拙者、富士山シン太郎左衛門は武士である。現今、人目を忍んで、カッパに身をやつしておる。
先週のクチコミの通り、父上は島流しの刑をあい、一昨日、つまり金曜日の夜にリュックサックを背負って、「じゃあ、福岡に行ってくるわ」と寂しそうに家を出ていった。
金曜と土曜の晩、一人で広々と布団を使って寝て、実に快適でござった。やっぱりあんなクソ親父はおらん方がよいと、つくづく実感いたした。
そして、今日は、日曜日。巷で言うところの『れもんちゃんデー』。朝9時、拙者、一人旅には慣れぬ故、福原までの遠路を思えば、早めの出立が肝要と心得、キッチンの流しにて冷水で身を清め、洗いたてのカッパの衣装を身にまとうと、愛刀の貞宗(割り箸)を腰に帯びて、台所の小窓から外に出た。
涼やかな風が実に心地よい『れもんちゃん日和』。取り敢えず坂道をヒョロヒョロと下り、国道に行き当たると、「神戸まで、よろしくお頼み申す」と書いた段ボールを精一杯高く掲げてヒッチハイクを始めたが、行き交う車の運転手たちの目に留まることもなく、虚しく時間が過ぎてゆき、多少の焦りが生まれてきたとき、
「あっ!オジさんのカッパだ!」という明るい声がした。それは自転車に乗った明太子ちゃんでござった。
自転車を停めた明太子ちゃんは拙者を摘み上げ、荷カゴに下ろすと、「カッパさん、神戸に行くの?」
拙者が頷くと、明太子ちゃんは「神戸は遠いよ。多分ヒッチハイクじゃ行けないよ」
「なるほど、そういうものでござるか」
「うん、行けない。反省した方がいいよ」
「うむ。では、反省いたそう」
「電車で行かなきゃね。JR新快速に乗るんだよ」
「うむ。何を隠そう、拙者、その電車には詳しい。その電車の正式名称は『スーパーれもんちゃん号』、またの名を『それいけ!れもんちゃん号』とも言う。夢を運ぶ電車でござる」
「そうなの?〇〇駅まで乗せてってあげる」
明太子ちゃんの自転車の荷カゴで揺られ、駅まで快適な一時であった。明太子ちゃんは、駅近のコンビニの前に自転車を停めると、拙者をムズっと掴んで、駅の階段を駆け上がり、駅員さんに「トイレ借りま〜す」と声を掛けて改札を抜け、ホームに向かう階段を駆け降ると、ホームの先頭で列車の到着を待った。
拙者、散々振り回されて目が回っていたが、それが収まると、「明太子殿、忝ない。一生恩に着まする」と伝えた。
「気にしなくていいよ。オジさんにまた買い物に来てって言っておいてね」
『スーパーれもんちゃん号』が到着すると、明太子ちゃんは、運転席の窓を叩き、ドアを開けて出てきた運転手さんに「このカッパさん、神戸駅までお願いします」と拙者を差し出した。
その運転手さんは、いつもクラブロイヤルの入り口で笑顔で出迎えてくれるスタッフさんにソックリな『れもん星人』にソックリだった。
運転手さんは拙者を受け取ると、「いいよ。ところで、明太子ちゃん、もう高3なんだから、バイトばかりでなく、勉強も頑張るんだよ」
明太子ちゃんは「頑張ってるって・・・じゃあ、カッパさん、またね。オジさんによろしく」と、にこやかに手を振ってくれた。
運転手さんは拙者を運転台に乗せると、電車を出発させ、運転中はずっと楽しそうにニコニコしておる。仕事の邪魔はしたくなかったが、どうしても運転手さんと明太子ちゃんの関係が気になって、「お仕事中に恐縮でござるが、貴殿は明太子ちゃんの御親戚でござるか?」と訊いてみた。
運転手さんは、楽しそうに口ずさんでいた『およげ!たいやきくん』の替え歌を中断して、「えっ、僕ですか?僕は『電車くん』。明太子ちゃんの婚約者です」と言った。
訊くんじゃなかったと思った。設定がデタラメ過ぎて、クラクラと目眩がした。こんな馬鹿な設定は父上の仕業としか思われぬ。アヤツめ、福岡に転勤したとか言いながら、まだ近くにいるような気がした。
『スーパーれもんちゃん号』の先頭に陣取って、拙者、久しぶりに『元祖れもんちゃん音頭』をフルコーラス熱唱いたした。電車くんも中々の声の持ち主で、見事なハーモニーを奏でてくれた。二人の名演奏に惹き寄せられて、苦労左衛門ほかオチン武士が集まってきて、やがて100名を越えるオチン武士による大合唱へと発展したが、運転室がギュウギュウ詰めで、電車くんの視界が完全に遮られてしまい、『スーパーれもんちゃん号』は芦屋駅の手前で緊急停車した。
『電車くん』とは神戸駅で握手をして別れた。またいつの日か再会し、『元祖れもんちゃん音頭』を合唱することを固く誓い合った。
さて、ホームに降ろしてもらってからが、一苦労でござった。
読者各位もご存知のとおり、オチンは歩くのが苦手であり、特に人通りが多い道にあっては、酔っぱらいが阪神高速を千鳥足で歩くのと同じぐらい危険な状況に置かれる。危なくて、とても歩けない。乗り物を探すしかない。
ホームを見回していると、いかにも『これから福原に遊びに行きます』顔のスーツ姿の男がいたので、その御仁のズボンの裾に飛び付いて攀じ登り、スーツケースの上に飛び移った。ところが、この御仁の向かった先は『アンパンマンこどもミュージアム』で、すっかり無駄足を踏んでしまった。それから後も、色々な男性に飛び移ったが、どいつもこいつも見当違いな方向に行くので、神戸駅の周辺を行ったり来たりするばかりで一向に福原に辿り着けない。その代わり、短い時間に三度も湊川神社に参拝した。
