我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。今回もダラダラと長いので、前置きはなし。
昨日は土曜日、れもんちゃんイブ。
最近、外食が続き、何となく肥えてきた気もするし、何となく体調もおかしい。久し振りに自宅で料理をすることに決めたが、お得意の「王さんの中華レシピ」では外食で食べているものと変わり映えがしない。
取り敢えず和食にすることを決めて、夕方、近くの駅前のスーパーに到着後、30分以上ウロウロと歩き回ったが、カゴはカラのままだった。
特設コーナーで高校生ぐらいの女の子が、余りの緊張に声を震わせながら、「美味しい明太子、とっても美味しい明太子、ご夕食に明太子はいかがですか。晩酌のアテに明太子はいかがですか。明日の朝食に明太子トースト、お昼に明太子パスタ、3時のオヤツに明太子はいかがですか」と、理不尽なまでの明太子ヘビーローテーションをゴリ押ししてくるのが微笑ましくて、1パック、カゴに入れたが、後が続かなかった。
「シン太郎左衛門、このままだと、今夜は明太子ご飯だけになってしまう。何かヘルシーでライトなオススメ料理はないか?」
「うむ。このところ、めっきり寒くなって参った。鍋になされよ」
「そうか・・・それはありだな。去年、卓上コンロを買ったが結局一度も使ってないしな」
「新品の土鍋もありまする」
「お〜、そうだった。金ちゃんが、動画サイトで見た猫鍋というのが可愛くて、モンちゃんにやらせようと土鍋を買ったが、見向きもされなかったらしい。部屋にあっても邪魔なだけだから、もらってほしいと言われて、もらってやった」
「卓上コンロ殿と土鍋殿は現在家の台所でホコリをかぶっておられる」
「うん。彼らを使おう。苦節1年、卓上コンロと土鍋のコンビは、本日、晴れてデビューすることになった」
「うむ。で、彼らのデビュー曲のタイトルは?」
「そうさなぁ・・・」
最近、二人の間で、私が出した曲名に合わせ、シン太郎左衛門が即興で歌うという下らない暇潰しが流行っていた。
「演歌っぽく、『オチンと一人鍋』にしよう」
「うむ。では歌わせて頂こう」
口笛によるイントロが始まったが、明らかにブルース・スプリングスティーンの『明日なき暴走』(Born to run)のパクリだった。
昼は会社のオフィス、眠たい目をして、
夢見るれもんちゃんドリーム
夜は卓上コンロと土鍋を出して
オチンと一人鍋
皿に盛られた白菜と
青い春菊、新鮮なカシワ
お〜お、ベイビー、明太子もあるんだぜ
はい、ご飯、あっ、レンチンご飯
温かいうちに食べようね
湯気の間に間に、可愛いれもんちゃん
途中で何度も鐘を鳴らして止めさせようと思ったが、1コーラス聞いてやった。
「お前、ちゃんとタイトルの意図を汲めよな。『オチンと一人鍋』だぞ。しんみりした演歌を期待してたんだ。所々歌詞がメロディに合わんし・・・鍋から立ち昇る湯気の向こうに現れるれもんちゃんの幻影に免じて零点とするのだけは許してやる。14点だ」
「おお、これまでの最高得点。ありがたき仕合せにござる」
「とにかく今日の夕食は鍋で決まりだ。一人鍋を敢行する」
「うむ。そうと決まれば、話が早い」
「いや、そうではない。俺は自慢じゃないが、鍋なんて作ったことがないからな。カシワ鍋のつもりが、カシワの味噌汁やカシワ入りのお雑煮になってしまう危険性は十二分にある」
「下手をすると、もっと変なモノが出来りますな。父上は危険人物でござる」
「レシピを誰かに訊こう・・・そうだ」
特設コーナーに戻ると、女の子は同前の口上で頑張っていたが、明太子は余り売れていない様子だった。
「つかぬことをお願いしたい」と切り出すと、女の子は明らかに怯えていた。
「大丈夫。俺は危険人物だが、怪しい者ではない。鍋の作り方を訊きたい」
「・・・鍋ですか?」
「そうだ。カシワ鍋の作り方を知りたい。教えてくれたら、もう1パック明太子を買おう」
「お母さんにLINEで訊いてみます」
「うん。頼んだよ」
店内をぐるっと回って、カシワと白菜と春菊を買って戻ると、女の子が嬉しそうに、スマホの画面を見せた。
「なるほど・・・分かった。ダシの昆布が必要なんだな。ありがとう。では、もう1つ明太子をもらおう」
買い物を済ませて、家に帰った。
エコバッグをダイニングテーブルの上に置き、明太子のパックを1つ取り出し、冷蔵庫に入れると、ポン酢を出して、卓上コンロと一緒にテーブルの上に運んだ。
「鍋はいいものだ。準備が実に楽チンだ」
土鍋をシンクで洗いながら、
「『シン太郎左衛門』もこんな調子で書けたら楽なんだが、最近は長いものばかりで結構骨が折れる」
「それも、そろそろ本当の最終回でござるな」
「そうだ。去年の5月の頭に書き始めて、早1年半を過ぎた。もうじき100話だ」
「父上・・・1年は52週でござる」
「そうだよ。だから?」
「毎週書いても、100話書くには、1年11ヶ月かかる計算になる」
「そうだね」
「そうであれば、単純に言って、まだ4ヶ月半残っておりまする」
土鍋を洗う手が止まった。
「父上、どんな計算をして、『シン太郎左衛門』が、もうじき100話と仰せでござるか。実際に数えられましたか」
「俺がそんな面倒なことをする訳がない・・・」
「では、100話まで、まだ残り15話ほど書かねばなりませぬ」
「・・・愉快な気分がブチ壊しだ。貴様、俺が楽しく一人鍋をするのが気に食わないようだな」
「ひどい言い掛かりでござる。拙者は事実を言ったまで」
「そうか・・・まあいいや。俺は馬鹿だから、こんな勘違いは日常茶飯事だ」
そうは言ったものの、頭の中は真っ白になった。
どうやって土鍋に浄水を入れて、ダシの昆布を入れて、コンロに火を点けるまでをやったのか記憶になかった。
「ああ、そうだ」
思い立って、スマホを取り出し、K先輩に電話をした。
「あっ、先輩ですか?例の手紙、もう投函しちゃいました?まだ?よかった・・・いや、書いてください。打ち合わせどおりに書いてください。でも、投函は来年2月末でお願いします・・・いや、段取り違いがあって、早々に送られると困るんです。そうです・・・れもんちゃんの枠を譲るのはダメです。クラブロイヤルは、他の女の子も可愛いから、他の女の子にしてください。だから、れもんちゃんの枠は、何と言われても譲りません・・・分かりました。バイト代を2倍にしますから、頼みます。くれぐれも、この電話の件は書かないでくださいね・・・そんな心配は無用です。先輩は、私が知ってる限りブッチぎりの馬鹿なんで、先輩のあるがままの姿を好きなように書いてくれたらいいだけです・・・はい。それじゃ、よろし
く」と電話を切った。
「K先輩とは話が付いた」
「・・・『シン太郎左衛門』シリーズのラスボスは、仕込みでござったか」
「そうではない。大王カフェ七号店の『星外からのお客様』コーナーで、K先輩とBの写真を見付けたのは事実だ。ただK先輩は底抜けに馬鹿な自由人だから、周りの人間の都合とか一切お構い無しだ。いつ手紙を送ってくるか、こっちで指定してやらないと、何をしでかすか予想もできん。『シン太郎左衛門』の連載終了から1年後に送ってこられても、何の意味もないだろ。だから、投函のタイミングだけは指定したのだ」
「父上、そろそろ湯がたぎって参りましたぞ」
「そうかい。ということで、K先輩の件は片付いたが、問題は『劇場版シン太郎左衛門』の方だ」
シン太郎左衛門は、皿の上からザクッと切った白菜の一片を引っ張っていき、「エイッ!」と掛け声を発して、鍋に放り込んだ。
「実は、100話完結後にオマケとして投稿予定の『劇場版』はもう完成しているのだ。12月の初めには投稿する気でいたからな」
シン太郎左衛門は、また「エイッ!」と声を発して、白菜を鍋に投じた。
「『劇場版』では、『大王カフェ』、『れもん大王』、『守護霊さん』が重要な役割を担っているのだ」
シン太郎左衛門は、「エイッ!」「とおっ!」と、次々に白菜を鍋に放り込んでいった。
「15作も間に挟んだら、読者は、『大王カフェ』のことも『守護霊さん』のことも、すっかり忘れてしまっている。それは不都合だ」
シン太郎左衛門は、白菜を残らず鍋に投じ終えた。
「『劇場版』は簡単に書き直しのできないような大作なのだ」
シン太郎左衛門は、今度は春菊に取り掛かった。両手に一茎ずつ春菊を持ち、上下にバタバタとさせながら、「コケッ、コケッ」と言いながら歩き回り、「コケコッコ〜!」と時を作ってから、玉串奉奠の要領で一茎ずつ丁寧に鍋に投じていった。
コイツ、何してるんだろ?と思いながら、私は「かくなる上は、やむを得ん。今回は鍋の話として、その次は『劇場版』を投稿しよう」と話し続けた。
