までの電車に乗っている間も、シン太郎左衛門は俳句を作っていた。
「俳句は楽しいか?」
「楽しいと思ったことは一度もござらぬ」
「じゃあ、なんで、そんなことをしているんだ?」
「ボケ防止」
「そうか。ボケ防止は大切だ。沢山できたか?」
「500ほど作り申した」
「俺は、年末年始、暇を持て余していたので、クチコミのネタを沢山考えたが、メモを取らなかったので、全部忘れてしまった。だから、今日投稿するクチコミのネタがない。前置きなしに、いきなり『そして、今日、れもんちゃんに会った。やっぱり宇宙一だった』とは出来ないから、お前の俳句をいくつか使わせてくれ」
「ならぬ」
「ケチなことを言うな」
「いや、ケチではござらぬ。理由がござる」
「どんな?」
「拙者の俳句は全て辞世の句でござる。時期が来るまでは、人には言えぬ」
「500個全部?」
「うむ。拙者、辞世の句しか詠まぬ」
「なんで、そんなことするの?」
「ボケ防止」
「いや・・・いいから、二つ三つ教えてくれ」
「いよいよとなれば」
「いや。そんなに待てない。それに、いよいよとなったら、俺自身が俳句を聞いてられる状態にない。今、言え」
「では、一つだけ教えて進ぜよう・・・『れもんちゃん、もっと会っときゃ、よかったな』」
「それ・・・自信作か?」
「うむ。辞世の句でござる」
「・・・『自信作』と『辞世の句』は音が似てるな」
「うむ。似てござる」
「『れもんちゃん、もっと会っときゃ、よかったな』か・・・他のも大体このレベル?」
「うむ。拙者、技巧に走ることは望まぬ。思うがままを詠ってござる。他には、『幽霊に、なっても会いたい、れもんちゃん』『幽霊に、なったら、予約が、取りにくい』」
聞いてるこっちが恥ずかしくなったが、あからさまに言えば、シン太郎左衛門の機嫌を損ねるのが目に見えていたので、「辞世の句は人目に晒してはダメなものだと、よく分かった」と婉曲に不興を伝えた。しかし、シン太郎左衛門には響かなかったようで、
「『あの世でも、思い出すのは、れもんちゃん』『れもんちゃん、お盆の予約、よろしくね』」
「もういい。もう少し楽しい話をしよう。これから、れもんちゃんに会うんだしな」
「うむ。『れもんちゃん、ふんわりふわふわ、いい匂い』『れもんちゃん、お目々ぱっちり、エロ美人』『れもんちゃんに、会うのは、いつでも、楽しみだ』」
「もう普通に喋ろう」
「いや、興が乗ってまいった。『可愛くて、みんな大好き、れもんちゃん』『れもんちゃん、メロンじゃないよ、れもんだよ』『れもんちゃんの、俳句はいくらでも、作れるよ』」
「そりゃ、そうだろ。普通に言えばいいことを、無理に五七五に押し込めようとしてるだけだ」
「『普通でない、破格の可愛さ、れもんちゃん』『れもんちゃん、ああ、れもんちゃん、れもんちゃん』・・・」
神戸駅に到着するまで、シン太郎左衛門の「俳句」は止まることがなかった。うんざりした。
そして、今日も、れもんちゃんに会った。
帰りの電車に乗ると、シン太郎左衛門は「芥川賞候補」のタスキを付けて、『れもんちゃん、今日もやっぱり、宇宙一』を皮切りに、延々と『れもんちゃん俳句』を並べ立てた。それを横目に、私はこのクチコミを書いた。
家の最寄り駅で電車を降りると、凍った夜風に思わずコートの襟を掻き寄せた。シン太郎左衛門は、「木枯らしを、梅ごちとなす、れもんかな」と言ったきり、黙ってしまった。
「満足したか?」
「結局、俳句は拙者の趣味ではござらぬ」
「そうか。もう少し早く気付けばよいものを。そもそも、にわかの俳句で、宇宙一のれもんちゃんを扱うなど無謀の極みだ」
シン太郎左衛門は、「芥川賞候補」のタスキをホームのゴミ箱に投げ捨て、「れもんちゃん音頭」を口笛で吹き始めた。
ちなみに「れもん」は秋の季語である。しかし、我々には春夏秋冬、おしなべて「れもんの季節」なのである。
シン太郎左衛門と俳句 様ありがとうございました。
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やがて別れのときがやって来る。暖かくなれば、新兵衛は丘の上の林に帰る。二度と会うこともないだろう。それまでに一端の武士にしてやらねばと、シン太郎左衛門は頑張っている。
今日は日曜日、れもんちゃんに会う日。やはり5時に起こされた。
「父上、新兵衛を出してくだされ」
「はい、はい」と私は布団から這い出して、蓋付きの小さな水槽からクワガタを摘まみ上げ、布団の上に置くと、近くに座った。
シン太郎左衛門は、元気よく、「では、新兵衛、稽古を始めるぞ。やあっ!とおっ!」と素振りを始めた。
私は、朦朧と、虚ろな目を天井に向けて、なんとも空虚な時間を過ごした。
「新兵衛、どこへ行く!おおっ!新兵衛、こっちに来るな!父上、新兵衛がハサミを振り振り、拙者に向かって迫って来おった!父上、新兵衛を離してくだされ!」
「はい、はい」と、新兵衛を摘まんで、離して置くと、私はまた虚ろな目を天井に向けた。
「やあっ!とおっ!まだまだ!やあっ!とおっ!」
こんなことが約1時間続き、
「よし。今日の稽古は、これまで。新兵衛、随分と腕を上げたな」