こんなことを続けておっては、予約の時間までにクラブロイヤルに到着出来ないかもしれない、そう考えると、気持ちが焦ってきた。そして、またしても『ふりだし』である神戸駅に戻ってきて、イカついオッサンの肩から、前をチョコチョコ歩く、リュックを背負ったオッサンに向けて「南無八幡大菩薩!」と胸中で唱えながら飛び移った。頭頂部がハゲかかったオッサンのリュックサックに腰を下ろしてしばらくすると、オッサンはエスカレーターで地下に降り、デュオこうべ浜の手からJR神戸駅の下を通って、デュオこうべ山の手を抜けて、高速神戸駅の方に進んでいく。『この道でよいが、湊川神社に行くではないぞ。電車に乗ろうとしたら斬る』と胸中呟いていると、男は高速神戸駅の改札前で新開地駅方面に左折した。思わずリュックの上で手を叩いた。男は神戸タウンの6番出口から地上に上がり、有馬街道を北上して行く。思わず、「でかした!この調子で、クラブロイヤルまで行くのじゃ!」と叫んでしもうた。すると、リュックサックの主は、
「おい、シン太郎左衛門、2日会わぬだけで忘れたか・・・俺だ」
「おお!この声、この後頭部は〇〇駅前の中華料理屋のご店主!」
「違う。俺だ。父上だ」
「なんと!父上の幽霊だ!」
「違う。化けて出たのではない。さっき新幹線で福岡から戻ってきた」
クラブロイヤルに到着すると、いつもの愛想のよいスタッフさんに笑顔で迎えてもらい、待合室に通された。そこで父上の話を聞かされた。
「金曜日の夜は、博多のホテルに泊まって、翌日、昼前に福岡支店に寄ったんだ。土曜日だから社員の半分も出勤してないだろうと思ってたが、総出でバタバタと作業をしてる。知ってる顔がいたから『何してんの?』って訊いたら『荷造りをしてるよ〜。手伝ってほしいよ〜』と言われて、一緒にキャビネットの書類を段ボール箱に詰めていった。夕方まで飯も食わずに頑張って荷造りを手伝って、フラフラになったからホテルに帰って飯食って風呂に入ろうと思って、『それじゃ帰るね。実は俺、来週から福岡支店でお世話になるから、よろしくね』と言ったら、『助かったよ〜。でも福岡支店は今日で閉鎖だよ〜』と言われた」
思わず「なんと!」と言ってしまうと、父上は拙者の反応に勢い付き、「だろ?俺も思わず『はあっ?』と言ってしまったよ。『この荷物は大阪本社に送るんだよ〜。俺たちみんな来週から大阪に帰るんだよ〜』と言われた。頭が真っ白になって、社長のスマホに電話をかけた。なかなか出ないから一旦切ろうとしたとき、やっと出たかと思ったら、『社長ちゃんは今忙しいよ〜。シマリスちゃんにご飯を上げてたよ〜』と不満そうにヌカすから、『この愚か者め!』と怒鳴りつけて、今日俺の身に起こったことを説明し、『俺は引越し屋さんのバイトじゃないよ〜。社長ちゃんが今、俺の目の前にいたら手が出てるよ〜』と怒ると、『あ〜、そうだったよ〜。福岡支店を閉めることをすっかり忘れてたよ〜。ゴメンだよ〜』と謝られた。『馬鹿も休み休み言った方がいいよ〜。鼻の穴にワサビを詰めて、反省した方がいいよ〜』と言ってやると、『反省してるよ〜。でも、ワサビはイヤだよ〜。それと、シマリスちゃんは可愛いよ〜』と馬鹿なことを言ってきたので、『れもんちゃんの方がずっとずっと可愛いよ〜。宇宙一に宇宙一だよ〜』と言い返し、更にお詫びのしるしとして3万円相当の高級和菓子を贈って寄越すことを条件に和解してやった」と自慢げに語った。
父上も馬鹿だが、父上の周りの人間も馬鹿ばかりだった。
そして、我々親子は、今日もいつも通り、れもんちゃんに会った。言うまでもなく、宇宙一に宇宙一でござった。
れもんちゃんは、父上の顔を見るなり、ニッコリと微笑むと、「父上さん、こんなにすぐに帰ってきちゃダメだよ〜。今日もやっぱり反省した方がいいよ〜」と言って、父上を大混乱に陥れた。
この世には、嫌なことも腹が立つこともゴマンとあるが、れもんちゃんがいれば、そんなことは大概笑って済ませる、そう父上が言っておった。
父上は大馬鹿者だが、時々正しいことを言う。
シン太郎左衛門(『カッパ左衛門、一人で福原に行く』の巻) 様ありがとうございます。
初めてめるさんと遊びました。カーテンを開けて、一目見たときにあまりに可愛すぎてビックリしました。写真よりも実物の方がはるかに可愛いです。
当日は小雨がぱらついていて蒸し暑かったのですぐにシャワーを浴びました。洗い場での泡洗体はフワフワの泡の感触も相まって最高でした。柔らかくて抱き心地が最高でした。そのあとのベッドでのプレイは、最初はイチャイチャしつつ、だんだん激しく盛り上がって、攻めたり攻められたり汗だくになりながら色々な体位で時間いっぱいまで楽しめました。
気持ちよさだけでなく、笑顔が素敵なのと、とても愛嬌があってイチャイチャした時間を過ごせました。次回もぜひ指名させていただきます。
m0327様ありがとうございます。
大変楽しいひと時でした!もっともっと一緒にいたかったです。最高に興奮しました!今度も日が合えばお願いしますね!