シン太郎左衛門は、奇妙な作法に従って春菊を鍋に投じ続けていた。
「おい、そのオマジナイみたいのに何の意味があるんだ?」
「特に意味はないが、父上、そろそろカシワを入れなされ」
「分かった」
私はカシワを一気に鍋に投じた。
どう考えても、正しい作り方ではなかったが、それなりに美味しそうな匂いがしている。
立ち昇る湯気の向こうに、れもんちゃんの幻影は見えて来なかったが、それはやむを得ないことだった。
鍋はそれなりに美味しかったし、明太子ご飯も美味しかった。
そして、今日は日曜日。れもんちゃんデー。昨日の鍋にパワーをもらった私はJR新快速で、れもんちゃんに会いに行った。
れもんちゃんは、宇宙一に宇宙一であり、昨日の鍋とは比較にならぬほどの強大なパワーを授けてくれた。
帰り際、れもんちゃんに見送ってもらいながら、
「私のミスだけど、来週の『シン太郎左衛門』は、脈絡もなく『劇場版』になっちゃったよ」
「そうなんだね〜」
「話は大袈裟だし、とっても長いよ」
「大丈夫だよ〜」
「『劇場版』は最終話のはずだったんだよ。おかげで、順番もメチャメチャになっちゃったし、もう何だか訳が分かんなくなっちゃったよ」
「それでも大丈夫だよ〜」
れもんちゃんは、細かいことにこだわらない大らかな女の子だった。そして、れもんちゃんの笑顔は、いつでも眩しかった。
さて、そういう訳で、次回は、
【劇場版】シン太郎左衛門(『れもん星の危機!!未来(フューチャー)Bを救え!!』)
「シン太郎左衛門」シリーズの最終話を、まだ本篇15話ほども残しながら、先行してお届けしよう。
シン太郎左衛門とカシワ鍋(あるいは「父上の勘違い」) 様ありがとうございます。
背が高い人が好みなので、もみじさんにしたのですが、スタイルも抜群、明るくどんどんしゃべりかけてくれてとても楽しい方でした。
はじめは日〇坂の佐〇木さんに似てるなと思っていましたが、鷲〇玲奈さんにも似ている美人顔です。
横顔は、他のお客さんの感想どおりベッ〇ー似だと思いました。
あまり時間の無い日だったので、短い70分でしたが、とても楽しめました。
今度は最低でも120分にしたいと思います。
夢の国に行ってわざわざ年齢を言わなければよかったかな~と思っています。
フジイくん様ありがとうございます。
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。今回は、まったりと長い話なので、前置きは抜きにする。
昨日は土曜日。無理矢理、出勤させられて、延々と続く無意味な会議が退屈すぎて眠ってしまい、気が付いたら、夕方、電気の消えた会議室のテーブルに一人うつ伏して寝ていた。みんな、すでに退勤していた。すぐに家に帰ったが、深夜を過ぎても眠気が起きない。
「いかん。明日は、れもんちゃんデーだから、十分に睡眠をとりたいのに、昼から夕方まで寝てしまったから、ちっとも眠くならない」
シン太郎左衛門は物知り顔で、「とりあえず布団に入って、羊を数えなされ」
「その手は、俺には通じない。100までは機嫌よく数えているが、そのうち頭が混乱してきて、却って目が冴える」
「うむ。それでは、一緒にれもん星に行きましょう」
「魔法の力で、夢の中でれもん星に行くやつね。あれは気絶したみたいに眠れるが、ほとんど疲れが取れないんだよなぁ」
「では、拙者一人で、れもん星に参りまする」
「待て待て。やっぱり俺も行く」
「では、参りましょう」
「ちょっと待て。せっかくだから、守護霊さんもお誘いしよう。守護霊さんが一緒だと、クソくだらない場所には行かなくて済みそうな気がする」
「うむ。それは、よい考え」
「問題は、守護霊さんと会話ができないことだ」
「コックリさんと同じ要領で話せばよかろう」
「あっ、そうか」
新聞の折込広告の裏面にフェルトペンで、はい・いいえ、そして、「あ」から「ん」の文字を書き、もちろん守護霊さんは平安時代の御方だから「ゐゑ」も書き足した。紙の上に十円玉を1枚載せて、
「守護霊さん、これでどうですか?」
と尋ねると、十円玉が紙の上を微かな音を立てて滑っていった。
「し・・か・・へ・・た・・す・・き」
十円玉が止まった。
シン太郎左衛門と顔を見合わせ、
「『しかへたすき』ってなんだ?」
「『字が下手すぎ』ではござるまいか」
「ああ、そうか・・・まあいい。守護霊さんも、れもん星に行きます?」
十円玉が動いて「はい」の上に止まった。
「それじゃ、これから電気を消します・・・あっ、消しちゃマズイか、常夜灯にしますから、『キリンれもん、キリンれもん、キリンれもんちゃん』と十回唱えてくださいね」
十円玉が紙の上を動いた。
「り・・よ・・う・・か・・い」
シン太郎左衛門と顔を見合わせ、
「『了解』らしい」
部屋の灯りを暗くして布団に入ると、親子揃って、「キリンれもん、キリンれもん、キリンれもんちゃん」と10回唱えた。その間、枕元で紙の上を十円玉が動く音がシャカシャカと聞こえていた。
3人揃って眠りに落ちた・・・と思う。
そして、我々が着いたのは・・・
「ここは、どこだ?」
「おおっ、随分とオシャレな街並みでござるな」
よく晴れた青い空。春めいた風が吹いていた。手入れの行き届いた街路樹、幅の広い歩道には色とりどりの、しかし落ち着いた高級感のある舗装タイルが敷かれていて、あちこちに木製の可愛いベンチが置かれていた。時刻は、お昼前ぐらいだろうか。人影は疎らで、車道を走る車も少なかったが、通るのは決まって高級車だった。
「オシャレすぎる。はっきり言って、俺たちは場違いだ。オチンを連れて歩く場所じゃない」
「うむ」
「『うむ』じゃない!反省しろ!」
「反省いたしまする。で、これから、いかがなされますか」
「そうだなぁ・・・こんなところで、何をするって訊かれても・・・」と周囲を見渡していると、シン太郎左衛門が「おっ!!」と叫んだ。
「父上、あれを!」とシン太郎左衛門が指差す先には、「大王カフェ」の看板があった。
「これは凄い!きっと、れもん大王の経営するカフェだ。れもんちゃんのパパとママのお店に間違いない」
「実にオシャレなカフェでござるなぁ」
「うん。これも守護霊さんのお導きだ」
「でもお高いんでしょ?」
「大丈夫だ。夢の中の話だから、いくら使ったって実際の財布の中身に影響ない」
「それはまた有り難い。早速入りましょう」
お店は開店前なのだろうか、店の人が入り口の側の小さな黒板の「本日のランチ」とある下に、チョークで「大王イカ」と書いている最中だった。
「すみません」
「はい」と答えて、振り返ったのは、いつもクラブロイヤルの入り口で愛想よく迎えてくれる感じのいいスタッフさんにそっくりのれもん星人だった。
思わず、「またお前か!」と言いそうになって、言葉を飲み込み、代わりに「準備中?」と訊いた。
「あ、大丈夫ですよ。ご案内しますね」
と店内に導いてくれた。
「お一人様ですか?カウンター席にどうぞ」と言われたので、
「いいや、3人だ」と答えると、
「それでは、こちらのテーブルへどうぞ」と、綺麗な街並みが見渡せる窓際の席に案内してくれた。
我々が席に着くと、スタッフさんは、
「あいにく海の見えるお席は全てご予約が入ってまして。ご注文は、皆様お揃いになってからで、よろしいですね」と言うので、「いや、もう全員揃ってる」と答えると、スタッフさんはキョロキョロしている。椅子に座ったシン太郎左衛門はテーブルで死角になって見えないし、守護霊さんは居るのか居ないのか私にもよく分からなかった。スタッフさんの困惑は当然だった。
「小さくて見えないだろうが、俺の隣に江戸時代の武士がいて、そっちの席には平安時代の宮廷歌人が座ってる・・・はずだ」
「はあ・・・ところで、お客様自身は、何時代ですか?」
「俺?俺は昭和」
「では、ただ今、メニューをお持ちしますね」とスタッフさんは奥に戻り、お冷とメニューを持って戻って来て、丁寧に3人の前に置いた。
メニューには、それぞれ「平安時代」「江戸時代」「昭和時代」と書いたシールが貼られていた。全く同じメニューに見えたが、なぜか嬉しい心配りだった。
「今日のランチは、『大王イカ』って書いてあったけど、例のヤツ?」
「『例のヤツ』とは?」
「あの、大きいヤツだと20メートル近くになる巨大なイカでしょ?」
「違います。ご覧になったのは、書きかけで、今日のランチは『大王イカ墨リゾット』です」
「大王イカのイカ墨、使ってるの?」
「違います。とっても美味しい、普通のイカ墨リゾットです」
「ふ〜ん」とメニューに目を落とすと、品名は、大王コーヒー、大王ティー、大王クラフトビール・・・大王カレー、大王クラブサンドイッチ、大王ナポリタン・・・漏れなく「大王」を戴いていた。