(嘘を吐け)と思ったが、余計なことを言う気力もなかった。夢現のまま、新兵衛を摘まんで、おウチに返してやった。このところ、ずっと睡眠が足りていない。
台所で、新兵衛の朝御飯(砂糖水)を拵えながら、
「おかしなもので、最近俺の砂糖水作りの腕が上がってきた気がする。こんなものにも上手下手があるのだ」
「うむ。砂糖水作りの道を極められよ」
「嫌だね」
砂糖水を無心に吸っている新兵衛は、なんとも微笑ましかった。お腹が一杯になると、朽ち木の下に姿を消した。
「新兵衛のヤツ、『ご馳走さま』も言わずに、寝に行った。まあ、クワガタだから、しょうがないな。シン太郎左衛門、はっきり言って、新兵衛には武士になる気なんてないぞ」
「うむ。なんであれ、逞しく生きてくれれば、本望でござる」
時計を見ると、7時前だった。もう一眠りしようと布団に入ったが、寝足りてないのは歴然としているのに、目が冴えていた。シン太郎左衛門に話し掛けた。
「おい、シン太郎左衛門。毎朝毎朝5時に起こしやがって、体調が日に日におかしくなってる気がする。後2、3時間は寝ておきたいから、何か面白い話をしろ。お前が面白いと思う話は、俺には退屈だから、きっと眠気がやって来る」
「うむ。では、昔話を致しましょう・・・昔々、あるところに、お爺さんとお婆さんが沢山いる老人ホームがありました」
「ほう、お伽噺としては中々斬新だ」
「お爺さんの中には、すっかり枯れてしまった人もいれば、まだまだ元気な人も、また異様に元気な人もおりました。お婆さんたちも、やっぱりそうでした」
「お前、何の話をしてるんだ?」
「老人ホームの話でござる」
「それは分かってる。『老人ホーム』というテーマには全く興味がないが、凄く嫌な展開になりそうな予感がして、完全に眠気が失せた」
「よくぞ見抜かれましたな。これは老人たちの、出口のないドロドロの愛憎劇でござる。続けて宜しいか?」
「宜しくない!そんなもの聞きながら、気持ちよく寝れるか!安易な気持ちでお前に話をさせたのは失敗だった」
「うむ」
眠いのに、完全に目が冴えてしまった。潔く起きて、新聞を取りに行き、コーヒーの湯を沸かし、パンを焼き、目玉焼きを作った。
「これぞ日曜の朝だ」
と、機嫌よく、出来上がった朝食を目の前にしたとき、全く食欲の湧かない自分に直面した。コーヒーに軽く口を付けた後は、ダイニングの椅子に凭れかかり、口をポカ~ンと開けて、天井を見上げながら、ぼんやり過ごした。
2、30分も経っただろうか、シン太郎左衛門が言った。
「父上、れもんちゃんに会う日の朝にピッタリの曲を流してくだされ」
「『ボーン・トゥ・ラブ・ユー』は先週嫌になるほど聴いた」
「拙者も他の歌が良い」
「じゃあ、お前が『れもんちゃん音頭』を歌え」
「拙者、寝不足ゆえに、歌など歌う気にならん」
(ふざけたヤツだ)と思ったが、言葉を発する気も起きず、引き続き天井を眺めていると、突然閃きがあった。
「そうだ。取って置きの曲があった。その名もずばり『レモンソング』だ」
「うむ。それがよい。かけてくだされ」
「レッド・ツェッペリンだ」
「うむ」
「眠いときに聴きたい音楽ではない」
「構わぬ。『れもんソング』、流してくだされ」
スマホの動画アプリを立ち上げて、検索をかけると、れもんちゃん人気にあやかってか、何件でもヒットした。
「よし、じゃあ、いくぞ」
「うむ」
曲が始まると、シン太郎左衛門が「ムムッ!」と唸った。
「これは実にハードでござる」
「だろ?」
「実にヘビーでござる」
「だろ?」
「まさに『れもんソング』の名に恥じぬ名曲。魂を揺さぶるまでに、ブルージーでござる。歌も良い。早速覚えて、今日の帰りの電車で歌いまする」
「好きにしたらいい。ただ今度は、ロバート・プラント(レッド・ツェッペリンのボーカル)の生まれ変わりとは言わせんぞ。まだ生きてるからな」
「知ってござる。でも、ボンゾは死んだ。ジョン・ボーナム(レッド・ツェッペリンのドラマー。「ボンゾ」は彼の愛称)は、キース・ムーンと並んで拙者が若かりし頃、最も愛したミュージシャンでござる」
「・・・そうだったんだ。お前が、ツェッペリンのファンだったことも、ドラマー志望だったことも初めて知った」
曲が終わると、シン太郎左衛門は、うっすらと涙を浮かべ、
ボンゾは~
拙者の~
青春~
そのもの~
と歌った。
「・・・『卒業写真』の替え歌だ」
「いかにも」
「ユーミンだ」
「ハイ・ファイ・セットの方でござる」
「・・・今の歌で、どうやって区別するんだ!俺も、山本潤子の声が好きだが・・・今回のクチコミは、ひどいな。唯一の読者、れもんちゃんの年齢を考えろ。注釈も中途半端だし、これじぁ、ちんぷんかんぷんだぞ」
「大体、毎回こんなもんでござる」
「・・・まあ、そうだな。それも今日を限りだ。今回でシン太郎左衛門シリーズは終わる」
「うむ。冒頭から、そうと察してござった」
「そうか。見透かされていたか・・・まあいい。シン太郎左衛門、これまで楽しかったぞ」
「うむ。拙者も楽しかった」
「今日も、れもんちゃんに会いに行く」
「楽しみでござる」
こんな朝だった。
そして、れもんちゃんに会った。「宇宙一可愛い」れもんちゃんは、「宇宙一」の笑顔を振り撒いて、「宇宙一」燦然と輝いていた。
それだけで十分だった。