Y君です様ありがとうございます。
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門はかつては武士であった。今はカッパだ。春になれば、着ぐるみを脱ぎ、また武士に戻るのだろう。冬になるとまたカッパだ。二毛作だ。
昨日は土曜日。れもんちゃんイブ。仕事が休みだったので昼までグッスリ寝た。起きたら、そこには小さなカッパがいた。
「よう、カッパ、元気か?」
「うむ。まあまあ元気でござる」
「そうか・・・」
「父上は元気がないようにお見受けいたす」
「そうなのだ。俺は打ちのめされているのだ」
「父上が打ちのめされるとな。それは無理がある」とシン太郎左衛門はヘラヘラと笑った。「父上は、水の中でプカプカ浮いているクラゲのような呑気な生き物でござる。打ちのめされるわけがない」
「ところがドッコイ、打ちのめされて、落ち込んでいる」
「それは一体何ゆえでござるか」
「・・・いずれ、お前も知らねばならぬことだ。教えてやろう」
私は布団から出て、ドテラに袖を通した。
「昨日、社長から呼ばれたので、社長室に会いに行った」
シン太郎左衛門は深刻そうに「うむ」と頷いたが、格好が笑っているカッパなので、ふざけているようにしか見えなかった。
「社長室のドアをノックもせずに全開して、『呼ばれたから、来てやったよ〜』と室内に入った。すると、社長は、『社長ちゃんだよ〜。よく来たよ〜。そこに座ったらいいよ〜』と、指差す先がどう見てもソファーセットのテーブルな方だったから、テーブルの上に靴のまま乗ってアグラをかくと、社長から『そこに座っちゃダメだよ〜』と・・・」
「少し待ってくだされ。父上の会社の社長は、『れもん大王』様でござるか」
「そんな偉い人なわけがないだろ。どこにでもいる鬱陶しい爺さんだ」
「では、何ゆえ語尾に『よ〜』を付けるのでござるか」
「ウチの会社では誰でもそうしている。俺が流行らせた」
「ヒドい会社でござる」
「だろ?緊張感ゼロだ・・・まあいい、話の続きをしよう。ソファーに向かい合って座ると、社長が何の脈絡もなく、最近、ペットショップでシマリスを買った、とっても可愛いと自慢し始めたから、こちらも負けじと、俺の家にはカッパがいて、めちゃ鬱陶しいと言い返してやった」
「いい年をした大人の会話とは思えぬ」
「まあな。とにかく、社長の頭の中でシマリスvsカッパの対決は、カッパの圧勝だったらしい。屈辱感に浸って、しばし沈黙していた社長が『ところで、君は、お仕事ちゃんをちゃんとしなきゃダメだよ〜』と俺に悔し紛れのイチャモンを付けてきた。『ちゃんとやってるよ~』と言い返してやっても納得しない。そこから『君はお仕事ちゃんをちゃんとやってないよ〜』『やってるよ〜』と、互いが自分の主張を譲らず、『やってる』『やってない』の押し問答は昼食を挟んで夕方まで続き、挙句の果てに社長は『君は、お仕事ちゃんをちゃんとやってないから、今すぐ反省しないと4月から福岡勤務だよ〜』と言いクサった。少し事情があってウチの福岡支店は、『流刑地』と呼ばれていて、誰も行きたがらないのだ」
「形だけ反省してみせて、収めたらよかろう」
「ダメだな。そんなことは出来ん。俺が反省するのは、れもんちゃんに言われたときだけだ。社長なんかに言われても、反省は出来ない」
「しかし、福岡勤務になれば、これまでのように毎週れもんちゃんに会えなくなりまするぞ」
「それは分かってる。それは、つまり義に生きるか、それとも忠に生きるかということだろ?」
「義に生きるか、忠に・・・分からぬ。説明してくだされ」
「分からないのか?それなら、しょうがない。義だの忠だのは、武士やサムライの得意分野で、俺の知った事じゃない。武士のお前に分からなけりゃ、俺に分かるはずがない」
「・・・結局、父上はいかがなされましたか」
「俺は、れもんちゃんに忠誠を誓った身だから、社長に求められても反省できるわけがない。だから『反省しないよ〜』と言って、『それじゃ、転勤だよ〜』と言われた」
「なんと・・・マジで?」
「うん。だから、落ち込んでた。明日、れもんちゃんに会いに行ったら、次の日曜日には福岡に引っ越してるから会えないと伝えねばならん」
「・・・お前は馬鹿か!」
「れもんちゃんに会えなくなるのは大ショックだが、俺達みたいな変な客が来なくなって、れもんちゃんがホッとすることを考えると、『これはこれでよかったかな』と思ってる」
「呆れて言葉も出ぬ。父上は一人で福岡に行けばよい。拙者は行かぬ」
「そうなの?」
「拙者は、これからも毎週日曜日、れもんちゃんに会いに行く」
カッパの決意は固かった。
そして、今日は日曜日。れもんちゃんデー。我々は、いつものJR新快速、通称『スーパーれもんちゃん号』に乗って、れもんちゃんに会いに行った。神戸まで時速10000キロで砂煙を上げて驀進した。
言うまでもなく、れもんちゃんは宇宙一に宇宙一で、こんなに宇宙一な女の子と会うのが下手すると今日が最後かと思うと、メチャ落ち込んだ。
帰り際、れもんちゃんにお見送りをしてもらいながら、
「来週の日曜日には、私は福岡在住だから、もう会いに来れないと思うんだ」
れもんちゃんは元気に、「うん、分かった〜」
「でも、私は来れなくても、シン太郎左衛門が一人で会いに来るよ」
「そうなんだね〜」
「シン太郎左衛門はカッパの格好で来ると思うから、スタッフさんにも伝えておいてね」
「うん。言っておく〜」
「『シン太郎左衛門』シリーズは、多分今回が100話目で、予告どおり、これが最後の回になるよ」
「そうなんだね〜。父上さんとのお別れは寂しいよ〜」
「本当にそう思ってる?」
「・・・実はそうでもないよ〜」
「・・・まあいいや。れもんちゃん、また会う日までだよ」
「うん。分かった〜」
れもんちゃんの笑顔は最後まで太陽のように明るく、地の果てまでも輝かしく照らしていた。自分のボケを自覚している私は、その眩しい笑顔を胸に刻もうと精一杯の努力をするのであった。
ということで、れもんちゃんの笑顔を胸にクラブロイヤルを後にした私ではあったが、やがて項垂れてしまい、トボトボと帰り道を辿っていった。「全ての言葉は『サヨウナラ』だ。サヨナラだけが人生だ」と呟きながら。