「そういうことか・・・」
椅子にちょこんと収まっているシン太郎左衛門に「『大王カフェ』だから、すべてのメニューに『大王』が付くのだ」と教えてやると、「当然でござる」
「なにが『当然でござる』だ。知ったようなこと言いやがって。そこじゃメニューが見えないだろ。テーブルの上に上がってこい」
シン太郎左衛門は、ぴょこんとテーブルの上に跳び乗り、「おお、全てのメニューに『大王』が付いておる。流石は『大王カフェ』でござる」と喜んでいる。
「守護霊さんは何にします?」と訊くと、私の斜め前の席に置かれていた「平安時代」のメニューが正面の席まで、すーっと移動したので、その上に十円玉を置いてあげた。
十円玉の動くとおりに、「・・・大王パフェと・・・大王クリームソーダ・・・それに、大王ワッフルと・・・」と、読み上げた。
「シン太郎左衛門、お前は?」
「口がないと食べれない。拙者には口がない。よって拙者は食べれない」
「三段論法だな。いいから何か頼め」
「父上が選んでくだされ」
私はスタッフさんを見上げて、
「それじゃ、大王カレーと大王アイスコーヒー。それと、大王イカ墨リゾットと大王コーヒーのホットで」
注文を復唱すると、スタッフさんはメニューを引いて、奥に戻っていった。
「大王カフェ」という厳しいネーミングとは裏腹に、内装もとってもオシャレで可愛かった。そのうち次々とお客が来て、あっと言う間に、お店は一杯になってしまった。
しばらくして、スタッフさんは料理を運んできて、3人の前に並べ終えると、
「星外からのお客様ですよね?」と尋ねてきた。
「そうだよ。我々は地球からやってきた。ワ・レ・ワ・レ・ハ、チ・キ・ュ・ウ・ジン・ダ」
「当店、星外からのお客様の記念写真をお撮りして、店内に飾らせていただいておりまして、よろしかったら」と言うので、
「じゃあ、お願いしようかな」
シン太郎左衛門は、私の腕をよじ登って、ジャケットの肩に腰を下ろした。
「スタッフさん、あちらの席の御方も忘れないでね。守護霊さん、もっと寄ってください」
3人は料理を挟んで記念写真を撮ってもらった。
スタッフさんは、「記念写真には、お名前を添えさせていただきますね。何としましょうか?」
シン太郎左衛門がしゃしゃり出てきて、
「『シン太郎左衛門ズ フィーチャリング 守護霊さん』でお願いいたしまする」
「はい。かしこまりました。では、どうぞゆっくりとお召し上がりください」と、スタッフさんは去っていった。
「今日のスタッフさんは、いつもと様子が違うな」
「うむ。いつも良い感じで接してくれるが、今日は一際シャキッとしてござる」
シン太郎左衛門は、自席の背凭れに飛び移り、BGMのバッハに聴き惚れている。
「流石は、れもんちゃんのご両親のお店だな。何もかもが行き届いてる。料理も大変に美味しそうだ」
「うむ。何にせよ拙者には口がない」
「じゃあ、匂いだけでも楽しめ」
「拙者には鼻もない」
「お前、文句ばっかだな。じゃあ、黙って見とけ」
「ホントを言えば、目さえない」
「・・・まあいいや。守護霊さん、いただきましょう」
そう言った途端、突然耐え難いほどの尿意に襲われた。
「急にトイレに行きたくなった」
「うむ」
「『うむ』じゃない。お前も来なきゃ話にならん」
シン太郎左衛門を掴んで、ポケットにねじ込むと、
「守護霊さん、どうぞ先に召し上がっておいてください」
慌ててトイレに駆け込み、用を済ませ、スッキリとして店内を歩いていると、壁に掲げられた「星外からのお客様」のプレートの下に沢山の写真がキャプション付きで貼られていた。チラッと見ると、誰でも知ってる有名人がたくさん含まれていたが、具体的な名前を出すのは憚られる。
「凄いなぁ。この前、ワールドシリーズで優勝したチームのメンバーたちも来てたのかぁ」
そうこうしているうちに、貼られたばかりの我々の写真を見付けた。私の向かいにはボンヤリとした影が映り込んでいて、両手でピースサインをする髪の長い女性の輪郭がハッキリと見て取れたが、向こう景色が透けていた。
「なんか怖いなぁ」
シン太郎左衛門はマジックで塗りつぶされていて、不気味さに花を添えていた。
「どう見ても心霊写真だ・・・実際、心霊写真だしな」
テーブルに戻って驚いた。守護霊さんは、自分のパフェとワッフルとクリームソーダをスッカリ胃に収め、私のイカ墨リゾットやシン太郎左衛門のカレーにまで手を付けて、半分以上食べてしまっていた。
まさか、れもんちゃんの元に導いてくれた大恩人に「お前なぁ、勝手に人のモノを食うんじないよ!」とも言えず、何と言っていいものか思いつかなかったから、肩の上のシン太郎左衛門に「れもん大王に挨拶するのを忘れてた」と店の奥に向かって踵を返した。
スタッフさんに、れもん大王にご挨拶したいと伝えると、
「れもん大王さん、今日は本店ですね」
「本店って遠いの?」
スタッフさんは、私が面白いことを言ったかのように「本店があるのは、れもんシティ。北半球です」と笑った。
「そうなのか。時々こっちのお店にも来るの?」
「れもん姫が帰省したときには、必ず一緒に宇宙空母で来られますよ。ここ七号店は、れもん姫の一番のお気に入りですから」
「そうなんだ。それは感激だ」
ここは、れもんちゃんのお気に入りの店だったのだ。
席に戻ると、予想どおりイカ墨リゾットもカレーもなくなっていただけでなく、コーヒーまで全部飲まれていた。守護霊さんのいる辺りから、「げぷっ」という音が聞こえてきた気がしたが、聞き違えだろう。
「守護霊さん、少し散歩しましょう」
お勘定は渋沢栄一と津田梅子の各1枚でしっかりお釣りが来るところだったが、実際の財布の中身には影響しないので、財布に居るだけ渋沢栄一を渡した。
3人を見送りながら、スタッフさんはニコニコして「前の道を左に100メートルほど行くと、とても眺めがいいですよ」と教えてくれた。
とても気持ちのよい天気だった。言われたとおりに歩いていくと分かった。大王カフェ七号店は、海を見晴らす高台にあった。やがて、視界一杯に壮大な海が広がった。マリンブルーというよりも、コバルトブルーの静かな海だった。
「れもん星は素敵な星だ」
「れもんちゃんの故郷でござる」
「こんな素敵な星でもなければ、れもんちゃんみたいな素敵な女の子は、生まれないし、育たないのだ」
「うむ。相違ござらぬ」
しばらく黙って海を見ていると、肩の上のシン太郎左衛門が口笛を吹き出した。
「・・・『海を見ていた午後』。ユーミンだ・・・」
「山本潤子の方でござる」
「俺もそうだと思ったよ。『ソーダ水の中を貨物船が通る』の一節は日本のポップスの中で最も美しい歌詞の一つだ」
「うむ。それにしても素晴らしい眺めでござるな」
「このノンビリとしてホワーっとした感じ、これはまさに、れもんちゃんだ」
「うむ。今回はとてもよい旅でござっ・・・あっ、モモンガが飛んでる!れもん星では、海にカモメでなく、たくさんモモンガが飛んでおる!」
それからシン太郎左衛門は、「モモンガ、モモンガ」と、はしゃぎながら、モモンガたちを目で追っていた。
シン太郎左衛門の陽気な姿を見ながら、私の気持ちは少しばかり重くなっていた。
「シン太郎左衛門、今回、なんで守護霊さんが、俺たちを大王カフェに連れてきたか分かったんだ」
「ほほう。今日のランチがイカ墨リゾットだったから?」
「確かにそれもあるかもしれん。ただ、別の理由がある。俺はさっき『シン太郎左衛門』シリーズのラスボスが誰だか分かってしまったのだ」
「なんと!まさか岩熊馬之助でござるか」
「誰だよ、それ?」
「うむ、岩熊馬之助とは・・・」
「いいよ、説明しなくたって。そろそろ目覚ましが鳴りそうな予感がする・・・この話の続きは、また今度だ」
「うむ・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・目覚まし、鳴らないね」
「ジリリリリ!!」
「お前が鳴ってどうする!」
3人は目を覚ました。
夜は明けていたが、目覚ましが鳴るまでには、まだ1時間以上もあった。しかし、とても爽快な目覚めだった。
「守護霊さん、れもん星は、どうでしたか?」と尋ねると、昨夜作った簡易版ウィジャ・ボード(コックリさんの文字盤のこと)の上で十円玉が動き出した。
「た・・の・・し・・か・・つ・・た」
「ですね。沢山食べましたね」
「お・・な・・か・・い・・つ・・は・・い」
「でしょうね。美味しかったですか?」
「せ・・ん・・ふ・・お・・い・・し・・か・・つ・・た」
「よかったですね」
「い・・か・・す・・み・・り・・そ・・つ・・と・・と」
「『イカ墨リゾットと』」
「ほ・・つ・・と・・の・・た・・い・・お・・う・・こ・・お・・ひ・・い」