シン太郎左衛門、『さらば父上』 様ありがとうございます。
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。
3回続けて料理をテーマにしたことから、シン太郎左衛門、そろそろ自分が何か作るという設定が巡ってくるに違いないと、最近カッパ巻きの練習をしている。お気に入りのカッパの着ぐるみを着け、板さんの鉢巻きをして、「へい、いらっしゃい」と元気いっぱいだ。ただ、シン太郎左衛門のカッパ巻きにキュウリは入っていない。レンチンご飯を海苔で巻いただけだが、カッパが巻いたから『カッパ巻き』だと言う。ご飯は均等でないし、巻きも緩く、尖端恐怖症で包丁が使えないから切られてもいない。およそ不格好な具のない海苔巻きだ。当然美味しくない。
昨日は土曜日。れもんちゃんイブ。前夜の飲み会で深酒をして帰宅し、暖房を効かしたままのリビングのソファーで、ドテラを布団代わりに眠りに落ち、そのままグーカー爆睡していた。夜明け過ぎにトイレに行き、戻って再び眠りに落ちた。
どれくらい時間が経ったのか、小さな物音に『そろそろ昼かな』と目を覚ますと、薄明かりの中、目の前に捻り鉢巻きのカッパがいた。着ぐるみの表情そのまま、愛想よくニコニコしていた。
「へい、いらっしゃい」
カッパのお寿司屋さんだった。
「こんな朝は俺の好みではない」
「旦那、何握りましょう」
「さっき『チン』という音を聞いた気がする。お前、また大事なレンチンご飯を勝手にチンしたな」
「何握りましょう」
「お前には何も握れない。着ぐるみの構造上、辛うじて巻くことが出来るだけだ」
「今日はイキのいい海苔が入ってますよ」
「そんなはずはない。この家にある寿司海苔は、数日前に駅前スーパーで買って、その日に封を切ったものだ」
「今日はイキのいい海苔・・・」
「分かったよ・・・適当に・・・巻いてくれ」
「へい」と威勢よく言うと、シン太郎左衛門は袋から海苔を1枚取り出して広げ、スプーンでご飯を盛り付けだした。その格好は雪掻きを連想させた。カッパ巻き作りは、シン太郎左衛門にはそれなりの重労働だから、時間がかかる。思わずまどろんでいると、「へい、お待ち」と、急に鼻先に海苔巻を押し付けられて、ビックリして叫びそうになった。
渋々ソファーから身体を起こすと部屋の明かりを点け、シン太郎左衛門から黒い物体を受け取った。シン太郎左衛門が直接触れていないので、辛うじて食べてよいだろうと、恵方巻のように丸かぶりした。当たり前に海苔とご飯の味がして、微かにぬいぐるみの匂いがした。
「次、何握りましょう」
「もう何も握って欲しくないし、巻いて欲しくもない」
「で、何握りましょう」
「・・・人の言う事聞いてた?おアイソを頼む」
「へい」
スマホを見ると、まだ8時過ぎだった。仕事が休みの日は昼前まで寝ないと、平素の疲れが抜けない。めちゃくちゃ腹が立ってきた。
「もう少し寝かしておいて欲しかった」
シン太郎左衛門は勘定書を差し出して、
「カッパ巻き一本、締めて12円でござる」
「・・・ずいぶん安いね」
「では、12万円にしよう」
「今度は高すぎる」
「ではタダでよい。その代わり、これから駅前スーパーでまたレンチンご飯と寿司海苔を買ってくだされ」
「ダメだ。もう海苔は買わん!ここしばらく付き合ってやったが、こんなカッパ巻きがあるか!食べ物を無駄にしたくないという気持ちだけで食べてきたが、れもんちゃんに知られたら、また叱られる」
「反省させられますか」
「当たり前だ。『そんなのカッパ巻きじゃないよ〜。反省した方がいいよ〜』と言われる。『美味しくて栄養のあるものを食べないと元気になれないよ〜』という、れもん姫の優しくも、ありがたいお心遣いだ」
「では、父上は喜んで反省なされよ」
「イヤだ!もう3週連続で反省した。もういい」
「では、カッパ巻きの件は・・・」
「れもんちゃんには秘密にしておく」
そして、今日は日曜日。待ち焦がれていた『れもんちゃんデー』。
JR新快速『スーパーれもんちゃん号』に乗って、れもんちゃんに会いに行った。
れもんちゃんは、いつにも増して宇宙一に宇宙一で、れもんちゃんのグレードアップの度合いから、宇宙が現在も急速に膨張していることを実感できた。
帰り際、れもんちゃんにお見送りしてもらいながら、シン太郎左衛門の『カッパ巻き』を食べたことを隠すために、「最近、カッパ巻きを食べたことなんてないよ」と言ったが、れもんちゃんは怪訝そうな顔をして、「ウソついても分かるよ~。『カッパ巻き』って名前の、変な海苔巻きを食べた顔してるよ〜」
「バレちゃってるんだ」
「バレてるよ〜」
「じゃあ、何で『反省した方がいいよ〜』って言わないの?」
れもんちゃんは少しモジモジして、
「この前の女の子休暇中にカップ麺を食べちゃったよ〜」
「え〜!カップ麺はニキビができたり、美容の敵だから食べないって言ってたのに」
「女の子休暇中だったし・・・たまに食べたら美味しいよ〜!」
れもんちゃんは元気に叫んだが、少し恥ずかしそうに頬を赤らめていた。
「・・・れもんちゃん、反省した方がよくない?私も『カッパ巻き』の件、反省するから」
「う、うん・・・反省するよ~。それと、『カッパ巻き』と『カップ麺』は少しだけ似ているよ〜」
「・・・そんなことを付け足したら、反省してるようには見えないよ〜」
れもんちゃんは真面目に生きている、とっても健気な、宇宙一に可愛い女の子なのだが、不思議な部分と真面目な部分が絶妙なバランスで混じり合っていて、そのブレンドの加減は日によっても適度にバラついているんだよ~。だから、れもんちゃんに関して記述するのは、とっても難しいよ〜。
シン太郎左衛門とカッパ巻き 様ありがとうございます。
ロイヤルクラブさんは美人が多いけど、話し上手は相性ありますよね
前職「受付」を見て、るかさんを指名
ルックスはハーフのようでスタイル良すぎ
話し上手で聞き上手
大当たりです!自称Sらしいですが、攻めテクだけでイキそうになった
合体しても具合良すぎてイッちゃいました
他の人には教えたくないくらい、心身綺麗な姫です
彼女がもし眠そうにしてたら「アレルギーの薬服用中」だろうから、優しくしてあげてくださいね
次も、るかさん一択!
ひろくん様ありがとうございます。
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。この所、シン太郎左衛門は家にいる間ずっとカッパのコスプレをしているので、もはやカッパとしか思えなくなってきた。目の前を小さなカッパが行ったり来たりしていても何の違和感もないなんて、常軌を逸しているとは思うが、実際特に何も感じない。
昨日は土曜日、れもんちゃんイブ。
仕事が休みだったので、昼近くまでゆっくり寝た。目覚ましが鳴り出すと、パジャマのズボンから飛び出したシン太郎左衛門が「鎮まれ!」と一喝することで目覚ましを止めた。
その姿に思わず、「今日のお前は一味違うな。なんだか・・・凛々しい気がする」
「うむ」と言って頷くと、シン太郎左衛門はカッパの着ぐるみを装着し、「拙者はいつでも凛々しい」
「やっぱりまたカッパだ・・・まあいいや。今日、俺はスパゲッティを作る」
「それは何故」
「・・・そんなこと、説明しなければならないのか?」
「うむ。是が非でも」
「そうか・・・昨日、職場の女性社員たちが、イタリア料理店で食べたパスタの話で盛り上がっているのを聞いて、俺も食べたくなった」
「それは理不尽でござろう」
「えっ・・・なんで?」
「理由は三つござる。聴きたい?」
「聴きたくないね」
「では教えて進ぜよう。第一に、父上は女性社員ではござらぬ」
「・・・面倒臭いから第二、第三の理由もまとめて言って」
「第二に女性社員の話を立ち聞きしている父上がキモい。第三に料理の腕もないくせに自分で作ろうとは笑止、大人しくイタ飯屋に行けばよい」
「分かった。第一第二の点は反駁する気にもならない。第三の点について言うと、イタ飯屋は普通お一人様では入らないもので、特に俺みたいにムサ苦しい人間は絶対に一人で入ってはいけないのだ。れもんちゃんに知られたら、また反省させられる」
「なるほど。納得いたしてござる」
ということで、朝昼兼用としてスパゲッティを作ることが確定した。
着替えて外に出ると、空気はひんやりしていたが陽射しはそこそこ暖かく、爽やかな散歩日和だった。お得意のエコバッグの中からシン太郎左衛門が、
「それで父上が作るのは、ミートソースでござるか、それともカルボナーラ?」
「それは言えぬ。国家機密だ」
「では訊くまい」
「ヒントは、『な』で始まって、『ん』で終わる」
「ナパーム弾」
「そんなもん、食えるか」
駅前スーパーに入ると、他のモノには目もくれず、スパゲッティの麺とナポリタンソースをカゴに入れた。そして、調味料コーナーでしばし思案に暮れた。
「おい。シン太郎左衛門、タバスコを買うつもりだが、大丈夫だろうか?」
「何を心配しておられる。スパゲッティにはタバスコでござる」
「本当か?オデンにカラシを付けずに怒られ、アメリカンドッグにカラシを付けて怒られ、すっかり自信を無くした。スパゲッティにタバスコをかけたら、また、れもんちゃんに怒られそう気がする」
「スパゲッティにタバスコは王道でござる。逆にタバスコを使わねば、れもんちゃんに『反省しなきゃダメだよ〜』と言われまする」
「だよな。よし、タバスコを買おう」と一瓶取ってカゴに入れた。
特売コーナーではイカツいオジさんが広島焼きを売っていたので、スパゲッティの茹で方を尋ねて、ヒドく怒られた。売り場の前で、「美味しいパスタの茹で方」をスマホで検索していて、「邪魔だ!」と更に怒られた。
他にも何か買って帰ろうと思ったが、うっかり広島焼きの特売コーナーの前を通ると、また怒られそうなので、菓子パンを適当に見繕ってカゴに投げ入れ、レジに並んだ。
そして、家に帰ると、生まれて初めてスパゲッティ、ナポリタンを作った。これが奇跡的に美味しかった。いつ買ったものかオリーブオイルを台所の戸棚で発見したことが大きかった。
「これなら舌の肥えたれもんちゃんでも納得するだろう」という素晴らしい出来栄えだった。
こんなに美味しいパスタが出来たのは、決してビギナーズ・ラックではなく、れもんちゃんの御加護のお蔭に違いなかった。あのオリーブオイルは、れもんちゃんが念力で送ってくれたものと親子共々信じて疑わなかった。
そして、翌日の今日は日曜日。れもんちゃんデー。いつものJR新快速で、れもんちゃんに会いに行った。
大変に有名なことなので言うまでもないだろうが、れもんちゃんは宇宙一に宇宙一だった。れもんちゃん、いつも宇宙一ステキな時間をありがとう、とシン太郎左衛門も言っていた。
帰り際、れもんちゃんにお見送りしてもらいながら、
「昨日、ナポリタンを自分で作ったら、殊の外、美味しかったよ」
「パスタ、美味しいよね〜。ナポリタンも大好きだよ〜」
「軽くタバスコをかけたら、いい感じになったよ」
「え〜っ!タバスコかけちゃダメだよ〜。ナポリタンには、粉チーズだよ〜」
「・・・やっぱりそうだ!だから『タバスコは違う気がする』って言ってたんだ!」
「れもんは辛いのがキライだよ〜」
「えっ?でもオデンにはカラシで、アメリカンドッグにはマスタードなんでしょ?」
「その二つは美味しいよ〜。でもワサビやタバスコは辛いよ〜」
「・・・今日も反省しなきゃダメ?」
「今日もしっかり反省しなきゃダメだよ〜」