「『ホットの大王コーヒー』」
「さ・・い・・こ・・う」
「どっちも俺のじゃないか!」
「け・・ふ・・つ」
「ゲップをするな!」
シン太郎左衛門は物知り顔で、「父上、今回、守護霊さんは、初めて例の呪文を使われたゆえ、本当にお腹が一杯なのでござろうな」
「・・・どういう意味?・・・あっ!!しまった〜!!そうか、本来、あの魔法は、初めて使ったときに限り、れもん星のモノを持って帰れるものだったんだ!!忘れてた!!れもんちゃんグッズを探す余裕はなかったが、『大王カフェ』のロゴ入りコーヒーカップを譲ってもらえばよかった・・・」
悔やんでも悔やみきれない失策だったが、それに追い討ちをかけるような嫌な予感に襲われた。
「待てよ!まさか!!」
飛び起きて、階段を駆け上がった。書斎の机の上に置かれた財布を掴んで、中身を見た。れもんちゃんデーに備えて銀行からおろした渋沢栄一たちは全員行方をくらましていた。
「とんでもないことをしてしまった・・・」
その場でガックリと膝を折った。
今回、守護霊さんが初回だったから、我々はモノを持って帰ることも、置いていくことも出来たのだった。
そして、失意のうちにJR新快速に乗ったが、神戸駅に到着する頃には、すでに全身に元気がみなぎっていた。
れもんちゃんに会えるなら、他のことはどうでもいい。万事快調だった。
ATMでお金をおろした。
そして、れもんちゃんに会った。れもんちゃんは、宇宙一に宇宙一だったし、れもん星の青い海のように爽やかだった。れもん星の南半球の春風のように芳しかった。
帰り際、れもんちゃんにお見送りしてもらいながら、
「あっ、そうだ。れもん星の『大王カフェ』に行ったよ。とってもオシャレなお店だったよ」
「パパのお店は、リゾットとコーヒーが特別美味しいよ〜」
「そうだよね。絶対美味しいと思うよ。食べれなかったけど・・・」
「それはもったいないよ〜。また食べに行ってね」
「うん。分かった」
れもんちゃんの笑顔は、太陽のように暖かく、そして眩しかった。
行きたいのは山々だったが、再びあのお店に行けるという保証は、どこにもなかった。
おそらく二度と行けないと思う。
シン太郎左衛門とれもん星の思い出 様ありがとうございます。
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。東南アジアから帰国すると、料理のレパートリーを増やしたいと言い出したので、エスニック料理のレシピ本を買い与えてやった。しばらく喜んで読んだ後、到底自分に作れるものではないことを悟り、すっかり悄げてしまった。そういう万事思い付きで行動するタイプの武士である。レシピ本はメルカリで売った。
前回のクチコミに書いたように、私は東南アジアの出張からボロボロになって帰ってきて、週明けの月曜からは、職場の連中に「お待ちかねの逆お土産タイムだ。どこそこの羊羹を二本、耳を揃えて持って来い」とか「どこそこの甘納豆を5000円分要求する」とかメールを送ったり、即応しないヤツには内線電話で督促したりと、大変忙しく過ごした。金曜日の午前中には、逆お土産の回収を完了、リュックサックを高級和菓子で一杯にして、今日はもうやることもないし、早退しようと考えていると、社長から電話がかかってきて、社長室に呼ばれた。ついに、クビになるのかと期待したら、取引先の新しい社長が挨拶に来たので、会っておけと言われた。
「今、忙しいからイヤ」と抗ったが、「君は入社以来一度として忙しかったことがない」と無理矢理付き合わされた。
取引先の新社長が待つ応接室に、ウチの社長を先頭に7人のお歴々と入室しかけたとき、「ねえ、みんなでグレイシー・トレインしない?」と訊いたが、スルーされた。格闘技好きの人事部長だけが少し笑った。
四十そこそこの新社長は中々のイケメンで、かなり美人の、若い女性秘書を連れていた。まあ、美人と言っても、れもんちゃんに敵う訳もなく、真面目に観察もしなかったから、濃紺のパンツスーツがよく似合っているぐらいの印象しかなかった。
新社長は自己紹介めいたことを語ったついでに、その女性秘書について、「アメリカの大学出身の才媛です」と言った。思わず「才媛と言っても、れもんちゃん以上であるわけがない。アメリカの大学と言ったって、ピンキリだしな。ちなみに、ウチの隣の金ちゃんはハーバード大学はもちろん、スタンフォード大学やUCLAのTシャツやトレーナーを持ってて、卒業生でもなんでもないのに平気な顔して外着にしているぞ」と言いかけて止めた。
その瞬間、アメリカ姉さんと目が合ってしまったのだが、なぜか怯えるような表情を浮かべていた。私はアメリカ姉さんには全く関心がなかったので、目線を窓の外に向けて、早く帰りてぇなぁと考えていた。
十五分ほど、社交辞令ばかりの退屈な時間が過ぎて、それではそろそろという感じで、全員が立ち上がり応接室を出た直後、アメリカ姉さんに「少しいいですか?」と声をかけられ、少し離れた場所に招かれた。ああ、手土産を渡されるんだな、高級和菓子なら、こっそり俺がいただこうと企んでいると、アメリカ姉さんは、「すいません。実は・・・」と言って黙ってしまった。
「『実は』って・・・あ〜っ!さては、お土産を忘れたな!」
「違います。お土産なんて最初から用意してません」
「な〜んだ・・・それじゃ、なんなの?」
「私、実は霊感が強くて・・・」
「おいっ!俺に壺でも買わす気か?」
「違うんです。ただ、私、霊感が強くって、人の守護霊が見えるんです」
「そう言って、最終的には壺を買わすんだろ!」
「違います。とりあえず壺は忘れてください。とても重要な話なので、ちゃんと聴いてください」
「よし。聴いてやろう。手短に頼む」
「あなたは、とても徳の高い、高貴な霊に守護されています」
「らしいな。十二単衣を纏った髪の長い女人だろ?平安時代に宮廷に仕えていた才女だ。それがどうした」
「・・・ご存知でしたか」
「俺には見えんし聴こえもしないが、俺が知り合った、『霊感が強い』と自称するヤツらは、口を揃えて俺の背後にそういう霊がいると言うんだ。んで、それがどうした」
「その御方から、あなたへの伝言をお預かりしています」
「なるほど、つまり留守電みたいなもんだな。それなら聞かない。俺はイエ電には出ないし、留守電も聞かない主義だ。投資の勧誘や投票のお願いに決まってる」
「そういうことではありません。『近々郵便が届くから、直ぐに開封なさい』とのことです」
「年金関係?」
「違います。『シン太郎左衛門』シリーズの今後に関わる重要な手紙だとのことです」
「くだらん!もう少しマトモな話かと思った。聴いて損した」
「その御方は、『言い付けに背けば、二度とクチコミの執筆に手を貸さぬ』とおっしゃっています」
「そうなの?」
「その御方は、あなたが『シン太郎左衛門』シリーズと称する駄文を書きながら、『ああ〜、面倒くさくなってきた!』と途中で投げ出すのを、横から霊的な力で手取り足取り、あなたのオツムのレベルに合わせた卑賤な文章を授けて、これまでどうにか形にしてこられたのです」
「そうだったのか・・・」
「それに、そもそも、れもんちゃんにあなたが出会えたのは、その御方のお導き。本来、あなたのようなオッチョコチョイが、れもんちゃんのような高貴な姫に出会うことがあってはならないのです」
「それは大した腕のある守護霊だ。大恩人だ。そういうことなら、言い付けに逆らうことは出来んな」
「それでは、郵便の件、よろしくお願いします」
「うん・・・ところで、会ったばかりなのに、俺がオッチョコチョイだって、すぐ分かったの?」
「それは、すぐに分かります。あなたは、あの御方の守護がなければ、遠の昔に死んでます」
「それは大変なもんだなぁ。お礼を言っておいてね」
その日の夕方、リュックサック一杯の和菓子を背負って家に帰ると、シン太郎左衛門に、「今日、凄い発見があったぞ」と、アメリカ姉さんとのやり取りを話した。
シン太郎左衛門も感心した様子で、「実に不思議な話でござる」
「まあな。俺が常々『シン太郎左衛門』には俺以外にも書き手がいるはずだ、と感じていたのには、ちゃんと理由があったのだ。これで、これからは安心してサボれる」
「うむ。そんなことを言っては守護霊殿に怒られまするぞ」
「そうかな。まあいいや」
「しかし、父上。そのような高貴な御方が今もこの部屋にいると思うと、緊張いたしまするな」
「うん。でも気にしてもしょうがない。今まで通りやろう」
「ところで父上、れもんちゃんにも守護霊がございまするか」
「そりゃいるだろ。れもんちゃんはVIPだぞ。SPがいるに決まってる」
「れもんちゃんぐらいのVIPになれば、SPは屈強な武将、上杉謙信、武田信玄あたりでござろう。拙者、肩身が狭い」