「分かったよ〜。反省するよ~」
今日も我々親子は、れもんちゃんにもらった沢山のステキな想い出といくつかの反省を胸にJR新快速に乗って、家のある遠い街まで帰っていったのである。
シン太郎左衛門とパスタ 様ありがとうございます。
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。
3月になった。縁起でもないが、私の勤める会社には幾つか支店があるから、転勤の可能性がゼロではない。
社長から「君は4月から福岡に転勤だよ〜」と言われないとも限らない。「福原ならいいけど、福岡なんて嫌だよ〜。れもんちゃんがいる近畿圏から離れないよ〜」と訴えたところで、「分かったよ〜。そういう事情があるなら考え直すよ〜」なんて、言ってもらえる訳がない。
そんな私の心配を他所に、シン太郎左衛門は毎日カッパの着ぐるみを身にまとい、これからも日曜日には、れもんちゃんに会い続けられると信じて疑わない。
さて、昨日は土曜日、れもんちゃんイブ。
仕事が休みだったので、駅前スーパーまで買い出しに行くことに決めていた。
平日より遅めの目覚ましが鳴ると、シン太郎左衛門は、素早く布団から飛び出し、当然のごとくカッパの着ぐるみに収まった。
「父上、起きてくだされ。今日は買い出しでござる」
「分かってる」
「とにかくカラシを買わねばならぬ」
「分かってる」
「次またカラシを付けずにオデンを食べたら、今度こそ、れもんちゃんから破門されますぞ」
「分かってる」
「冷蔵庫をカラシで一杯にしましょう」
「さすがにそこまではしない。でも、もし今日あの幽霊みたいなオジさんがオデンを売ってたら買って帰る」
「たっぷりカラシをつけてオデンを食べ、れもんちゃんに報告するのでござるな」
「そうだ。前回の名誉挽回だ」
「一つの具ごとにカラシを1チューブ使えば、れもんちゃんからお褒めの言葉がござろう」
「そこまでする気はない。れもんちゃんも、そこまでやれとは言っていない」
「うむ」
服を着替え、お気に入りのエコバッグを持って家を出た。穏やかな天気で、寒さはマシだった。エコバッグの中で、カッパのシン太郎左衛門がモゾモゾと動いた。
駅前スーパーに着くと、まずはチューブの和ガラシを10本買い物カゴに放り込んだ。レンジでチンするご飯を10パック、ふりかけと塩コンブを各一袋、カゴに入れた。我ながら貧しすぎる食生活だった。
「よし、特売コーナーに行こう。レンチンご飯+ふりかけ+塩コンブ+カラシ ≠『楽しい食卓』だ。食卓には夢や希望が必要だからな」
パラパラと客が行き来する店内を、特売コーナーに向かって歩いていったが、呼び込みなどは聞こえてこなかった。
「特売コーナーはシ~ンとしている。今日は、明太子ちゃんの日ではないようだ。広島焼きのイカツいオジさんの日でもない。イチゴ大福のおネエさんの日でもない。泳ぎを止めたサメが死んでしまうように、彼らは黙ったら死んでしまうのだ。一方、オデンを売るオジさん、お彼岸のお供え物を売るおバアさんは一切呼び込みをしない。これまでの経験から、今日の特売品はオデンか、お彼岸のお供え物の二択だ」
「うむ。オデンならよいが。お彼岸のお供え物では、カラシの出番がござらぬ」
「心配は要らん。お彼岸にはまだ早すぎる。オデンに決まりだ・・・待てよ。オデンの匂いがしてこないな」
陳列棚の角を曲がると、特売コーナーが視界に入った。売り場に立っていたのは・・・
「あっ!あれは、明太子ちゃんの妹だ。ギブスがとれたようだ・・・何を売ってるんだろう・・・」
明太子ちゃんの妹は、何となくモジモジしながら、小声で、
「新発売、アメリカンドッグ、おい・・・」と言って黙ってしまった。
真っ赤なノボリに黄色い文字で『新発売 アメリカンドッグ レンジでチンするだけで、すぐ美味しい!!』とあった。
「シン太郎左衛門、今日の特売はアメリカンドッグだぞ」
「おお、それはお誂え向きでござる。カラシばかりか、ケチャップにまで出番が巡って参りましたな」
「売り子は、明太子ちゃんの妹だ。でも、何か表情が冴えないな・・・」
近寄ってくる私に気が付くと、明太子ちゃんの妹、アメリカンドッグちゃんは緊張した表情を浮かべた。
「今日は、妹さんの方なんだね」と話しかけると、アメリカンドッグちゃんは、少し身体を屈めて臨戦態勢をとったように見えた。
「そんなに警戒しなくていいよ。姉さんから聞いてないかね。私は危険人物だが、全く無害だし、理由があって是非ともアメリカンドッグを購入したいと思ってるのだ」
明太子ちゃんの妹は意外そうな表情を浮かべ、「どうしてなの?オジさんがアメリカンドッグを買う理由って何なの?」
『逆に俺がアメリカンドッグを買ってはいけない理由があるのか?』とは思ったものの、「カラシを使わないといかんのだ。できたらケチャップも使いたい」
「本当にカラシやケチャップの問題なの?アメリカンドッグそのものは問題じゃないの?」
『これって、どういう会話だよ』と思いながら、「ああ、私にとって重要なのは、ちゃんとカラシを使うことだけだ。オデンならもっとよかったが、アメリカンドッグでも充分なんだ。カラシを適切に使用しないと、私は宇宙一に宇宙一の女神さまに見放されてしまうのだ」
アメリカンドッグちゃんは、少しだけ警戒心を解いたようで、試食用に小さくカットしたアメリカンドッグを爪楊枝に刺して、私に差し出した。
「食べてみて」
言われるまま口に運んでみた。
「どう?」
「あんまり美味しくない。衣がカリカリ、サクサクしてない。ソーセージは、まあまあだけど」
「でしょ?書いてあるとおりにレンジでチンしたのに全然美味しくない・・・私、美味しくないものを売るのがイヤなの」と、アメリカンドッグちゃんは涙目になっていた。
「このアメリカンドッグは、今日初めて売るの?」
アメリカンドッグちゃんは頷いた。
「今日は、いつもの明太子だよって聞いてたのに、朝来たら突然アメリカンドッグだって・・・それで書いてあるとおりにチンして試食用に準備して味見したら美味しくなかったの・・・」
「そうなのか・・・ふ〜ん・・・そうだ、少しオーブントースターであぶったらいいかもよ」
「あっ、そうか」と、アメリカンドッグちゃんの表情が明るくなり、「オジさん、ここで少し待ってて」と、アメリカンドッグを持ってバックヤードに入っていった。しばらくして、戻ってきたアメリカンドッグちゃんは笑顔で、「これ、食べてみて」と湯気の立っているアメリカンドッグにケチャップを付けて、私に手渡した。
一口食べてみると、普通に美味しかったので、「うん・・・さっきとは違って美味しいよ」
「でしょ?これなら大丈夫でしょ?オジさん、買って」
「うん。一袋もらうよ」
「違うの!!沢山オマケするから沢山買って!!」
「じゃあ二袋」
結局、買い物カゴ一杯アメリカンドッグを買うことになってしまった。
「レンジで2分ぐらいチンした後、トースターでお好み次第で1、2分焼くと美味しくなるからね」と、アメリカンドッグちゃんは、手を振りながら見送ってくれた。
エコバッグは冷凍アメリカンドッグで一杯になってしまい、シン太郎左衛門が「寒い〜っ!凍死する〜っ!」と文句を言ってきたので、コートのポケットに移してやった。
家に帰った後、大量のアメリカンドッグは冷凍庫に収まらず、6本入り5袋を隣の家にお裾分けした。30本ものアメリカンドッグをもらった金ちゃんママは、「少しお金をお渡ししましょうか」と言ってくれた。
「いや結構。逆に、貰ってもらわないと困るから」
「どうして、こんなに沢山アメリカンドッグを買ったんですか?」
「特に理由はない。何となく買ってしまった。ホントは1本あれば足りたのに・・・まあいい。レンジで2分ぐらいチンした後、トースターで1、2分焼くと美味しい。カラシとケチャップを付けて食べるように」
昼ご飯も夕食もアメリカンドッグを食べれるだけ食べたが、元々大して好きでもないものを何でこんなに沢山食べなきゃいけないのか全然理解できなかった。
そして、今日は日曜日。待ちに待った、れもんちゃんデー。
朝、またしてもアメリカンドッグを食べ、JR新快速に乗って、れもんちゃんに会いに行った。れもんちゃんは、もちろん宇宙一に宇宙一だった。親子揃って、すっかり満たされた。
帰り際、れもんちゃんにお見送りしてもらいながら、
「昨日からアメリカンドッグしか食べてないんだ。多分20本近く食べてるよ」
「そうなんだね。アメリカンドッグ、美味しいよね〜」
「・・・何とも言えないや。もちろん、カラシを塗ってるよ」
「カラシ?アメリカンドッグはケチャップとマスタードだよ〜」
「マスタードだって!?和ガラシじゃダメなの?」
「ダメだよ〜。アメリカンドッグはカラシじゃないよ。マスタードだよ〜。やっぱり今日も反省した方がいいよ〜」
れもんちゃんは厳しいときには厳しかった。
最近、ボケが進んで、先が長いとは思えない私には、人類に言い残して置くべきことが、一つ増えて、三つある。第一には、れもんちゃんはこれからもずっと宇宙一に宇宙一だということ、第二は、オデンにはカラシが欠かせないということ、そして第三は、アメリカンドッグには・・・
シン太郎左衛門とアメリカンドッグ 様ありがとうございます。
パネル指名で、店員さんもオススメと言っていまして期待通りの女の子でした。
60分でしたが案外ゆっくり過ごせましたね。時短とかもされなく楽しいひと時でした。次は今日以上に濃厚な時間を過ごしたいです。
フクスイ様ありがとうございます。
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。毎日寒いので、親子揃って、『今日も寒いなぁ』とか言ってしまうが、こんなことは誰でも知ってることである。ただ、人間はときに誰でも知ってることをシミジミと言ってしまう。例えば、『れもんちゃんは宇宙一に宇宙一である』とか。
昨日は土曜日。れもんちゃんイブ。
仕事が休みだったので、家でゴロゴロ過ごした。
昼前に焼いた餅、デザートにゆで卵を食べたら、またしても家の中の食材が底を突いてしまった。
「いかん。今晩食べるものがなくなった。飢え死にだ」
シン太郎左衛門は、カッパの着ぐるみの中で軽く咳払いをすると、「駅前スーパーに買い物に行けばよい」と冷たく言い放った。
「寒いから嫌だ!」
小さなカッパは、「うむ」と関心なさそうに言ったきり、将棋盤に向かって藤井七冠の棋譜並べを続けた。