「何を言うか。れもんちゃんは、れもん星人だぞ。守護霊が日本の戦国武将の訳がない。れもんちゃんは、れもん星のアレキサンダー大王やナポレオンみたいな軍神の霊に守られているに決まってる」
と、そのとき、風もないのにテーブルの上の新聞が捲られて、ペンケースの上の赤ボールペンが宙に浮いたと思ったら、記事の上にサラサラと印を付けて、またペンケースに収まった。見ると、紙面に一から五までの漢数字が書き加えられていた。美しい筆跡だった。
「実に見事な手だな・・・」
書き添えられた数字の順番に文字を読むと、「れもん大王」となった。
「れもんちゃんの守護霊は、『れもん大王』だった。ヤッパリ感が半端ない」
「恐ろしく豪壮な英雄に違いありますまい。ところで、近々届くという郵便は何でござろう」
「俺に分かる訳がない」
「父上、『シン太郎左衛門』は100話までと決まってござる。もう少しで最終回でござる」
「だから?」
「つまり、『シン太郎左衛門』は、いよいよクライマックス。届く書状は、ラスボスの登場を告げるものござるまいか」
「これまで一回でも戦闘シーンがあったか?」
「最近、拙者、剣術の稽古を怠っておるゆえ、すぐにヤラれてしまいまする」
「れもんちゃんにも、すぐにヤラれてしまってるしな」
「うむ。お恥ずかしい」
「しかし、何だな。最初はギャグ漫画だったのに、話が進むにつれてシリアスになるって、よくあるだろ。そんでもって、悲壮で重々しい最終回になるのとか。ああいうのって嫌だよな」
「うむ。あれはいかん」
「『シン太郎左衛門』は、徹頭徹尾ゴミみたいな話で押し切ろうな」
「うむ。我々は元々ゴミでござる。このクチコミの中では、れもんちゃんだけが高貴に輝いておる」
我々はガッシリと手を握り合った。
そして、今日は、日曜日。れもんちゃんデー。
我々ゴミ親子は、JR新快速をアクセル全開にして、勇んで、れもんちゃんに会いに行った。
れもんちゃんは、素晴らしい上にも素晴らしく、まさに宇宙一に宇宙一の地位をほしいままにしていた。
シン太郎左衛門は、ときどき、れもん大王の影に怯えるようにキョロキョロと周りを見回していた。
帰り際、れもんにお見送りしてもらいながら、
「そうだ。れもん大王って、れもん星の英雄なんでしょ?」と訊いてみた。
れもんは、にっこりと、それはそれは可愛い笑顔で、「うん。そうだよ〜。れもんのパパだよ〜」
「えっ・・・そうなんだ」
「今は英雄を定年退職して、ママと一緒に、頑張ってオシャレなカフェを経営してるよ〜」
「れもん星で?」
「そうだよ~」
「元気にしてるんだね」
「うん。とっても元気だよ〜」
きっと、とっても仲のいいご家族なんだろう。
帰りの電車の中、私は、自分の守護霊さんに少しオッチョコチョイなところがあるかもしれないと疑っているのであった。
シン太郎左衛門と守護霊さん 様ありがとうございます。
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。今回、久し振りに観光大臣ちゃんが登場する。知らない人のために文末に注を置いた。しかし、なんで、今回に限って、こんな変な親切心を起こしたんだろうか?分からない。自分でも気持ち悪い。
れもんちゃんは、いつも優しい。
先の火曜日から3泊4日の日程で、東南アジアの某国に出張に行った。
搭乗手続きを済ませ、関西国際空港の国際線のロビーでゲートが開くのを待っていると、シン太郎左衛門が話し掛けてきた。
「ここは空港ではござらぬか?」
「いかにも関空だ。これから飛行機に乗る」
「なんと。父上は大の飛行機嫌い。国内であれば、沖縄でも電車で行くと言って譲らぬ男」
「そうだ。今回は海外だ。飛行機だ。悲劇だ」
「ついに日本に居れぬようなことを仕出かしましたか」
「違う。ただの出張だ。本来行くべきヤツが、理由は知らんが、最近出社拒否をしてるらしい。代わりに行ってくれと頼まれて、散々ゴネたが、最後は豪華な逆お土産を条件に引き受けた」
「逆お土産とは、何でござるか」
「俺が帰国したら、職場の者それぞれが俺の指定する豪華な和菓子をもって、嫌々異国で過ごした労をねぎらうのだ。俺はしばらくの間、合計50000円を越える和菓子に囲まれて暮らす」
「父上がお土産を買って帰るのが筋ではござらぬか」
「そんなこと誰がするか。馬鹿馬鹿しい」
「ひどい話でござる」
「まったくだよ」
私は、原因は全く分からないが、とにかく飛行機が苦手だ。こんな嫌なものはない。嫌すぎて半ベソをかきながら飛行機に乗り込み、指定の座席に座って、シートベルトを閉めると、一気に変な汗が出てきた。
「大丈夫。たった数時間のことじゃないか。あっという間だよ」
「下らん気休めを言うな!」
「新幹線と同じだよ」
「じゃあ新幹線に乗せてくれ!」
「でも、新幹線じゃ海は越えられないからなぁ」
「お前、今『新幹線と同じ』って言ったじゃないか。ウソつき!」
そんなふうに一人二役の言い争いをしていると、女性のキャビンアテンダントが寄ってきて、「アー・ユー・オーケー?」と声を掛けられた。
「・・・これがオーケーな人間に見えるか?ユーが、れもんちゃんだったら、アイ・アム・オーケーになるが、ユーが、れもんちゃんじゃないから、オーケーじゃない!」と言って追い返した。
しばらくすると、さっきのキャビンアテンダントが戻ってきて、お菓子の詰め合わせをくれた。「俺は子供か!」と怒った。
それから飛行機が某国の空港に到着するまでの長い時間、お菓子の詰め合わせを胸にしっかりと抱き締め、アワアワ言いながら過ごした。
異国の空港、スーツケースを引きずって建物の外に出ると、物凄い湿気と暑さが襲ってきた。
シン太郎左衛門も、「これは堪らぬ暑さでござるな。父上、日本に帰りましょう」
「そんなこと出来る訳がない。続けざまに飛行機に乗せるつもりか!こんなことなら、出張に行ったふりをして家に引きこもっておけばよかった」
空港からタクシーを飛ばして、予約していたホテルに急いだ。高速道路の両側では、夕陽を浴びたヤシの林が南国ムードを醸し出していた。シン太郎左衛門は、バッハの「トッカータとフーガ」の旋律を口笛で吹いていた。
やがてタクシーの窓から見る風景が、行き交う人々の活気を帯びていった。わりと立派なホテルの前で降ろされたから、これなら快適に過ごせそうだと思ったら、私の宿は隣の安ホテルだった。古い上に、建物全体が傾いているように見えた。
チェックインをして、部屋に入ると、更に驚かされた。部屋の中央に、むき出しのコンクリートの柱が屹立していて、とんでもない威圧感で私を迎えた。
「こんなでっかい柱と一緒に過ごすのか・・・相部屋なら相部屋と、最初から教えといてくれりゃいいのに」
とりあえずシャワーを浴びて、バスルームから出てくると、シン太郎左衛門も部屋の中央を占拠する太いコンクリの柱の偉容に声を上げた。
「おおっ!ずいぶん立派な柱でござるなぁ」
「だろ。こんな部屋、嫌だ。こんな無愛想で太い柱に串刺しにされた部屋なんて見たこともない」
「うむ。落ち着かないこと、この上ない。狭いとは言えぬが、窮屈で息苦しい部屋でござる」
「でも・・・もう何でもいいや。エアコンはガンガンに効いてるから、実に涼しい。それだけで十分だ」
私はもう悟りきったような気持ちになっていた。
しばらくボーっと過ごした。テレビに見るものはなく、部屋のどこにいても柱に見下されている感覚になって落ち着かない。眠たくもないし、クサクサした気分になっていると、窓の外で大勢の人が歓声を上げているのが聞こえた。
気になって、遮光カーテンを開けると、掃き出し窓になっていた。窓を開けて外に出ると広いベランダになっていた。
すっかり陽は沈み、南国の香辛料をまぶしたような爽やかな風が鼻腔をくすぐった。
三階のベランダの手摺から身を乗り出すと、学校の野球場ぐらいのグラウンドがホテルの側まで広がっていて、群衆が仮設のステージを取り巻いているのが見えた。その数ざっと千人程。左右から演台にスポットライトが当てられていたが、電力供給が安定しないのか時折照明が暗くなった。演台から離れるほど、闇は深くなるが、乏しい明かりの中でも熱気を帯びた人々の動きは見て取れた。
「なんだろう?すごい数の聴衆だな」
シン太郎左衛門はバスローブの陰からピョンと跳ね上がって、手摺の上に飛び乗った。
「おい、シン太郎左衛門、落ちないように気を付けろよ」
「うむ。父上、実に心地よい風が吹いておりまするな」
「ああ、夜風が気持ちいい」
「それにしても、大変な人の出。一揆でござるか」
「違うだろ。演台にスポットライトが当たってるから、街頭演説の類いだ。この国も選挙が控えてるのかもしれん」
そのとき、異国の言葉で、おそらく開会を告げるアナウンスが流れ、大聴衆の興奮が一気に高まった。広場は轟々たる歓声に包まれた。
小柄な若い女性が、観衆に手を振りながらステージに登ったとき、我々親子は揃って、「れもんちゃんだ!!」と叫んだ。
小柄な女性は、演台のマイクに向かって「観光大臣ちゃんだよ~!」と第一声を発した。群衆から天まで届くような歓声が上がった。
「父上、我々、れもん星に来ておりましたか?」
「そんなはずがない。俺たちは、東南アジアの某国にいる。どことは言えん。そこまで書いてしまうと、出国者名簿にアクセスできる人間に、俺が誰だかバレてしまうからな」
聴衆の歓声が収まると、観光大臣ちゃんは、再び、「観光大臣ちゃんだよ~!」と朗らかに声を上げた。またしても地を揺るがすような歓声が上がった。
「凄い歓声だ」
「うむ。遠くから見ても、れもんちゃんは大変な美人でござるなぁ」
「いや。れもんちゃんが、観光大臣ちゃんであるという確証は得ていない」
「父上、広場に行って、それを確かめましょうぞ」
「無理無理。あんな人混みを掻き分けて、近くまで行ける訳がない。ここから見ている方が無難だ」
聴衆の歓声が鳴り止むと、観光大臣ちゃんは、三たび、「観光大臣ちゃんだよ~」と声を上げたが、今回は何故か少し恥ずかしそうだった。月や星が落ちてきそうな大歓声が上がった。
「・・・全然、話が進まんな」
「うむ・・・」
聴衆の歓声が収まると、観光大臣ちゃんは、またしても、「観光大臣ちゃんだよ~!」と言った後、「応援演説やっちゃうよ~!」
地球が割れるほどの歓声が上がった。
「やっぱり選挙だったな」
「うむ。日本も衆議院選挙、アメリカも大統領選でござる」
「そうだね。そういう選挙は『シン太郎左衛門』シリーズで扱うネタじゃないけどね」
聴衆の歓声が収まると、観光大臣ちゃんは、「・・・原稿を置いてきちゃったよ~!」と言って、ピョコピョコとステージから降りていった。やはり凄まじい歓声が上がった。
しばらくして、観光大臣ちゃんが小走りでステージに戻ってくると、怒涛のような大歓声が迎えた。
観光大臣ちゃんが、気を取り直して、元気一杯「観光大臣ちゃんだよ~!応援演説やっちゃうよ~!」と言ったが、その最中に照明がスーっと薄暗くなってしまった。観光大臣ちゃんが「・・・原稿が読めないよ~!懐中電灯を取ってくるよ~!」と言うと、やはり火山の大噴火を思わす歓声が上がった。
シン太郎左衛門は「へへへ・・・れもんちゃん、可愛い」と、にやけた。
「れもんちゃんとは決まっていない。とりあえず、観光大臣ちゃんだ」
観光大臣ちゃんが懐中電灯を持ってステージに小走りで戻ってくると、当然のことながら、周囲の木々を薙ぎ倒さんばかりの大歓声が迎えた。
ぼんやりと暗い灯りの中で、観光大臣ちゃんが、「観光大臣ちゃんだよ~!応援演説、頑張るよ~!」と言った後、原稿を懐中電灯で照らしながら顔を近付けて読もうとしている。聴衆は、それを固唾を呑んで見守っていた。
すると、観光大臣ちゃんは、顔を上げて、「よく見たら、原稿じゃなくて、ティッシュだよ~!」
その言葉に大観衆の興奮は最高潮に達し、耳をつんざくばかりの大歓声が起こったかと思うと、いきなり強烈な突風が広場を襲い、千人を越える聴衆は次々と白い紙を切り抜いた形代に姿を変え、蝶々の大群のように夜空に渦を巻いて舞い上がっていった。そして、そのとき、どこからともなく、「れもん!れもん!」という「れもんちゃんコール」が聞こえてきたが、白い蝶々の群れが夜空の闇に消えていくと、辺りはキーンと研ぎ澄まされた静寂に包まれてしまった。広場は疎らな街灯を残し、完全に闇に沈んでいた。
我々は、訳も分からず拍手をしていた。
呆気にとられていたシン太郎左衛門が、「今のは一体・・・」
「・・・よく分からん」
「我々、夢を見ていたのでござるか」
「違う。夢ではない。きっと、飛行機に始まり嫌な出来事の波状攻撃を受けて、俺が打ちのめされているのを察知したれもんちゃんが、マジカルパワーで励ましてくれたに違いない」
「そんなことがありまするか」
「知らんが、そうとしか思えん。見ていて楽しかったし、元気になった」
「それでは、今のは『劇団れもんちゃん』の出し物、『おとぼけ観光大臣ちゃん』でござるな」
「うん。そういうことになる」
涼しい夜風が、果物のような甘い匂いを運んできて、一瞬恍惚としてしまった。
「・・・実によい夜でござるな。南国の夜も悪くない」
「うん。案外、異国も悪くない」
「そう気付かせてくれたのは、れもんちゃんでござるな」
「うん。れもんちゃんは本当に素晴らしいよ」
見上げると満天の星だった。
肌寒い風に誘われて、突然くしゃみをしてしまった。それは、広場の遥か向こうまで響き渡るような、でっかいくしゃみだった。
翌朝、ホテルのフロントで、この国は選挙が近いのか訊いてみたが、私の質問は清々しいほど見事に無視された。
そして、今日は日曜日。れもんちゃんデー。衆議院選挙の投票日。
れもんちゃんに逢いに行った。
れもんちゃんは、当然、宇宙一に宇宙一だった。感動の嵐が吹き荒れた。
帰り際、れもんちゃんにお見送りをしてもらいながら、「ああ、この前の出張のときは、応援してくれてありがとう」と言うと、れもんちゃんは、「ん?」と一瞬首を傾げたが、「うん。いつも応援してるよ~」と笑顔で答えてくれた。
れもんちゃんは、実に素晴らしい女の子である。
注)観光大臣ちゃん・・・れもんちゃんの出身地であるれもん星(これは当人が言っていることだから疑うべからず)の観光大臣。インバウンド政策に力を入れているが、バカ売れを期待して大量生産した「空気の缶詰め」の売れ行きが伸び悩み、在庫の富士山を抱えている。しかし、全然へこたれていない。私はモニター画面の粗い映像で見たことがあるだけだが、話し方、声などを考慮すると、その正体は、れもんちゃん当人である可能性が高い。
この他にも、『シン太郎左衛門』シリーズの登場人物には、金ちゃん、ラッピー、もんちゃん、(クラブロイヤルの愛想のいいスタッフさんに似た)れもん星人のような準レギュラーメンバーがいるほか、新兵衛、苦労左衛門、秋野晋作とその一族のような名前付きの者たち、あるいはA、B、T、Yなどのイニシャルで表される人物たちや、れもんちゃんダンサーズ、チクビ左衛門、お寿司ちゃん、Mさんちのお爺ちゃんのような今後再登場の見込みが全くない人々、CやK先輩のように名前を出すだけで終わった人々(彼らが出てくるエピソードは一応書いたが、論外に長くなったので、ボツにした)などがいる。
今後、これらの人物が再登場する場面があっても、今回のような注は付さない。
『シン太郎左衛門』シリーズは、れもんちゃんのクチコミだから、私のかつての交友関係やご近所付き合い等、本来全くどうでもいい話だ。
れもんちゃんが、余りにも素晴らしすぎるので、その素晴らしさに対抗しようと援軍をかき集めたら、このような状況になってしまったものとご理解いただきたい。
シン太郎左衛門と『おとぼけ観光大臣ちゃん』(あるいは『選挙の季節』) 様ありがとうございます。
スレンダーな まやさんに癒されました。時間が合えばまた指名したいと思います。いつも出張でしか行けないロイヤルですが いい娘が多いのですばらしいです。また宜しく。
修行様ありがとうございます。
控えめに言って最高でした。
初めての高級店でしたがスタッフの方がオススメして頂きご指名させて頂きました。カーテンの奥のワクワクドキドキの期待を見事に超えてくれました。
イチャイチャプレイでいろんな距離感が0でした。
また必ずご指名させて頂きます。
40歳には見えない様ありがとうございます。
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。何の得にもならないのに、毎日、熱心に口笛を吹いているので、かなり腕を上げた。今は、バッハの「無伴奏チェロ組曲」にソックリの旋律を吹いている。結局、何をしたいのか分からない。
昨日は土曜日。れもんちゃんイブ。
早く寝て明日に備えようと、さっさと身支度を整えた。布団に入って、電気を消すと、シン太郎左衛門が「父上、拙者、これから、れもん星に参りまする」と言う。
「そうか。お前一人で行け」
「うむ。拙者一人で行く」
「例の『夢でれもん星に行く魔法』を使うのだろうが、どうせまた砂漠みたいな場所に着いて、ひどい目に遭わされるに決まってる。仮に、れもんちゃんグッズのショップに行けても、れもん星のモノを持って帰れるオプションは既に使ってしまったからな。虚しく手ぶらで帰ってくるのでは悲しすぎる。俺は行かん」
「うむ。では、行って参りまする。『キリンれもん、キリンれもん、キリンれもんちゃん・・・』」