将棋をするカッパを最初に見たときは大いに笑ったが、半日も一緒に過ごせば、もう一つも可笑しくなかった。
「おい、カッパ左衛門、将棋は楽しいか?」
「拙者は、カッパ左衛門ではござらぬ」
「そうかい。こう毎日カッパの格好で過ごすんなら、名前も変えたらいい」
シン太郎左衛門は盤面に集中して、「うむ」とさえ言ってくれない。暇すぎて、私は椅子に座ったまま居眠りを始めていた。
目を覚ましたときには日が暮れかかっていた。
「しまった!日があるうちに買い物に行くつもりだったのに」
カッパ左衛門は将棋盤にうつ伏してガーガーとイビキをかいていた。
「起きろ、カッパ!駅前の中華料理屋で麻婆丼でもパッと食べて、日が落ち切る前に帰還するのだ。グズグズしてると、れもんちゃんデーを目の前にして、飢え死にか凍え死にかの二択を迫られるぞ」
「寒いのはかなわん。飢え死にの方がよい」
「お前が選ぶな・・・でも、寒いのイヤだよな。取り敢えず、水でお腹を一杯にして、風呂で暖まろうか」
「それがよい。父上自身が湯たんぽになるということでござるな」
「いや。そうは言ってない」
というような下らない話をしているうちに、本当に日が沈んでしまい、窓の外は真っ暗になった。
風呂が沸くを待ちながら、取り敢えず水を飲んだ。1杯飲んだら、もう飲みたくなくなった。
「ひどいモンだよ、この家には本当に水しかない。あっ、そうだ・・・ケチャップがあった・・・」
「それはよい。水で薄めたらトマトジュースになりますな」
「止めろ。考えただけで胸がムカムカする。う〜ん、水を飲んだら、ますます腹が減ってきた。やっぱり、しっかり着込んで、駅前の中華料理屋まで行こう」
「うむ。それがよい。お留守番は任せてくだされ」
「お前も来い」
「拙者には行く理由がない」
「いや来い!」
そんな下らない推し問答をしていると、インターホンが鳴った。モニターには、金ちゃんママが映っていた。
二人は思わず、「あっ!ゴディバのオバさんだ!」と声を揃えて、歓声をあげていた。
「何か食い物の匂いがするぞ」と言いながら、浅ましさ丸出しで玄関のドアを開けて外に飛び出した。
門の外に立っていた金ちゃんママは、街灯の灯りに照らされて、手にはレジ袋を下げていた。
「お〜、これは、これは、お隣の奥さん。本日は、どういった御用向きでございますか」と、レジ袋を凝視しながら、精一杯の猫撫で声で尋ねた。
「これ、よろしかったら、召し上がってください」と、金ちゃんママが差し出しかけたレジ袋を引ったくるように勢いよく受け取ると、中身を覗き、
「こっ、これは、駅前スーパーのオデンではありませんか!このプラスチックの容器は、間違いなく駅前スーパーのオデンだ!これは素晴らしい!この寒い日にオデンとは素晴らしい!宇宙で2番目に素晴らしい!」
私の余りの感動ぶりに、金ちゃんママは苦笑いを浮かべ、「・・・そんなに喜んでもらえて嬉しいです。たくさん買って帰ったのに、幸則が急に仕事で帰れなくなって・・・」
「ユキノリ?・・・誰ですか、それ?」
「えっ?ウチの息子です・・・」
「はあっ?・・・ああ、そうだった、そうだった。随分前にそんなことを聞いた気がする。金ちゃ、いや御子息は、お身内の間ではユキノリと呼ばれてるってことですな」
「それが本名なので」
「なるほど・・・まあいいや。ありがたくご馳走になります」
そのとき、金ちゃんママの視線が、レジ袋を持った手とは逆の、私の左手に注がれていることに気が付いた。私は左手にカッパを握っていた。
「ああ、これ?カッパです。お気に召したんなら差し上げます」
「いいえ。絶対に要りません。さっきから目がギョロギョロと動いたり、寒そうに震えてみたり、私の錯覚だとは思いますけど、ホラー映画みたいで怖いです」
「ですよね」
帰っていく金ちゃんママの背中をしばし見送った後、
「よし、夕飯をゲットだぜ」とガッツポーズを作った。
オデンはとっても美味しかった。
そして、その翌日、今日は日曜日。れもんちゃんデー。JR新快速で、れもんちゃんに会いに行った。
言うまでもなく、れもんちゃんは宇宙一に宇宙一で、宇宙一のれもんちゃんと宇宙ニの駅前スーパーのオデンの間には1000兆光年の隔たりがあった。本来、比較してはいけないのだ。
帰り際、れもんちゃんのお見送りを受けながら、
「あっ、そうだ。昨日、オデン食べたよ」と言うと、れもんちゃんは目を輝かせて、
「オデン、美味しいよね。カラシたっぷり付けて食べると、もっと美味しいよ〜」
「そうだよね。でも、昨日はカラシなしで食べたよ」と応えると、れもんちゃんは悲しい目になって、
「それはダメだよ。オデンにはカラシだよ〜」
「うん。でも今ウチにはケチャップしかないんだ」
「そんなのダメだよ。オデンにはカラシだよ〜。反省した方がいいよ〜」と叱られてしまった。
れもんちゃんも怒ることがあるのだ。
最近、ボケが進んで、先が長いとは思えない私には、人類に言い残して置くべきことが二つある。第一には、れもんちゃんはこれからもずっと宇宙一に宇宙一だということ、そして第二は、オデンにはカラシが欠かせない、ということである。
シン太郎左衛門、隣からのオデン 様ありがとうございます。