呪文を十回唱えて、シン太郎左衛門はイビキをかき始めた。私も、いつしか眠りに落ちたが、間もなくシン太郎左衛門に起こされた。
「父上、起きてくだされ」
「おい、どういう積もりだ!」
「拙者、れもん星から戻って参った」
「だったら、さっさと寝ろ!明日は、れもんちゃんデーなんだぞ」
「れもん星に行くには行ったが、着いた場所がビジネスホテルの一室でござった。外に出て、街を散策しようとしたが、拙者一人では部屋のドアが開けられなんだ。一緒に付いてきてくだされ」
「嫌だ」
「お頼み申す」
押し問答の結果、結局、説得されてしまった。
二人揃って呪文を唱えて、眠りに落ちた。着いたところは・・・
超高級ホテルのスイートルームだった。
「豪華な部屋だなぁ」
豪華すぎる調度品、窓の外の眺望に感嘆し、寝室の巨大なベッドの上に大の字になってみた後、バスルームに入ってみた。
「見てみろ」とバスタオルをシン太郎左衛門に差し出した。
「『ホテル・インペリアル・れもんちゃん』と刺繍がしてある。れもん星で一番のラグジュアリー・ホテルに違いない」
「うむ。父上は、このタオルが気に入ってござるな」
「その通り。このタオルは、フローラルかつフルーティーでゴージャスな香りがする。まさに、れもんちゃんが漂わせている香りだ。これをれもんちゃんに見せて、ビックリさせよう」
「しかし、持って帰ることは出来ませぬぞ」
「いや、なんと言われようが、このタオルが欲しい。ダメ元で、やってみよう。シン太郎左衛門、起きるぞ」
「無駄だと思いまする」
ホテルのタオル類をかき集めて、抱きかかえ、「よし。シン太郎左衛門、何か大きな声で叫べ」
「うむ・・・れもんちゃ~ん!!」
シン太郎左衛門の叫び声で目を覚ました。部屋の中は真っ暗だった。
「父上、タオルは?」
「・・・しまった。夢の中に置いてきてしまった」
「父上は愚か者でござる」
「それは言われなくても分かってる。シン太郎左衛門、もう一度さっきのホテルに戻ろう」
「何度やっても同じ事でござる」
「違う。タオルの件は諦めた。しかし、ホテル・インペリアル・れもんちゃんのベッドは大変寝心地がよかった。あそこで寝たい。ウチの煎餅布団とは雲泥の差だ」
「だが、父上、行き先には何の保証もありませぬぞ」
「変なところに着いたら、目を覚ませばいい。さあ行くぞ」
二人はまた呪文を唱えた。そして、眠りに落ちて、着いたのは・・・
「ここは・・・デカい図書館だ」
自宅近くの市営図書館より100倍大きな図書館だった。沢山のれもん星人がいた。
「こんな深夜でも沢山の人がいる。れもん星人はみんな読書家だ」
「やはりホテルには戻れなんだ」
「いや、図書館なら文句はない。古代オチン語の教科書を探して、短い時間だが勉強しよう」
「うむ。頭の中にしまったモノは、誰も盗れぬ」
「お前、いいことを言う。その通りだ。限られた時間で、学べるだけ学んで、れもんちゃんをビックリさせる」
やっとのことで、外国語の書架に行き着いた。膨大な数の古代オチン語の教科書が並んでいた。
「こんなに沢山あるのか。凄いなぁ。れもん星での古代オチン語熱は大したものだ。どれにしようかな・・・」
背表紙を眺めていると、数多の本と並んで、本と同程度の大きさの段ボールの箱に何やら印刷されているのを見つけた。そこには、
「大人気 『れもんちゃんと学ぶ 古代オチン語入門』は、『れもんちゃん関連図書コーナー』に移しています」とあった。
「おい、シン太郎左衛門、凄いぞ。れもんちゃんは古代オチン語の教科書を書いているんだ。おまけに、この図書館には、れもんちゃん関連の本を集めた一画があるらしい」
「うむ。それは素晴らしい。楽しそうでござる。早速行きましょうぞ」
その場所はすぐに分かった。「特別閲覧室(れもんちゃんの部屋)」と看板が掲げられていて、入り口では、いつもクラブロイヤルの入り口で愛想よく迎えてくれるスタッフさんにソックリなれもん星人さんが風船を配っていた。二人はそれぞれ赤い風船を浮かせながら、特別閲覧室の敷居を跨いだ。
「実に楽しい気分でござる」
「うん。来てよかったな。見ろ。れもんちゃんに捧げられたスペースだけでも、俺が通った高校の図書室より遥かに広くて立派だ」
シン太郎左衛門は、私のズボンの裾に掴まると、スルスルとよじ登り、私の肩に腰かけた。そして、部屋の中を一望すると、「これ全部が、れもんちゃんに関わる書籍とは、普段れもんちゃんにお世話になっている我々にとっても実に名誉なことでござるな」
「うん。実に感動的だ。ただ、さっきから風船のヒモが頬っぺに当たっている。こしょばいから、止めてくれ」
入ってすぐの一番目立つ場所に大きな陳列棚があり、札が立てられていた。
「大人気『れもんちゃんと学ぶ』シリーズ 全200巻
著者:れもんちゃん
監修:れもんちゃん
イラスト:れもんちゃん
装丁:れもんちゃん」とあった。
思わず「れもんちゃんは、本当に頑張り屋さんだな~。それに比べて、お前も少しは頑張れよ」
「うむ。しかし、『れもんちゃんと学ぶ』シリーズは、全部借りられておる」
「ホントだ」
展示棚に本はなく、それぞれの配架場所に表紙のコピーが貼られていて、赤いマジックで「貸出中」と書かれていた。
「どれどれ、表紙だけでも見てみよう」
と、うち一冊の表紙のコピーを眺めてみると、
「れもんちゃんと学ぶ 初めての卓球」とあり、帯には「ラケットの作り方から楽しく学べるよ~ん」と書いてあった。
「・・・ラケット作りから学ばなければならないのか」
「随分と本格的でござる」
「卓球選手って、自分でラケットを作るのか?そこまでしなければならんのだろうか・・・」
「父上、こっちのはもっと凄い」
シン太郎左衛門が指差す先には、「れもんちゃんと学ぶ やさしいジャズピアノ」とあり、帯には「基礎(ピアノの作り方)から楽しく学んじゃうよ~ん」とあった。
「ピアノまで作っちゃうのか・・・れもんちゃんの拘りは凄いなぁ」
「実に遠大な計画でござる」
「これは、俺には無理だ。俺に残された時間はわずかだ。この本でジャズピアノを学び始めたら、ピアノを作り終える前に死んでしまう。一曲も弾けるようにならない」
「やはり、れもんちゃんは只者ではござらぬ。こちらには、『れもんちゃんと学ぶ 誰でもできるおウチのお片付け』がござる。帯は付いておらぬが、おそらく家を建てるところから始めるものと思われまする」
「れもん星人って、寿命が凄く長いのかなぁ」
「うむ。れもんちゃんは永遠に不滅でござる」
結局、沢山本が並んでいると思ったのは錯覚で、「貸出中」と上書きされた表紙のコピーばかりだった。「れもんちゃんと学ぶ」シリーズ全200巻だけでなく、れもんちゃんの自伝「結局全部ヒミツだよ~ん」も、スイーツ・グルメレポート「完食そして大満足」も、表紙を見ているだけで優しい気持ちに包まれる絵本「光と風と脚長ワンちゃん」も、現物は一冊もなかった。二人は落胆の余り、溜め息を吐いた。
「れもんちゃんは、作家としても大人気すぎる。俺たちに与えられたのは、表紙ばかりだ」
「どれも気になるが、拙者、脚長ワンちゃんの絵本はどうしても読みたかった」
「俺は、れもんちゃんの自伝が気になってしょうがない」
ちなみに「完食そして大満足」については、帯に「れもん星の観光大臣ちゃんも大絶賛!!」とあったので、「これは、いわゆる自画自賛に当たる恐れがある」と親子でヒソヒソ話をした。
れもんちゃん作品が全部借りられていて、すっかり気落ちしかかったとき、シン太郎左衛門が、「あっ、あちらに借りられていない本がありまする」と叫んだ。
首が捻挫するほど、勢いよく振り返って見たが、そこに置かれた本はどこか様子が違っていた。
「・・・ここにあるのは、れもんちゃんの本じゃない。『れもんちゃんにゆかりのある人たちの本』のコーナーだ・・・『武士の手料理 おむすび編』、『武士の手料理 お稲荷さん編』、くだらん本だなぁ・・・筆者の名前は書いてないが、もしかして、作者はお前か?」
シン太郎左衛門は、吐き捨てるように、「拙者、本など書いたことはない」
「武士の手料理 おむすび編」を手にとり表紙を捲ってみた。
「なんだ、これ。本文が2ページしかない。それも大半が下手くそなイラストだ・・・お前の本だろ」
「違う!」
「武士の手料理 おむすび編」を棚に戻そうとしながら、隣の本に目が止まった。「あっ!これは、富士山シン太郎左衛門 作と書いてあるぞ。帯に『武士の手料理』の著者による下品極まりない官能小説、と書いてあるじゃないか!タイトルは『そもそも、れもんちゃんのオッパイは・・・』って、お前、最低だな」
「このようなものを書いた覚えはござらぬ。そもそも、我々、今夢を見ておるのでござる。所詮、これは夢の話でござる」
「普段からイヤらしいことばかり考えているから、こんなことになるのだ」
富士山シン太郎左衛門著「そもそも、れもんちゃんのオッパイは・・・」を手に取ってみた。異様に重たかった。
「なんだ、これ?辞書みたいに分厚いが、全ページ、開けないようにガチガチに糊付けされてる。まるでレンガだ。それに『有害図書』のスタンプが押されてる。お前、れもん星で、どれだけ厄介者扱いされてるんだ!」
「まったくの濡れ衣でござる」
「だから普段から言ってるだろ!お前の考えていることをそのまま書いたら不掲載になるって」
「拙者は悪くない!」
「うるさい!こんな不名誉な本を出しやがって。れもんちゃんに申し訳が立たん。切腹しろ!」
シン太郎左衛門は、顔を真っ赤に上気させ、
「いやだっ!!そんなことをしたら、れもんちゃんに会えなくなるじゃないかっ!!」
シン太郎左衛門の叫び声で目を覚ましてしまった。
部屋の中は、真っ暗だった。
そして、翌日、日曜日、れもんちゃんデー。
我々親子は、ウキウキとして、れもんちゃんに逢いに行った(もちろんJRの新快速だよ~ん)。
れもんちゃんは余りにも宇宙一に宇宙一で、我々は感動のブラックホールに吸い込まれていった。
帰り際、れもんちゃんに、「ところで、シン太郎左衛門の本の件では、迷惑かけてゴメンね」と言うと、れもんちゃんは少し表情を変え、唇の前に人差し指を立てて、「その話は絶対にヒミツだよ」と言った。
れもんちゃんの少し慌てた様子もまた宇宙一可愛いのであった。
ということで、今回のクチコミ、書くには書いたが、公開には余りにも大きな問題がありそうだ。一応投稿するが、ほぼ確実に不掲載となるだろう。
シン太郎左衛門、図書館に行く 様ありがとうございます。
今回は2回目のお相手、覚えていてくれて満面の笑みでのお出迎えに、思わず目尻の下がる思いでした。
相変わらずの美貌と理想的なスタイルに、前回以上のホスピタリティで一所懸命にお相手頂き、素敵な一時に感謝です❣
またお逢いでる日を楽しみにしていますね。
スタッフさんも適用可能な割引など自ら案内頂きとても親切でした。
また、よろしくお願いしますね❣
キタハラ様ありがとうございます。
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。最近は、よく口笛を吹いている。れもんちゃんを讃える曲らしいが、バッハの「ブランデンブルク協奏曲」を思わせる旋律を軽やかに吹きこなす、そんな武士らしくない武士である。
夏の疲れが抜けきっていないのか、私は最近ボーッとしていることが多い。地に足が着いていないような、宙に浮いたような、幽霊にでもなった気分だった。
今日は日曜日。れもんちゃんデー。
朝、シン太郎左衛門が、私の顔をマジマジと見て、何か言いたげな様子だったのを覚えている。しかし、余りにもボーッとしていたから、そこからどんな会話をしたのか、ほとんど記憶していない。多分、以下のようなことを話した気がする。
シン太郎左衛門が私の顔を不審げに眺めている。
「随分ジロジロと見るな。面白いか?」
「幼稚園児のお絵描きにあるような顔でござる」
「そうだろ。本当に変な顔だ」
「明らかに失敗作でござる」
「うん。でも、目鼻が付いてたら、それで十分なんだ。顔がないと色々と不便だしな」
「うむ。ところで、前々から訊こうと思っておった。実のところ、父上は何者でござるか?」
「何者って・・・今さら、そんなことを訊くか?」
「うむ。父上は、『普通の勤め人』と称してこられたが、どうにもそうは思えぬ。いかにも胡散臭いヤツでござる」
「そうかい」
「うむ。父上は、何ともウソ臭い」
「そうかぁ・・・やっと気が付いたか。お前、気付くのが遅いよ。実は、俺みたいなヤツは実在しない。俺は、れもんちゃんのお馴染みさんの一人が出鱈目に思い付いた空想上の人物なんだ」
「なんと!」
「ある日、そのお馴染みさんは、れもんちゃんの余りの素晴らしさに、生まれて初めてクチコミを書く気になったんだな。でも、どう書いていいか分からなくて、結局グチャグチャな文章が出来てしまった。『こんなの投稿できないなぁ』と思った丁度そのとき、そいつの家の隣の空き地に雷が落ちたんだな。大変な衝撃とともに雷の電気が地を揺るがして、期せずして、その支離滅裂な文章と合体してしまった。そうして生まれたのが俺、『妖怪 電気オヤジ』だ」
「なんと、なんと。怪しい者とは踏んでおったが、父上が、かの有名な『妖怪 電気オヤジ』であったとは・・・確かに、そんな出鱈目なヤツ、実在する訳がござらぬ・・・ところで、父上の生みの親である『れもんちゃんのお馴染みさん』とは何者でござるか」
「うん。そいつは、そいつで、俺が勝手に思い付いた空想上の人物だ。でも俺は直接会ったことがないから、そいつのことは、よく知らない」
「そやつ、おそらく『妖怪 ミイラ取りがミイラになる』でござる。拙者、かつて会ったことがござる」
「そうなの?」
「うむ。そやつ、またの名を『妖怪 カッパの川流れ』と言う。拙者と旧知の仲である『妖怪 鬼に金棒』同様、当然、実在いたさぬ空想上の生き物でござる」
「お前、妖怪のことに詳しいね。お前の知り合いの妖怪は、大体みんな名前が諺なの?」
「うむ。ところで、父上。父上が想像上の人物ということであれば、拙者までもが空想上の人物とはなりませぬか」
「いや、そうはならんな。お前は、俺が『父上』であることの論理的帰結に過ぎん。父には息子が漏れなく付いてくるからな」
「ああ、なるほど。拙者は『論理的帰結』でござったか」
「そうだ。加えて武士でもある」
「いかにも、拙者、武士でござる。二つ合わせれば、『論理的帰結系武士』でござるな。拙者、実に立派なモノでござる」
「そんなでもないよ」
「いや、立派でござる」
「ちっとも立派じゃないよ」
「いや、実に立派だ」
というような全く意味のない、堂々巡りの議論が続いたが、意識が朦朧としていた私は突然正気に戻った。
「あっ!こんなことはしてられん。そろそろ、れもんちゃんタイムだ」
「おお、実に正確な時間感覚。出発の準備をいたしましょう」
「いつものアレに乗るぞ」
「いつものJR新快速、通称『それいけ!れもんちゃん号』でござるな」
「うん・・・とりあえず出発だ」
そして、れもんちゃんに会いに行った。
当然、れもんちゃんは宇宙一に宇宙一だった。
帰り際、れもんちゃんにお見送りをしてもらっているとき、シン太郎左衛門が例の「父親の口を使って話す魔法」を唱え出した。
魔法で身体がビリビリと、まるで感電したように痺れてしまい、毎度のことながら自分では理解不能なことを喋らされた。自分が話していながら、会話に付いていけない感覚は、実に奇妙なモノだった。れもんちゃんとシン太郎左衛門の会話の中に「ウーパールーパー」が何度か出てきたような気がした。
帰りのJR新快速の中、シン太郎左衛門が嬉しそうに話し始めた。
「先刻、れもんちゃんと語らってござる」
「知ってるよ。喋ったのは俺だからな。それで何を話したんだ?」
「うむ。全ては語れぬが、触りだけ教えて進ぜよう。れもんちゃんに、『拙者、実は論理的帰結でござった。論理的帰結系武士でござる』と言うと、『すご~い。よかったね』と喜んでくれた」
「そうかい」
「続いて、『かたや、父上は空想上の生き物と判明いたした。実に情けない。ウーパールーパーと同列でござる』と言うと・・・」
「ウーパールーパーは実在するがね」
「れもんちゃんは『そうなんだね。父上さん、かわいそう~。しっかり慰めてあげてね。ウーパールーパーも慰めてあげてね』と、実に優しさに溢れてござった」
「確かに、れもんちゃんは優しさに溢れてるよ。お前のトンチンカンな発言に対して、実に優しさ溢れる『卒のない受け流し』だ。感心したよ。ところで、お前、『論理的帰結』が何だか知ってる?」
「・・・それを訊きたいと思っておった」
「じゃあ、早く訊けよ。むっちゃ簡単に言うと、『どうしても、そうなってしまうもの』だな」
シン太郎左衛門は、何を勘違いしたのか、大変に満足げであった。
「うむ。間違いない。拙者、誰が何と言おうと、武士でござる」と言って、何度か頷いた後、れもんちゃんに捧げる「ブランデンブルク協奏曲」風の楽曲を口笛で吹き始めた。
短い秋は、すでに深まりつつあった。シン太郎左衛門の口笛は、高速で走り続ける列車の音に掻き乱されることもなく、れもんちゃんを讃え続けている。
どう考えても、れもんちゃんは素晴らしすぎた。
そして、れもんちゃんは福原に実在する。
シン太郎左衛門と『父上の正体』(あるいは「ウーパールーパーは電気オヤジの夢を見るのか」) 様ありがとうございます。